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けいりゅう





 ──信じてる





 病床に伏せる母親は、酷く重たい身体(からだ)を無理やり起こしながら、慈愛に満ちた声色で言った。

 あどけない顔の持ち主は、嫌だいやだと(かぶり)を振る。

 骨の透けた手が、差し込む光で輪をつくる黒髪を、優しくやさしくなでた。

 願いと拒絶が同居する黒い瞳から雫を落とし、どこにも行かないでと、か細い腰に縋る。

 艶やかな黒を包むように、曇った白を静かに被せ、そっと口づけを落とす。





 その日降った白雨は、少女の慟哭を消すことはなかった。





  * * *





「お父さん、これにする」


「おや、一着でいいのかい? 誕生日のお祝いなんだから、気に入った物があれば遠慮はいらないよ」


 少女は、「うんう、大丈夫」と華美でない、白地に小さなフリルの付いた袖丈の短いドレスを選んだ。

 彼は切な気な表情を一瞬だけもらしてしまうが、ンッと心情を呑むように自然でない笑顔で了承した。

 彼は国内でも指折りに入る商家の若旦那であり、ここはその商店の一つである。


「仕立て物も求めず、数も欲さず、お嬢様は清貧でいらっしゃいますね」


「ああ……、ただもう少し気ままにしてほしいと思ってしまうのは、親のわがままなのかな」


 少女が被るには幾分か大きな、然りとて彼女にとってはお気に入りの白い淑女帽をかぶり、鏡の前でアレコレと格好をつけている愛し子。

 それを視界の端に捉えながら、彼等は想う。


 元気で明るい。

 それは以前の少女を知る者が、過去を振り返ったときに思う印象だ。

 今の少女の振る舞いが同世代の子供たちに比べて、取り立てて大人しく暗いというわけではない。

 少女期特有の背伸びとも、ませたとも違う。

 どこか大人おとなしいのである。

 齢十にも満たない子にして、なにかを諦めてしまったかのような雰囲気を帯びていた。


 気が済んだのか少女は鏡をあとにすると、「お待たせしました」と、はにかんだ笑みで彼等に声をかける。

 彼は、一つ頷くと出口へと歩を進めた。

 見送りにきた店の者にあらめて祝いの言葉を告げられると、少女はお返しの言葉とともに、礼儀正しく腰を折って感謝を伝えた。

 彼は店の者に目礼と、中折れ帽のクラウンを摘む仕草をし、「では行こう」と最愛の手を大事に握る。





「わあすっごーい」


 近頃の少女にしては、珍しく声をあげる。

 カッとした日差しが喧騒を煽るなか、少女の目に飛び込んで来た光景は……。


 りゅう。リュウ。RYU。

 数多の竜であった。


 祭りを思わせるような露店が立ち並び、売り物は様ざまで軽食にお菓子、ゲームやおもちゃと賑やかなものだった。

 なにより少女の目を惹いたのは、それらの全てが竜をモチーフにしたものだったのである。

 少女は物珍しそうに、キョロキョロと忙しなく頭をふる。

 彼は少女の顔にほのかな色を感じ、先の商店でも聞いたように欲しい物を問うが、彼女は遠慮の言葉を(たた)えるように言う。

 そうしたなか、周囲の店とは違い物売りをしてる風でもなく、どこか芝居がかった調子で身振り手振りを交えながら、弁ずる者がいた。

 周りとは明らかに異なるその場景に、少女は戸惑いを含んだ疑問を抱き、(そば)にいる彼女にとって誰より確かな人にたずねる。

 彼はどこかばつが悪そうな顔をしながら、帽子を目深に被ることで、短めのツバからのぞく栗色の髪ごと表情を隠す。

 うーんと悩まし気な間を取ってから「講釈さんかな……」と歯切れの悪い口調で返した。

 より疑問を深める彼女の気をそらすように、彼はつないだ手を引き上げながら、ほらあそこと指し示す。





 少女が見上げたその先にーー





 ──光を纏う竜が空を翔ていた

 




 人と竜の繋がりは深い。

 文明が発祥し、剰え自然の理を見出すまでは人類の脅威として、相応の力を持ってからは対敵として、互いに種の存亡を賭け雌雄(しゆう)を決した。

 いつしか、終わりのみえない不毛な争いに双方が憂いを覚え、長い年月をかけ徐々に適当な距離を求め合った。

 その結果、表立った大規模な戦いは鳴りを潜める。

 今もなお、竜種の全てが批准するまでには至らないものの、互いを不可侵な存在として扱うこととなった。

 永きに渡って戦い争った仲である。

 ただ、裏を返せば相手を思い過ごした時間も、同じだけ長いともいえた。

 募る怨み。拭えぬ恨み。芽生えた憾み。

 幾重にもかさなった、名も残らぬ人と竜の出会いと別れ。

 気まぐれな好意に些細な応報が、僅かな欲を生む。

 寄せては返す波が、葛藤でうねりを打つ。

 それぞれが、はみ出し者と呼ばれた奇跡は、互いを想い信じた。

 何周目かもわからぬ逡巡を尻目に、手翼を取り合い共に翔る。

 小竜種を筆頭に幾許かの竜は、人との共生を望み、全竜未踏の道なきみちを駆け出した。





 ーー竜を追って少女の黒い瞳がかけだす。

 眼に映る輝きの数が増える、一匹、二匹と……。


「……竜さんたち、光ってる」


 異なる光色を纏う二匹の竜が競うように翔る。

 少女は竜の背にある何かに気づき、眼を凝らす。


 と同時に、少女の身体が思わず跳ねた。


「えっ?! ひ、ひとっ?! 人が乗ってるッ!!」


 小さな体からは想像もできないほどの大きな声を上げる。


 信じられないものを観るようにする少女の傍らで、それとは異なる意味で驚く者がいた。

 少女からすれば自然と力が込められたであろう、つないだ手を、彼は万感の想いを込めて握り返す。





 この日、少女と竜の物語がはじまりの金管を吹き鳴らした。





 人と竜の矜恃と本能が交わる。

 竜が頼り人が信じる。

 人はしがみつき竜はよすがとする。

 音より速くと競い合う。

 一翼分の差が運命を分かつ。

 人竜一体となって大空を翔る。





 ──これを競竜という




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