1.邂逅とモルテカルマ
初めての方は初めまして。空箱ことNullvoxです。是非お楽しみください。
「ヒィッ…嫌だ、助けてくれぇ!!」
「なぁーに言ってるんですか…先に手を出したのはそっちですよ」
「違うんだ!俺は…俺はっっ…」
「あぁもういいよ。何を言っても貴方はここで終わるから。それじゃ」
「morte calma」
ここは、たくさんの人類が住む国“バームアイディール”。人々は互いに助け合い、手を取り合いながら生きてきた。
しかし、ここ数年前からこの地域を脅かす存在…“ドグマリット”という組織が現れ、街に“リボット(非人類生物)”を送り込み、人間を襲うようになった。
そこで登場したのが日本の警察みたいな存在“AzTops”であった。彼らは日々、国民を守るためにドグマリットと対立し、戦っている。
さて…そのAzTopsには育成所たるもの、魔了学園というものがあり、そこには適正と診断された子ども達が手紙で招待され、任意とはいえほぼ強制的にそこに通う。何故ほぼ強制的かというと、学園に通う間は給料が発生するのだ。国民を守る象徴となるため学園に通うことは、即ち働いていると同等だとか。だから子どもの両親は絶対に学園に行かせたがった。
さて…囲みにこの僕、ズイにもその手紙が届いたのである。そして僕は今、誰もいない自宅の自室で、封筒に入った手紙と1対1で向き合うといったシュールな場面を迎えている。
「…うわぁ、これって例のアレだよなぁ…。なぁそうなんだろ手紙さん」
もちろん、手紙は答えない。だが、その封筒にはデカデカとAzTops適正診断結果、魔了学園入学へのご案内と書いてある。聞かなくてもわかってしまうことだった。
「もし、これが親にバレたら…うん、絶対に入学させられる。でもさぁ、僕今年18なんだよ?高校3年生って最後じゃん?みんなとワイワイしたいじゃん?なんで今くるかなぁ…」
ちなみにAzTops適正となり学園に入学できるのは最小でも高校1年生の年度からと聞いていた。だから、この高校生活最後の時期(しかも2学期)にわざわざ寄越してくるのはもう嫌味なのかとしかいえない。
「え、何?急に適正になりましたーおめでとーってかふざけんなっ!!」
封筒を掴み思い切り地面に叩きつけると、気分が軽く…はならず、ただ虚しいだけだった。
(あいつらと卒業したいんだよ、僕は)
ただ、どれだけ考えても今後のことはもう既に決まっている。わかってるのだ。だからちょっとだけ抵抗させてほしいと、さっき叩きつけた封筒をまた地面に何度も叩きつけた。破れないところを見ると封筒は丈夫だった。
「あぁ〜…。ってかAzTopsってなんか殴ったり銃使ったりしてなかったか…?僕、そんなことできないんだけど。ゲームくらいしかやったことないぞ…」
この後に及んでまだ言い訳を考えるが、諦めは悪い方なのだ許してほしいといない誰かに許しを乞う。
「…はぁー…」
今後の事を考えると頭が痛いが、逃避したってやってくるものだと覚悟を決め、僕はその封筒を開けた。
「ーでここが学園本館で…大丈夫かしらズイくん?」
「…ん?あぇ、あ、すみません!」
「新しい環境で慣れないことも多いし不安だろうけど…何かあったら教えてね、何でも聞くわ」
(すみません、あなたのとこが送ってくれた封筒を叩きつけたあの日を思い出してました、とは言えないよなぁ)
さて、あの後両親に封筒を見せたところ、2人は喜びを隠さずおめでとうと言ってきた。だが驚いたのはその後、次の日になって2人が真面目な顔をしてリビングで座ってるもんだから、思わずこちらも身構えた。
沈黙を破ったのは父からだった。
「行きたくないのなら行かなくてもいい」
「…は」
何を言われたのかわからず頭がフリーズした。その後に母も続いて「そうよ、自分のやりたい事をやりなさい」なんて言うもんだから、思わず「あ、うん…」とかなんとか返事した記憶はあった。
それから何故行くと決心したのかはわからないけれど、親孝行のためか、はたまた世間の目のためか、その気持ちは今もよくわかっていない。
「これで一通りの案内が終わったのだけど、何かわからないことはあったかしら?」
そしてこの方、僕が色々考えている間詳しく説明しながら案内してくれたのは、AzTops中将のガラディーアさんだった。フワフワなウェーブの髪と、その、2つの大きな山が、うん、あんまりガン見するのはよくない。
「大丈夫です。ありがとうございました」
すみませんほぼ聞いてませんでしたと言うのはやめておこうと心にしまい、軽くお礼を告げる。
「そう、よかったわ。じゃあ私からの案内はここで終わり!次は貴方の指導役を紹介するわね」
(おっと指導役?そんなことパンフレットに書いてたか?)
