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続く、僕の幸せな日

掲載日:2020/04/12

もふもふの、よくあるお話です。



 僕はじっと、それを見ていた。


 黄色の丸い魅力的な姿。

 咥えるとちょっと柔らかいけど噛み切れない、遊びがいのあるやつだ。


 そしてそれが今、目の前に示されている。


「よし、行けっ!」


 掛け声と共に、黄色が宙に舞う。

 それと共に、僕は弾かれたように駆け出した。


 投げられたそれが弧を描き、地面へと近づく。


 今だっ!


 僕はぴょんと飛び上がり、それを口でキャッチした。


 やった、上手くいったっ。


 喜びで胸を一杯にし、僕はその人のところへと駆け寄った。

 すると彼はすぐに屈んで、頭を撫でてくれる。


「よしよし、ほらもう一回――、……おい、離せ」


 がっちりと黄色を咥えた僕の口から、彼はそれを引き抜こうと奮闘する。


 うーん、投げて欲しい。

 でも何でかあげられないんだよなぁ。


 なんて思っていると、その人がポケットに手を突っ込んだ。

 そして取り出されたのは、青色の丸いもの。


 !!


 目を奪われた僕を見てにやりと笑い、彼は勢いよくそれを宙へと放り投げる。

 その瞬間、僕は黄色を放り出し、青色を追い掛けた。


 ちょっと反応が遅かったから、さっきよりも地面に近いところでようやく捕える。

 はぐはぐと噛んで丁度良い所で口に収め、僕はまた駆けた。


 今度はちゃんとその人に渡して、次の動きをじっと眺める。


 ああ、楽しいっ!


 居てもたってもいられなくて、僕はその場でくるくる回り、勢い余ってその人に飛び付いた。


「うわっ、お前また……! 泥汚れ結構大変なんだぞ!」


 そう言いながらも、その人の口元は笑っている。

 だから全然大丈夫だよね。


 聞いているのかとの声に、僕は尻尾を振って返した。






 たくさんたくさん一緒に遊んで、お日様が沈みはじめた頃。


 そろそろ帰ろうと言われ、僕は大人しくその人の傍に寄る。

 見上げれば大きな手が降って来た。


 昔は怖かったけど、今は平気。

 これは痛いことはしないって分かってるんだ。


 頭に乗っていた手が離れるとき、お礼にいっぱい舐めておいた。

 お前なぁ、と呆れたような声を零しながら、その人は紐を持って歩き始める。

 僕もそれに倣って歩き始めた時――。


 ……?


 ちょっとはしゃぎすぎたかな。

 いつもより疲れたみたいだった。


 よし、またこの人の布団に潜って一緒に寝ちゃおう。

 思い描いた心地良さに、僕はむふふと笑った。






 夜半、もぞもぞと布団の中へ忍び込む。


 するとそれまで静かだった大きな体がごそりと動く。

 聞こえていた寝息が大きな溜息に変わり、しょうがないな、と優しい声が耳に届いた。


 うん、とても温かい。

 幸せなぬくもりに包まれて、僕はそっと目を閉じた。






 ぐっすり眠った翌朝。

 僕はぼんやりとしながら水を飲み、行って来ると告げた背中を見送った。

 

 何だかまだちょっと眠たいなぁ。


 時間をかけてご飯を食べて、お部屋を一人で走ってみた。

 ちょっと昼寝を追加して、あの人の帰りに備えて目を覚ます。


 ……あれ、何でだろう。

 疲れがとれてないみたいだ。


 首を傾げながらも、帰ってきた彼と一緒に外に出た。


 帰り道、僕の足が遅くなり、首輪に繋がる紐が弛む。

 そしてとうとう、長い足が動きを止めた。

 仰ぎ見たその人は、眉間に皺を寄せていた。






 次の日、僕は苦手な場所にいた。

 独特な匂いが充満した部屋で、あの人じゃない人間にごそごそと身体を触られる。

 やだなー、気持ち悪いなーなんて思うけど、そんな事よりも気になるものがあった。


 それはあの人のこと。


 彼は白黒の不思議な写真を見つめていた。

 そうして変な人と話すたび、どんどん顔が歪んでいく。


 辛そうだ。

 苦しそうだ。


 自分のことよりもっとずっと、嫌だなぁ……。


 心配になった僕は、その人の手をぺろりと舐めた。






 お家に帰ると、僕は丸まって横になった。

 そんな僕を、その人はじっと覗き込む。


 ――え? お外へ行くかって?

