見える人
内容上ホラー枠にしていますが、恐怖描写は特にありません。
暑い日が続くもので、ふと思いついた短編。特に練ってもいないので短いですが。
『ミエルヒト』
陽炎が揺れる暑い夏の日。
私は、気が付けば一人立っていた。
見覚えのある道路の真ん中、いつも人が賑わう交差点は、いま、ちらほらと数人の男女がまばらに歩くだけの閑散とした風景となっている。
-帰らなきゃ
心が軋む。
でも、帰り道が分からない。
帰る場所が分からない。
私が誰かが分からない……。
「すいません」
道行く人に声をかける。
ある人はぎょっとした顔で、ある人は目をそらし、ある人はため息を吐きながら、私の横を抜けていく。
-帰らなきゃ
-どこに?
-帰らなきゃ
-なんで?
-帰らなきゃ
-誰の場所に……。
暑い熱い日差しの中で、ボゥッとした思考をユラユラと。
道行く人に声をかける。
「私はだれ?」
目をそらされる。
「ここはどこ?」
耳をふさがれる。
「…帰りたい」
これが最後と声をかけた。
相手は少女、これまで声をかけた中で、一番はっきりと、このユラユラ揺れる陽炎の中で目に入ってきた子だった。
「どこまで?」
「…家に」
「あっち」
おもむろに彼女が指さした。
その指の先に鮮やかな青が見えた。
この揺れる陽炎の中で、この灰色の町の中で、私は初めて色を見た。
陽炎揺れる交差点の横、地面に置かれた空の青、天へと延びる「りんどう」の花束。
花束の隣で、見知らぬ少女が泣いていた。
その少女を、涙を流す彼女の背をそっと抱きしめる。
『--ただいま』
沢山の人が行きかう交差点で、一人の少女が立ち尽くしていた。
「あの子、ちゃんと帰れたかな」
無表情の仮面を張り付けて行きかう人々。
たまに顔を顰めため息を吐きながら通り過ぎる人もいる、それでも、大多数の人は興味も示さずに歩き去っていく。
陽炎のように立ち上る線香の煙。
道端に置かれた「りんどう」の花束がユラユラと揺れていた。
りんどうは、仏花としては『あなたの悲しみに寄り添う』『寂しい愛情』などの花言葉があるそうです。