実はこの僕、これまで色々やらかしてて信じてもらえないかもしれないが、根は真面目なのである。入学すると決めた日、パンフレットの内容について何度も読み直しほぼ暗記するといった、よくわからないことを成し遂げている。
廊下を2人並んで歩いていく。悶々としながら歩いていた僕を見ていたからか、ガラディーアさんは少し笑いながら声をかけてくれた。
「本当は指導役なんてないのだけれど…ズイくんは入学が18歳の時期と遅めだから、早く周りに追いつける様、特別に指導役をつけようという話になったのね」
「あ、せ、説明ありがとうございます…」
「事前の資料にも書いてないものね。ビックリしちゃったかしら」
「いえいえ!そんなことは!!」
思わず大きな声を出して前のめりになってしまった僕を、ガラディーアさんは小さい子を見るようにくすくすと笑った。
(うっわマジで恥ずかしいやつー…)
顔が赤くなってるのが自分でもわかる。少し俯き加減で歩き始めて数分、ガラディーアさんの足が止まった。どうやら、このドアの先が目的地だったらしい。
コン、コン、コンと3回ノックの後、「入るわよ」と声をかけてノブを回す。その動作は洗練されたもので、思わず魅入ってしまうくらいだった。
「どうし…ガラディアか」
「ハロー、ゼダ。新入生を連れてきたわ」
「なるほど、そっちの子が…あぁ失礼。俺の名前はゼダ。ガラディアと同じくAzTopsの中将を担っている。どうぞよろしく頼む」
椅子から立ち上がり、帽子をとって深々と挨拶する姿に、思わずこちらが緊張してしまう。
「えあっ、は、はい。ズイです。よろしくお願いします」
「そんなに緊張しなくてもいい」
(いや〜無理だろ?!え、俺の指導役って中将なの?それは俺も萎縮しまくりなんだけど!!)
「ゼダ、あの子はもう来てるのかしら?」
「いやまだだ。事前に任務があったから少し遅れると連絡が入っていた。とはいえ、もう時期くるだろうな」
そんな2人の会話も聞こえないくらい内心ダラダラだったところに、規則正しい3回のノックが鳴る。
「入れ」
「失礼します。大佐アグイ、任務遂行しました。今回の被害につきましては、現場の兵士が対応にあたっております。報告は以上です」
入ってきたのは、身長170cmくらいの(靴が高いので実際はもっと低そうだが)、長い髪を1つにまとめあげた、表情は無で目つきはそんなに悪くない子であった。
(女の子…だよな。声も少し高い)
「よくやった、アグイ」
「…はいっ!それで、その…そちらの方は…?見覚えがないのですが…」
ゼダさんの言葉に返事する際、ようやっとその鉄仮面が剥がれ落ちる。ふわっと綻ぶようなその表情は、とても幼く見えた。
「そうだ、紹介が遅れたわね。彼はズイくん、18歳で入学した新入生よ」
「あぁ、彼が。お話は予々。私、AzTops大尉のアグイと申します。以後お見知り置きを」
「あ、はい、よろしくお願いします…ズイです…」
なんだこの始末は。同じくらいの年代のこの子でもこんなしっかり挨拶できているのにと、自分が少し嫌になった。
(まぁ緊張しているからな、うん、仕方ない)
また意味もない言い訳を脳内で唱える。しばらく沈黙が続き、それを破ったのはゼダさんだった。
「…アグイ、君にズイの指導役を頼みたい」
最初、何を言ってるのだろうと言われたことをもう一度頭で考えた。
(アグイ、ズイの指導役…ん?アグイがズイの指導役?)