 そうだなぁ、今日はいいや。何だかちょっと疲れちゃって。


 ご飯?

 うーん、少しでいいや。何だかお腹が空かなくて。


 目を伏せると、僕に触れようとしていた手が止まる。

 ぎゅっと握り締められたそれを追って、僕が顔を上げると――。


 ……あれ?

 どうして泣いてるの?

 どこか、痛いの?


 僕は慌てて身を起こし、濡れた頬を舐めた。


 どうかな? 痛いの、無くなったかな?


 そう思いながら一生懸命舐めていたら、大きな手が僕を止めた。


 ――あぁ……そう言えば初めて君と喧嘩をした時、僕はこの手を噛んだよね。

 痛かっただろうなぁ。

 君は僕に痛いことなんて、したことなかったのにね。



 本当に、君といると素敵な事ばかりだ。



 昔は1日中格子を眺めながら、じめじめとしたところでただ食べて、眠るだけだった。

 よく分からないけど痛いことだけが身体に残っていて、寒かった。


 空はどこだろう。

 お日様はどこだろう。


 時折出て行く仲間が羨ましかった。


 きっと温かい所へ行くんだろうなぁ、って。


 でもそんな風に天井を見上げることはもうないよ。

 だって僕のお日様はここにある。

 僕を包む温かさが、傍にある。


 届くかなぁ、この気持ち。


 優しい君に伝えたい。

 君といると、とても楽しい。


 大好きな君に伝えたい。

 君といると、とても幸せ。


 だからどうかこれからも、ずっと一緒にいさせてね……。





 ***






 散歩の終わり、歩みが少し遅くなる。


 元々引き取った時から大人だったが、年と言うには急すぎる。

 進みの速さに嫌なものを感じながら、次の日、病院へと向かった。


 それはあまり病院が好きじゃない。

 いつも喧しくなるのにそのときばかりは大人しく、やはり不調なのだと思い知る。

 診察を受け、検査をして、そうして分かったことは一言で済むのだった。


 どうしようもないのだと。


 なんでなんだ。

 俺が悪かったのか。


 もっと早く、ちゃんと気づいてやっていれば。


 黙り込んだ俺に、獣医が言った。


「こればかりは難しいんです。気づけば手遅れになっていることがほとんどで」


 だから貴方のせいではない。そう言外に告げられて、俺は唇を噛んで耐えた。


 そんな言葉を聞きたいんじゃない。

 だってそんな無意味な慰め、こいつには何の役にも立たないだろう?





