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だから、私は夢をみない!  作者: 砂洲螺樹
第一章 日常と出会い
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プロローグ〜出会いと日常

春休みがあけて何日目かの通学路の途中、暖かさに負けて公園に寄り道する。コンビニで買ったパンを頬張り、麗らかな春の陽射しを浴びながら、公園のベンチで時間を潰す。


二年になったばかりでクラスに馴染めないとか、学校生活に不満があるとか、先生が分かってくれないとか、そんな思春期特有のアンチテーゼがあるわけでもなく、ただ単に暖かいからサボりたくなっただけだ。


というか、私服を着ている時点で今日は学校に行くつもりなんて初めからないんだけどね。


まぁ、自慢じゃないが、試験の順位は常に上位なので、学期に何日かサボったところで進級するのに問題はない。


…新宿でも行くか。ボーっとした頭でそう決めて、駅に向かってゆっくり歩き始める。当てもなくぶらついて、気に入ったモノがあれば購入するつもりだ。金には余裕がある。


新宿に行き、お気に入りのブランドの店の買い物を終えると、正午をまわっていた。そろそろ食事でもと考えていると、ナンパされている女性が目に入る。


昼間からナンパなんて碌なもんじゃないと思ったが、目についた理由は物珍しいからじゃない。その女性が付属(うち)の制服を着ていたからだ。


「いいじゃん、ちょっとお茶だけだからさ。行こうよ。ね」


昼から酒でも入ってるのか。男が付属生の腕を掴んでしっこく絡んでいる。サボってる女子ならワンチャンがあるとでも思ったのだろうか?


「…うざいんだよ。ゴミムシが消えろ」


はじめは無視していた付属生も、腕を掴まれたことが(しゃく)に触ったのだろう。おそろしく冷たい声で男を罵倒すると、脛を思い切り蹴飛ばし、腕を叩くように振り払い男から距離をとった。


「つぅ…いてぇ!…下手に出てたら調子に乗りやがって」


男は痛みのためか少し怯んだが、激昂して付属生につめ寄ろうとする。その間に入り、付属生に話しかける


「ユミ…お待たせ。誰この人?」。


「?…」


話しかけた私に不思議そうな顔をする付属生。察しが悪いな。


「なんだお前は!引っ込んでろ」


間に入った私に標的を変えたのか、大声で怒鳴ってくる男


「…どなたか存じませんが、私たちこれから用事があるので失礼しますね」


そう言って付属生の手を引いてその場を去ろうとするが、酔っ払いはしつこく食い下がるうとする。


「ふざけんな!話は終わって…


そう言いながら、今度は私の腕を掴んだ。私は息をスッと吸いこみ


「ーーーきゃあぁぁ、痴漢!誰かぁ!」


めんどくさいので、大声でそう叫んで、腕を振り払う。おっさんが女子高生の腕を掴んだり、ナンパしたりするのは、そもそもアウトだろう。


「な…ふざ…くそ」


そう言って、一瞬こっちに向かって来ようとしてヒヤッとしたが、おっさんも周りの視線に気づいて、分が悪いと判断したのだろう。私の思惑どおり走って逃げていった。


「…ふん、アホが(あせ)らすな」


そう言って付属生を見る。サラサラと揺れる黒い艶やかな髪、まるで白磁のようなキメの細かい肌、整った顔立ちに均整のとれたプロポーション…まるで理想を詰め込んだような容姿だ。


気が強そうな目元と女性にしては高い身長は評価の分かれるところだろうが…これなら粘着したくなるのもわかる。そこまで考えて、目の前の女に見覚えがあることに気づく。


「げっ…駒城奏音(こましろかさね)


思わずそう言ってしまい。失態に気づく。駒城が目を少し見開く。


「…あんた、あたしのこと知ってるのか?」


「一応ね。私も付属生だし、駒城さん有名人だしね」


「ふん…どうせ碌でもない噂だろ」


駒城はその飛び抜けた美貌と、人を寄せつけない雰囲気で『氷の令嬢』や『冷鉄のピアニスト』と呼ばれている。噂では、一年の時だけで十人以上が振られており、酷い振られ方で再起不能の奴もいるとか…あまりお近づきになりたい噂は聞かない。


「うーん、そういう噂もあるね。でも、私が知ってるのは音楽コンクール入賞って、校舎にでっかく張り出してあったからかな。私も小さい頃にヴァイオリンをやってたから…」


「へぇ…じゃあ、あんたも音楽科?」


音楽の話題が出ると少しこちらに興味が出てきたらしい。


「…あんまり上手くなかったから、普通科」


「なんだ、普通科なのか…まぁ、才能がないなら早めに諦めたのは正解だな」


うーん、オブラートに包むことをしないタチらしい。これは反感買うだろうな。でも、噂ほどじゃないらしく、意外と普通に話せる。


「ところで駒城さんは、なんで制服でこんなところにいるの?」


「別に、教師もクラスの奴らもうざいから授業を抜け出してきただけ、そういうおまえは私服で何をしてるんだ?」


「天気がいいから学校に行きたくなくなった」


「…ふーん、それじゃな…助けようとしてくれたみたいだから一応礼を言っとくよ。ありがと」


興味を失ったように、素っ気なくそう言うと駒城は雑踏に消えていった。



ーーーー「こら!サボリ魔」


買い物からの帰り道、夕暮れの通学路に差し掛かると、声をかけられた。見れば北部悠香(きたべ ゆうか)西宮詩織(にしのみや しおり)の幼馴染コンビだ。一応、中学校からの付き合いだ。