「「ええぇぇぇぇ!!!?」」
思わず声が被った方をバッと振り向くと、どうやら叫んだのはアグイさんだったらしい。驚愕、といった表情でこちらを見ている。
「ちょ、まっ…いや待って、私が驚くのは当たり前として、なんでズイさんが驚いてるんですか」
ジトーっとした目を向けられ、思わず焦りが滲む。たしかにこのタイミングで驚いたら、この人を嫌だと思っていると考えられても仕方ないだろう。
「あ、いや!違うんです!嫌とかそんなんじゃなくって!えっと、あれだ、あの、指導する人ゼダさんなのかなって思ってたから、あの」
「ゼダさんは中将だから指導の暇なんてないですし、なんならその地位の人からの直接指導なんて滅多にありませんよ。寧ろ私が受けたいくらいです」
「あっそうなの?じゃなかった!ですか?そうなのですか?な、な、な、なりゅほど」
(噛んだー!!はい噛んだー!!!)
もう目が渦を巻くほどテンパっている。いやもうアグイさん凄い目でこっち見てくる。ごめんね立場とかそういうのわかってなくて!!
「…で、私がズイさんを教えたらよいのですか」
「あぁそうだ。任務に学校にと忙しくなるかもしれないが、首席の君が一番適正だと判断した。受け入れてくれるのであればよろしく頼む」
「勿論、ゼダさんのご命令とあらば!このアグイ、指導役に就かせていただきます」
「だ、そうだ。ズイ、君もそれでよいかね?」
「…ひゃい、よろしくお願いします……」
ああ、今日はもうだめだ。
そして何だかんだ話をしているのをどこか遠くで見つめているような気分になって数分が経過した頃だろうか。
「では、後の案内は私が引き受ければよろしいですか?」
「アグイ、貴方任務後でしょう?疲れてるんじゃないかしら」
「いえ問題ありません。この後は自室に戻るだけですし…案内くらいできますよ」
「わかったわ、よろしく頼むわね」
「任されました、ガラディーアさん」
どうやら話はまとまったらしい。とりあえず僕はもう1人になりたかった。はやく寮の部屋に入って、この思いを…
「アグイ」
「…?なんでしょうゼダさん」
「ズイ」
「…はひ…」
「お前達は一緒の部屋だから、案内後はそのまま寮の部屋に向かって休んでくれ」
(イッショノヘヤ?いっしょ…一緒…同じ?部屋?)
「「ええぇぇぇぇ!!!?」」
「なんだ、驚くこともないだろう。アグイは今1人部屋だがあの部屋で1人なら十分広いどころか範囲が余ってただろう」
「まぁそうですけど…」
「何故ズイは驚いてるんだ?」
「えっ、僕?!えー、っと…」
(え、なにこれ僕がおかしいの?男女総部屋とかありえちゃうの?えっ?えっ??)