 家に連れ帰り、大人しく伏せたそいつの傍に寄る。

 じっと見つめていると、不意に出会った日の事を思い出した。


 どうしようもない自分でも、たとえそれが偽善でも。

 ただ静かに佇むそれに、外を走らせてやりたくなった。


 唸るし吠えるし、言う事は聞かなくて中々懐かない。

 言葉が通じない相手と暮らすのは、予想以上に大変で。


 でも。


 いつの間にか近くにいた。

 いつの間にか真っ直ぐ見て、いつの間にか尻尾を振るようになっていた。

 名を呼べば返事をして駆け寄ってくる――ただそれだけの事に、俺は……救われていた。


 急に顔を舐められて、何度止めてもやめなくて、それは仕舞いには手を舐めた。


 ――そういやお前、俺の手を噛んだよな。

 結構痛かったんだぞ。

 遊びに行けば汚れた足で飛び付くし、洗濯が大変だったんだ。

 挙句にベッドにまで潜り込んできやがって。

 お陰で毛まみれだった。


 ……でも、それでもいい。

 だからもっとずっと、一緒にいたいんだ。




 ***




 それから日は経ち――ある時を境に、その人が紐を持つことはなくなった。

 彼の部屋は広く、静かになった。




 ***




「ねぇねぇ、ちょっと家寄って行かない? うちの子にかわいーかわいー子供が生まれたの!」


 そう声を掛けてきたのは彼の同僚だった。


「そりゃよかったじゃないか」

「よかったら貰ってあげてくれない? あんただったら大事にしてくれるでしょ」


「……俺はもう飼わない」


 そう答えれば、同僚は大きな溜息を吐いた。


「そろそろ落ち着いたかなと思ったら、そっちに振っちゃって。まぁ一回見に来なさい。気が変わっても許してあげるから」


 少しばかり強引な彼女に、今度は俺が溜息を吐く。

 恐らくこの先何度が誘われる。

 諦めた俺は、渋々ながらも了承した。







「可愛いでしょ」


 そう言って案内された区切りの中では、茶色の固まりがもたもたと動いていた。

 可愛くないと言えば嘘になる。


「この子とかめちゃ顔整ってない?」


 彼女はかたまりの中から一つを掬い上げ、掲げて見せた。

 そうされた子はというと、嫌がる様子もなくただきゅっと身体を丸める。


「そうだな……――?」


 膝の上に重みがかかって、見下ろせば茶色い毛玉がよじ登ろうとしていた。

 瞬いて見ていると、それは俺を見上げ、きゃん!と鳴いた。

 そして短い尾を精一杯振る。


「おぉ、いきなり懐かれちゃった」

「……媚びを売っても無駄だぞ。ほら――」


 感心したような声を無視し、それを抱え上げようとした時だった。


「!」


 茶色の毛玉が、俺の手をがぶりと噛んだ。


 幸い血は出なかったが、うっすらと残る傷痕に小さな歯形がくっきりとついている。

 どうやら、じゃれたらしい。

 もっと遊んで欲しいんじゃないと笑う同僚に、俺は勘弁してくれと返した。


 本当にやめて貰いたい。

 偶然重なったことのせいで、つい、仕舞った記憶を引き出してしまったではないか。


 感傷を振り切ろうと毛玉を弄ってやれば、そいつは負けじとばかりに噛みついたばかりの手を一生懸命舐めた。


 そんな姿を見つめていると――思わず、懐かしい名前が零れ出る。

 その瞬間。



「――きゃうっ!」



 響いた声に見てみれば、そいつは俺を見上げて嬉しそうに尻尾を振った。



 ――なんだそれ。


 なんで今、鳴いたんだ。



 繰り出された反則技に、どうしようもなく何かが込み上げる。

 俺はそれを必死で抑え、短く告げた。


「……前言、撤回するかも」

「ふふん、許してやろう」


 偉そうな物言いに突っ込んだものの、勢いはない。


 俯いたまま大きく息を吸い込んで、顔を上げる。

 きょとんとした様子で膝に座るそいつを掬い上げ、視線を合わせて口を開いた。


「……()()一緒に居てくれるのか?」


 尋ねた俺に、それはくりくりとした目を瞬いて――嬉そうな声で、きゃんっ!と鳴いた。








雑談のような話となりましたが、お読みいただいた方、本当に有難うございます(*_ _)

報われないこともありますが、もふもふ達は必ず応えてくれるので、とても尊いなぁ……とつい書いてしまいました。

似た話が絶対どこかにあるだろうな……。もしあればすみません。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 短編ということで、“僕”と“俺”の過ごした日々はその一部が断片的に語られるのみですが、普段どんなふうに過ごしていたかが鮮明に思い浮かぶかのようなエピソードに温かい気持ちと、切なさの両方を感…
[良い点] 初めましてナユタと申します((uωu*) くみんちゃんの活動報告からやってきたのですが、読み終えてふと一番私になついてくれて、一昨年亡くなった愛犬を思い出しました。 未来への明るさを感…
[一言] 初めまして。K・tと申します。 つきの くみんさまの活動報告から参りました。 優しくて温かいお話かと思いきや、切ない物語に涙が出そうになってしまいました。 別れは悲しいですね……。 でも最…
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