あれは、彼女ですか?いいえ…
「で?なんで二人とも私の部屋に来てるの?」
ファミレスで食事をして解散するつもりが、何故か二人とも部屋までついてきた。仕方なくリビングに入れてやり、紅茶を出してやる。
「しかし…相変わらず高校生の一人暮らしのくせに、いい部屋住んでるな。ウチより部屋数が多いんじゃないか?25年ローンで買ったウチの父さんが見たら泣くぞ」
「元々は家族が日本にいた時に住んでいたんだ…私以外は、ウィーンに住んでて使わないから有効活用してるだけ…それより質問に答えろ」
まぁ、住んでいたと言っても、父が日本のオーケストラで指揮をしていたのは、私が幼稚園にあがるまでのわずかな期間だけなので、思い出なんてほとんどないけどね。
「いや…本当は学校で話すつもりだったんだけど、今年の文化祭でもガールズバンドやろうと思っててさ」
去年の文化祭では、私も参加して有志でガールズバンドをやり、なかなか評判が良かった。まぁ、詩織と悠香のルックスのおかげだろうけどな。
「へぇ…いいんじゃないか」
去年はドラムの子が直前でインフルにかかったせいで、急遽参加することになったのだが、今年はメンバー全員揃って参加出来るのだろう。練習に参加してるとはいえ、一度きりの臨時メンバーに、再演の報告をするため、わざわざ家まで来るなんて律儀な奴らだ。
なんて、家に来るのはいつものことか…
「もぉ…他人事だなぁ!煇も参加するんだよ」
ん?何を言ってんの?
「…え!?なんでさ!前回はドラムがどうしても足りないって言うから臨時で参加したけど今回はまだ時間があるだろ。メンバー揃えろよ」
そもそも、私の本職はヴァイオリンだ。他の楽器も一通り弾けるが、それほど上手いわけではない。
「え?だってキーボードがあったらもっと音に厚みが増すって言ってたから、もうそのつもりで練習してるんだよ」
「たしかに言ったけど、私が出るなんて一言も言ってない」
「いいじゃん!減るもんじゃないし、煇なら音合わすだけで大した労力もかからないでしょ」
「…お前らよく考えろ。ガールズバンドだぞ?おかしいだろ?」
「「何が?」」
なんで二人して『?』みたいな顔してんだ。
「…男だよ?私」
「うん、それで?別に煇がいても違和感ないでしょ」
「そうそう、去年なんてライブが終わった後に、あの可愛い子は誰だって男子に聞かれて大変だったくらいだし…」
「いや、私が女装したくないんだよ」
「え?なんで、あんなに似合ってたのに」
「それに、煇…私服で女モノ着てるじゃん」
「ぐっ…それは女モノの方がブランドによっては安いし、サイズがしっくりくるだけで女装している訳じゃない。スカートみたいな明らかな女モノは着てないし、あくまで、男としてファションを楽しんでるだけだ」
「え?私服着た煇…女の子にしか見えないから、むしろ男モノ着てても、彼氏の服を借りちゃいました的な、あざと可愛い女子にしか見えないから」
「今日会った駒城さんだって、煇のこと絶対に女子だと思ってるよ」
畳み掛けるように二人してそんな事を言う。負けるな私…
「…そんなはずないだろ」
「ちなみにウチの母さん…未だに煇のこと女の子だと思ってるからな。」
もうやめて…私のライフはゼロよ。そもそも女装が似合うとか、似合わないとかは関係ないだろ。私の気持ちの問題だ。
「それに、うちの同好会名義で借りてるレッスン室…一番使ってるの煇じゃない」
「いや…それは楽器を教える対価であって、女装してライブに参加するのは別問題だろ」
騒音の問題もあり、家では電子ヴァイオリンで弾いている。ただ、できるなら共鳴胴がある本物のヴァイオリンで練習したいのが本音だ。
そういう意味では、去年、詩織に楽器の指導を頼まれたのは渡りに船だった。なんせ空いた時間はレッスン室を使えるのだ。
まぁ、思った以上にセンスがなくて文化祭前は付きっ切りになったことと、急遽、女装して参加する羽目になったのは予想外だったが…
さて、どうしたものか。
「ねぇ?どうしてもダメ?私は煇ともう一度したいな」
そんな事を言いながら、上目遣いで聞いてくる悠香。くっ!押してもダメだからやり方を変えて来たか。その顔は卑怯だろ。なんか言うこと聞かなきゃいけない気になってくる。
「そうだな…女装が似合うからなんて茶化してゴメンな。私達も誰でもいいってわけじゃないんだよ。煇は去年…楽しくなかったか?私は楽しかった。だから、もう一度…大切な友達と…煇とライブがしたいってのが素直な気持ちなんだ。」
私の反応を見て脈ありだと思ったのだろう。詩織も攻め方を変えてきた。頬を赤らめた詩織にそんな事を言われれば心が揺らぐのは仕方ないことだろう。
「…露出が少ない衣装にしろよ」
「「やったー!」」
声を合わせて喚声をあげて、ハイタッチをする二人…結局は根負けしてしまった。まぁ、去年のライブが楽しかったのは事実な訳で、小学校からの幼馴染と年に一回馬鹿やるのもいいかもしれない。
友人とは思っていたけど、まさか、二人がそこまで俺のことを大切に思っていてくれたなんて、清々しい気持ちで二人を見る。
「よし、強力なパトロンをゲットした」
「イェーイ!」
「おい、ちょっと待てこの野郎」
まさか、金目的だったとは清々しい気持ちを返せ。