「…イエナンデモアリマセン…」
「そうか、じゃあアグイ、よろしく頼む」
「…承知しました、任せてください!では失礼します。…いきましょうズイさん」
ドアノブを回し扉を開けてくれているアグイさんを見て、ようやっと僕の頭が動く。
「え、えぁ、はいっ。あっ、失礼しました!!」
最早競歩ともいえる早歩きで部屋を出た。その様子を見た後にアグイさんがゆっくりとドアを閉める。
「…いきましょうか」
「はひ…」
僕のライフはもうゼロだった。
寮までの道を歩いていく。人通りがないのは学校が始まっている時期で授業時間内だからだろうか。沈黙がつらい。アグイさんは相変わらず無表情で、なにを話せばいいのかわからなかった。だが、ここで1つの疑問について解決しようと声をかけることにした。
「あの、1つ質問なんですが…」
「何?案内でわからないところでもありました?」
「あ、いや、そうじゃなくて…あ、アグイさんって、じ、女性の方…ですよね?」
僕がそう発言した途端、アグイさんの表情が変わる。急に手を掴まれ、引きずられるかのようにして前を歩いていく。
(うわこれ、聞き方間違えた絶対)
やらかしたのがすぐにわかった。握る手から力が伝わってくる。
(あれ、手、痛いぞ?力強くないか?ん、まて、もしかしなくとも)
ガンと荒々しくドアを開けて無理やり放り込まれたのは、ベッドと机が1つずつでほとんどが空白のままである部屋であった。放られた反動で思わず尻餅をつく。
「はーぁ、つっかれた!!なんなのお前、マジで公共の場でそういうこと言う?」
(なんだなんだ急になんだ??!)
今までの丁寧さはどこへやら、こちらを指差し怒鳴ってくる。豹変した彼女…いや彼?を俺は見つめるしかできないでいた。
「つーか同室にされた時点でわかんだろ。残念だったな可愛い子と一緒じゃなくて。まぁ俺からしても邪魔だけど」
(お、おおおおおオレぇ?!)
「てかお前さ、ゼダさんになんつー口聞いてんの?指導役がゼダさん?ハッ、お前みたいなやつにゼダさんがつくわけねーだろ。恥を知れ新人」
「なっ、なっ…!!」
なんだこいつ!と言わなかった僕を褒めてほしい。なるほど、今までのは所謂外ヅラってやつで、これがこの人、アグイさんの本性なのだと知った。
「あー、もうくっそ…あーあ、これで被ってた面が全部剥がれた。お前が変なこというから」
「せ、責任転嫁じゃないかそんなの!大体、君だってゼダさんがゼダさんがーって媚び売るような態度バンバン見せてたじゃないか!被ってた面もクソもないだろう!」
思わずカッとなって立ち上がり言い返してしまう。あぁやばい、絶対言い返される。
「…そりゃゼダさんには命助けてもらったんだ。慕いたくもなるよ。…周囲に言いふらしたきゃ勝手にしろ。ただしゼダさんだけには言うな」
急にしおらしくなる姿に、僕は疑いを持っていた。これ、とりあえず大人しくして懐柔させる作戦なのではないかと。一度騙された心は戻っちゃこないぞ。
「クラスの面子にでも言えば十分面白い話題にはなるだろうさ」
そう言いながらガシガシと頭をかき僕の隣を通り過ぎて、彼はベッド奥の椅子に座った。机に伏せた彼から、「あーもう最悪…」だの「なんで他のやつと…」だの、いろんな言葉が聞こえてくる。たまに「こんな冴えないやつ…」とか聞こえてきたのは聞かなかったことにしたい。
その様子を見ながら、先程性別を聞いたことに対してのデリカシーとか云々謝るのを忘れていたと思い至って、仕方ないが声をかけることにした。
「あ、あのさ…」
「あ、そうだ。ズイだっけ。敬語いらない。さんもいらない。俺もお前と同じ学生だから、立場は対等」
「あ、うん」
「そんで、お前クラスは何?」