「なんだ、悠香と詩織か。部活もう終わったのか?」


「うん、水泳部はランメニューだけだったからすぐ終わったの」


そうのほほんと答えたのは、水泳部の北部悠香(きたべゆうか)だ。ツインテールのふんわり柔らかな髪に、おっとりとした猫のような雰囲気が可愛らしい。どこか掴みどころのない性格がミステリアスだと男子に人気がある。


私からすると整ったルックスよりも特筆すべきは胸の双丘だ。水の抵抗で泳ぐのに不利なんじゃないか?と思うくらいにはデカイ。


「なんだじゃない!なんで学校をサボった」


今にも掴みかかってきそうな勢いでそう捲くし立ててきたのは、空手部のエースである詩織だ。黒髪をポニテでまとめており、いかにも真面目そうな雰囲気だ。


強い意思を示すような目とミス付属候補の呼び声も高い整った容姿は、悠香に比べて胸が控えめすぎる以外は…欠点らしい欠点は見当たらない。


「天気が良くて気持ちよかったからね」


「なんの理由にもなってない!」


そう言って軽く放ってきた正拳突きを、ダッキングとバックステップで避ける。


「あぶねー。いきなり暴力に訴えるのやめろ。だいたい、サボっても詩織より成績はいいだろ?成果を出してるんだから文句を言われる筋合いはない」


「ぐっ…成績がいいのは事実だから反論しにくい」


付属(うち)の普通科は、成績上位者50名の試験結果が張り出される。詩織も成績上位者だが20位から30位あたりをうろうろしていて、試験で負けたことは一度もない。


「ねぇ、(ひかり)そんなことよりなんか食べに行こうよ。お腹すいた」


悠香(ゆうか)…本当に君はマイペースだね。


「うーん、ファミレスでよけりゃ奢ってあげるよ」


「やった!」


「おい、買い食いは…」


「詩織ちゃん…固いこと言わないの。だから、新学期早々に新入生に(しゅうと)なんてあだ名をつけられるんだよ」


「ぐ…まぁ、(ひかり)のおごりならいいか」


詩織は真面目で口煩いが、親しい人には流されてやすい。だから、悠香と上手くやっていけるのだろうが、いいのかそれで?


「そういや、新宿で駒城奏音(こましろかさね)に会ったぞ」


「音楽科の『氷の令嬢』かぁ…あんまり学校に来てないらしいな」


「ライバルとしては気になる?拳王ちゃん」


と茶化すように悠香が言う。付属(うち)は、普通科、国際科、音楽科の三つの課程がある珍しい学校で、それぞれ別々に校舎があり、真ん中にある円形の専科棟を囲むような作りになっている。


普通科と音楽科の校舎の位置関係から、詩織は南棟の拳王(けんおう)と呼ばれ、駒城は北棟の氷帝(ひょうてい)と呼ばれている。ちなみに国際科は東棟の賢者(けんじゃ)と呼ばれる奴がいて、付属御三家と呼ばれているらしい。


「ライバル云々はどうでもいいけど、拳王ってラ○ウかっての!乙女を捕まえて、なんて二つ名をつけるんだ。失礼しちゃうよ。まったく」


まぁ、空手家だからだろ。個人的には氷帝が一番ネガティブな理由だと思う…いや、間違いなく。


「ラ○ウいいじゃないか。暴力的な詩織にぴったりだ。」


「北○豪掌破!」


詩織がみぞうちにフックを放ってきた。いきなりだったので、まともにくらう。手加減してあっても軽く息が止まる。


「ぐっ…ひでぶ!てっ…高校生なんだから非言語コミュニケーションで怒りを表現するのやめろよ」


思わず乗ってしまったじゃないか。


「ふん…(ひかり)が余計なこと言うからだ」


(ひかり)〜ロ○ホでいい?あ!でもシズラーもいいな」


話題を振った悠香はすでに興味を失って、どこのファミレスに行くか考えているらしい。奢りと言ったから微妙に高いところを選ぼうとしてやがる。


「別にいいけどね…」


適当に学校に行き、適度に遊び(さぼり)、友人と駄弁る。この緩い高校生活が激変することになるとは、この時は思ってもいなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] コメディ好きです! でもなかなか面白い作品に出会えないんですよね~。 だから応援しています。
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