「クラス?」
「そ、入学前に通知書きたんじゃねーの?なんなら、今日学園内案内の時に行かなかった?」
なんと吹っ切れるのがはやいのか、急にグイグイくるところに思わずたじろいでしまう。
「えっ、と…確か、S?だったような…」
「はぁぁぁあ?!S?え、は?」
「な、なんだよ」
「うっそだろ…え、なんで…?ゼダさんこいつに何があるんですか…脅されてるんですか…えぇーないわー…」
とりあえず失礼なことを言われているのは僕でもわかった。パンフレット曰く、クラスはSをトップにA〜Eと位置付けされている。僕もはじめ自身がSクラスと知った時は驚いたものだ。
「君、ちょっと僕に対して失礼なんじゃ!」
「いやうんごめんな。素直に驚いて口に出ちゃった。うん、マジかぁ…あー、だから俺が指導…?いやなんでいきなりS…?」
すぐに謝られたのもつかの間、素直に出ちゃったって本心って言ってるようなもんだろ!と思いながらも、ただ謝られたことについて自分はすぐに謝らなかったことを悔いる。きっとこの人、根は悪くない人なんだろう、口悪いけど。僕に対して。
「あー、まぁいいや。うん。何言ったって仕方ない。じゃあまぁ、そこ座りなよ」
そう言って指をさした方を見ると彼のベッドの上で、いやコレ座っていいものなのかと少し身動ぎしてしまう。
「いいよ座って。話すのにずっと立ちっぱなしも疲れんだろ。あ、もう本性バレたしお前にはコレで行くからよろしく。まぁこれも同室に居りゃどうせバレただろうしな」
そう言いながら自身が座っていた椅子をベッドと対面するように運んでくる彼を見ながら、僕は漸くベッドに腰掛けた。なんだか面接のようで緊張する。
「じゃ、自己紹介から。俺の名前はアグイ。魔了学園Sクラス首席、AzTops大尉を務めている。好きな武器は銃。苦手なのは剣術。どうぞよろしく。で、あんたは?」
「あ、僕は高校3年生で、魔了学園Sクラスの、えっと、その」
「いいよゆっくりで。どうせ今日やることなんてほとんどないから、落ち着いて」
(なんだこいつ、一体幾つの面があるんだ!?)
丁寧→豹変→温厚?とドンドン変わりだす性格に、こっちがついていけなくなる。
「…年齢は?」
話さない僕を見かねてか、こちらに簡単な質問を投げかけてくれる。やめろ、いい人だと勘違いしそうになるだろ。こういう人が最後に裏切るパターンを何度も(ゲームで)見てきたんだ僕は!
「18…で、だ、18だ…」
「好きな事とか」
「ゲームとか友達と話す事が好き…」
「ふーん、そっか。ゲームは知らないけど友達ならできるんじゃねえ?そのたどたどしささえなければ」
「返す言葉もございません…」
なぜか毒を吐かれると少し安心してしまうといった意味のわからないことが確立してしまいそうで、でもそれでいてどうすることもできず次の言葉を待つ。
「ま、いいや。ちなみに殴り合いとかってしたことある?」
「は、はぁ?!」
なんだこれは、急に殴るだとかなんだとか話の傾向が物騒な方面に変わった。
(あ、なるほどこれは得意と言えば殴られるのか。1発殴らせろ的な?)
「ぜんっぜん!!得意じゃありませんっっ!!!」
思わずベッドから立ち上がってしまった。あれこの思わず前のめりな感じ、デジャブを感じる。
「あ、あぁ、そう…。……んー、別にそんなオーバーリアクションしなくても伝わる」
(はい恥ずかしいことしたー!!!)
とりあえず何かツッコミを入れた方がいいのか、という感情がひしひしと伝わってきた。
「んーと、じゃあ野球とか、ドッジボールとかはどう?」
「あ、うん、野球はやったことないけど、ドッジなら結構…」
(まぁそれも最後までボールを避け続けて内野に残る人だったんだけれども!!)
中々痛いことは嫌いだったし耐えられもせずすぐ泣くようなやつだったから、体育に関して積極的な参加はせず、また避ける動作だけが上手くなってしまったのだ。
「ふーん、オッケー。じゃありがとな、自己紹介。とりあえずここの説明はしたと思うけど、食堂は常に開いてるから夕食は好きな時間に食べに行って。それで風呂は大浴場もあるけど室内にもあるから好きな方どうぞ。…あ、そうそう、食堂には学生証を持って行って。それなかったら何も食えないから」
「わ、ちょっとまって、メモメモ…」
急な言葉の羅列に記憶が追いつかず、急いでメモを取る。ふとそこで、あることに気づいた。
「あの、君は一緒に行かないの?」
「え、なんで?」
心底、驚いたような表情を向けられこちらも驚いてしまう。
「だって、君、僕の指導役って…」
「あのなぁ…指導役ってのは付き添いじゃねーの!ご飯食べるのも風呂入るのも、全部1人でできるだろ」
「いや、どうせ君もまぁ風呂は置いとくにしろご飯は食べるんだよね?だったら」
「遠慮するわ。別に馴れ合いたいわけじゃないし。じゃあ、いい頃合いで行けよ」
もう話すことはないと言わんばかりにこちらから目を逸らし、椅子を元の位置に片付けてアグイは部屋を出ていった。
とりあえず一言言わせてほしい。
「僕、ここでやっていけるのかなぁ…」
すごいナイスバディの中将といかつい感じの中将、そして幾らでも性格が出てくる百面相な同僚、最早キャパオーバーであった。
何だかんだ届いた荷物の整理や配置、携帯で暇を潰しながら食事も終えて部屋に戻ると、つい数時間前にお誘いを断ってきた彼が戻ってきていた。
何やら真剣な顔をして机と向き合っているため、邪魔をしないようにそーっと入ろうと試みた。
「なにやってんの」
はいバレた。音は立ててなかったはずなのに。
「お前の部屋なんだから遠慮すんなよ」
「い、いや、なんか、真面目そうな顔で机に向かってたから…?」
「気にすんな。そんなことで気にしてたらお前いつも部屋にそうやって入らないといけなくなるよ」
「あ、そうなの…わかった、慣れる…」
とはいえ、まだこちらはここに来て1日目なのだ。緊張しないでという方が難しい。
その後はこちらに興味をなくしたとでも言うようにまた机にかじりついてる姿を見て、そういえばAzTopsの大尉だとか言ってたことを思い出す。更には自分の指導役。もしかすると、いやもしかしなくともとても忙しいんじゃないかと容易に推測でき、少しの申し訳なさを感じてしまった。
いや、上官が命令したものだから決して自分が悪いとかそんなことはない…と思うけれど、あの時の反応からして厄介ごとを担うことになったとも思ったのではないか。
考えがグルグルとまわりはじめた頃だった。
「…なんか悩み事あんの」
「は?え!?」
「こっち見すぎ」
いやあなた背中向けてましたよねこっちに。なんで見てるとかわかるんですかね、というのはさておき、どうやら彼のことを考えすぎるがあまり、じろじろと見すぎてしまったらしい。そこで、ふと昼間に言えなかったことを思い出す。
「…昼間はごめん」
「何が?」
「…その、君のこと、女性とか…」
「あぁー…あれな、常に言われてるからそんな気にはしてないんだけど」
「えっ」
じゃあなんであんなに怒ったんだ?というこちらの心の声を読んだのか、アグイは話を続けた。
「…公共の場、すなわち大衆の場ではアグイはカッコいい騎士だ。それを崩すわけにはいかない、イメージと違う行動を取ってはいけない。またそういった発言を誰かに聞かれるのもダメだ」
「は、はぁ…?」
(詰まるところなんだ、この人は中二病か?俺にはもう1つの人格がある、みたいな?なんかこんな感じのやつゲームにもいたような)
頭がまた混乱しだしたが、アグイは構わず続ける。
「ただでさえ女性的な顔立ちをしてるからな、普段は笑わない、表情を崩さないことを心がけてはいる。その事から、アグイは今のイメージを保つことができているわけだが」
「…」
「そんなアグイに女の子らしい可愛さだとか、乱暴な口調だとか、観衆は求めちゃいない。だから俺はみんなの理想を叶えるため、自分を捨てた。口調も正し、成績は常に1位を保った。まぁお前が公衆の場であんなこと言ったせいで俺はお前に怒鳴り、お前の中のアグイさんは総崩れだろうけど」
「…」
返す言葉もなく沈黙しか返せなかった。いやあれはいずれにせよ露呈してたって言ってたじゃないかとは言わないでおく。
「まぁとはいえ、過剰反応だったとは思うよ。前の件で少し苛立っていたこともあって、…いや言い訳に過ぎないな。悪かった」
「あ、いや、全然…」
「だから、って言うのもなんだが、できる限りこの事は内密にしてもらえると助かる。言いふらせって言っときながら、…我ながら女々しいとは思うけれど」
「いや、別に言いふらしても得とかないんでいいです。あ、いい、よ?」
思わず敬語になってしまい、言い直す。
「ふーん…変なやつ。スキャンダルとして持っていけばそれなりの価値は出る情報なのにな」
アグイはそう言って表情を崩し、少し微笑みを見せた。それは何というか、裏もない笑顔だったように思う。
正直、時が止まった気がした。
「何変な顔してんだ」
「んぇ?!」
「間抜けな面してる。…先風呂借りるぞ」
「あ、うん、いってらっしゃい…?」
先程見せた微笑みはどこにいったやら、眉間にしわをよせなんだこいつ…とでも言わんばかりの表情を向けられ、挙げ句の果てには場所を外された。そんな見るに堪えない顔をしていたのだろうか、と思いながら、いやでもあれはあっちがな…とまた自身の中の言い訳を繰り返していた。
(んぁ、今何時だ…)
あの後、アグイが上がってすぐに僕も風呂に入ったのだが、髪を乾かした辺りで眠気がぐわっときて、そのまま眠ってしまったようだ。下敷きになった布団が少し痛かった。
携帯を取ろうとしたところでふと、自身の上に被っている布団の存在に気づく。自分の布団を下敷きにしていたところを見ると、どうやらこれは彼のだろうと思った。
(なんだかんだ言うけど、気遣ってくれてるんだよな…)
第一印象丁寧なやつから、第二印象なんだこいつ、そして実はいいやつでも敵になるやつ、今は本当にいいやつなんじゃね説が上がっている。
ちなみに当の本人はまた机と睨み合っていた。部屋の中は寝やすいように真っ暗であったが、彼の机を照らす明かりだけがついていたため確認できた。
はてさて、自身の本来の目的を達成しようと携帯に手を伸ばすと、時間は3:02を表示していた。僕が寝たのは9時を過ぎたあたりだと思うのだが、その時からアグイは作業をやっていたような気がする。つまりこの時間まで6時間、ずっと仕事に追われていたのだろうか。そう思うとAzTopsもブラックな気がして仕方ない。
ふとそこで話し声が聞こえた。僕じゃないから誰が話しているかは明確で、それでいて日中の彼とは似ても似つかぬ声色だった。
「あぁ、もしもし?…そ、アグイだよ。元気にしてた?」
『アグ……ゃん〜!元…だ…〜!』
「そっか、よかった」
『そ…で?今日……うし…の?』
「1週間経ったから、近状報告をね。今日、私さ、新入生の指導役に就くことになったんだよね」
『…!すご……ゃん!おめ…とう!』
「ふふ、ありがと。まぁ、なんていうか…荒々しい態度であたっちゃうし指導役としてあるまじき事やらかしちゃったんだけどさ…」
『アグイ………そう…う……ある…ね』
「ゔっ…。まぁ、ね。とはいえ、相手が優しいこともあって助かっちゃったけど」
『イメ…ジダ…ンの話?』
「そんなとこ。アグイはカッコいいでしょ?」
『うー…、ろっ…は普段………イ……んのが…き…よ』
「…そっか。じゃあまた、この感じで一緒にお喋りしよう。普段の感じでいいならお出かけもできるけど?」
『う…〜っ、…わ…った。じゃ…今度………けしよ?』
「えぇ、是非一緒に。それじゃ、明日もあるからもう切るね、またメッセージ送るわ」
『…ん!………!』
「ふぅ…。さて、明日の準備して、とりあえず寝るか…」
電話が終わった後、僕はとんでもない違和感を感じていた。なんというか、この喋り方は昼間とも、その後とも全く違うもので、なんというかとても女の子らしい話し方だったから。
(どういうことだ…?もしかして、アグイじゃない別の誰かとか…いや、アグイだって言ってただろ…これは夢か?…だめだ、意識が…)
最早現実か夢の中かわからないまま、僕は耐えきれず意識を飛ばした。