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とある聖女の旅路

作者: 御雪

深く考えてはいけない、何故ならそうファンタジーだから。

 

「君は聖女に選ばれた。申し訳ないと思っているが、どうか共に王都へ来てくれないだろうか」



 うん、いきなり田舎でこんなことを言われたら誰だってびっくりする。現にうちの両親なんてもはや石。生きる化石となった。


 今日は何だか騒がしいなー、くらいにしか思っていなかったはずなのに。

 さすがに王都から馬車が来た時には驚いたけど。


 そんでこう、ローブを羽織った使者さんがまた、ね……。傲慢に「来い!」とかならふざけんなって思ったんだろうけど、疲労感の滲み出た感じで「お願いします……」って言われちゃったら頷くしかない。きっと上司と国民の板挟みなんだろうなって思ったり。中間管理職は大変なんだなあ……。


「うん、いいよ」

「ナーちゃん、そんなあっさり決めちゃっていいの!?」


 即答で言うとお隣のユーリちゃんが叫んだ。ちなみに5つ年下の女の子。


「まあなんとかなるでしょ。詳細は聞けるんだよね?」

「はい、説明させていただきます」

「あー、後でいいよ。今ちょうどご飯を作ってるところだから……そうだ、疲れただろうから食べてく?どうせ私を連れて帰らなきゃいけないんでしょ?1泊してきなよ」

「え、いいんですか!?」

「いーよー」

「ダメだよナーちゃん!そんな得体の知れないおっさんを家に入れるなんて反対だよ!勝手に押しかけてきたのはそっちなんだから石でもかじってその辺の畑の隅っこに穴でも掘って寝ればいいんだ!」

「大丈夫だよ泊まるのは村長の家だから。私はご飯を出すだけだよ?お父さんとお母さんもいるし」

「でも……っ、この程度のおっさんごときにナーちゃんをどうにか出来るなんて思ってないけど心配なの」

「そっか、ありがとうユーリちゃん。でも本当に大丈夫だから、ね?万が一の時は潰してポイッてするって約束するから許してくれないかな?」

「分かった……。でも絶対ポイッしてね?」

「万が一の時はね」


「暴言がすぎる。辛い……なんにもしてないのにこのダメージは酷い……」


 使者(おっさん)は呟いてた。なんかごめんね?ユーリちゃんは悪気はないの。ただ心配してくれただけだから。……ほんとだよ?


 結局使者さん(おっさん)はご飯を食べたあと、ぐずるユーリちゃんを気にかけつつも村長の家で眠った。



 翌朝、わたしは村のみんなに行ってきますを告げて回った。使者(おっさん)によると、勇者やほかのメンバーとともに魔物を討伐しつつ各地をまわるそうだ。『勇者』としての素質を持つものが何十年かに一度現れ、それに合わせて何故か決まった場所に強い魔物が現れる。それを順に討伐しつつ各地をまわることで王国の権威もついでに示す目的もあるらしい。合理的だね。ちなみに魔王とかそういうのは存在しない。

 強い魔物といっても訓練した勇者の敵ではないらしく、少なくとも1年以内には帰ってこられるだろうという事だった。しかも報酬も出る。


 そんな話を昨日ご飯を食べながら聞いたので、ちゃっちゃと行ってさっさと帰ってくることにしたのだ。ぶっちゃけ聖女ったってもただ回復魔法をかけるだけでいいらしい。勇者との魔力の相性が大切で、勇者はその相性がいい人の回復魔法でさらにパワーアップするそうで、その勇者に合った魔力の持ち主を聖女と呼ぶ。今回の勇者に合う魔力を持つのが私だったみたいで、回復魔法は向こうで教えてくれるらしい。あと魔物に対して回復魔法をかけると逆に弱体化するそう。人間を治すもので魔物を害するってなんか皮肉っぽい。だからそれだけ習得すればOKなんだとか。……ほかのメンバーは魔物相手に戦えるのに私だけ足でまとい感が凄い。こうなったら開き直ってしっかり守ってもらおう。


「ナーちゃん、本当に行っちゃうの?そんなくたびれたオッサンなんかほっといたらいいじゃない」

「くたびれたオッサンて……」


 馬車の前でユーリちゃんはまだ引き留めようとしてくれている。嬉しい。うん、絶対早く帰ってこよう。


「絶対早く帰ってくるね」

「どうしても行くの?」

「うん、一応私がやんないとダメなことみたいだから。頑張って来るから、待っててくれないかな?」

「……そこまで言うならさみしいけど待ってる。でも忘れないでね、わたしは見たことも無い(ゆうしゃ)や国のくだらない見栄よりナーちゃんの方が大事なんだからね。いざとなったらこの頼りがいのないヘタってるおっさんを踏んづけてでも帰ってきてね!」

「……ぐすっ」

「ほらそんなこと言うから使者さん(おっさん)泣いちゃったじゃないの。心では思ってても本人の前で言っちゃダメなんだよ?」

「うん、分かった。次からは心の中で罵る」

「偉い偉い。それが処世術っていうものだよ。ひとつ大人になったね!」

「やめてくれ!止めろよそれでいいのか!幼い子が歪んでもいいってのか!」

「最初っから歪んでるものは矯正不可なんだよね。ならこの子にはこの子らしく生きて欲しいって言うか」

「ナーちゃん大好き!」

「それらしく言っても騙されないからな!」


 昨日のうちにすっかり打ち解けた使者(おっさん)は敬語が抜けてさらに疲労感が滲み出てる。

 ごめん。疲れさせるつもりはなかったんだ。ついでに言えばユーリちゃんも悪気があったわけではないんだ。

「いや溢れまくってんじゃねえか」


 ……てへっ。





 ユーリちゃんと別れたあと、私と使者(おっさん)は馬車にのって王都に向かっていた。


「なんか御者さん元気なかったね」

「……あのちびっ子の毒舌攻撃を受けたからなあ。無邪気さを装って言葉を吐く所がまた心を抉るんだよなあ……」


 ちなみに御者さんも1泊した。村長の家に泊まり、そこでユーリちゃんに食らった一撃がまだ尾を引いているらしい。


「将来が心配なちびっ子だよ……。敵が多そうで」

「大丈夫、あの子は要領がいいからちゃんと人を見極めて接してるんだよ。むしろ将来有望じゃない?」

「そう、なんで君にだけあんなに懐いているんだ?」

「うーん、最初はこんな感じじゃなかったんだけど、ある日暴言を吐かれてね。3倍で返したんだ」

「……え?」

「3倍で返したの」

「……」

「そしたらこうなった。で、可愛くてね?ついつい祖母直伝の人との上手な付き合い方とか自分の魅せ方を教えたりした。私は面倒だからあんまりやんないけど知ってて損はないからね!」


 使者(おっさん)は思った。あそこは変人の巣窟だと。


「それにしてもすごい荷物だな」

「挨拶に行ったらみんな色々くれたんだよ。ありがたいよねえ。そのまま持ってきちゃったけど、旅には全部持っていけないからどっかで預けておくしかないかな。えーと、中身は綺麗な服や上着にネックレス、ハンカチ、安全祈願のお守りに無病息災の御札、呪いの手紙、髪飾りに見せかけた毒針……」

「はいストップ。……なあ、疑問に思わないのか?それとも俺がおかしいのか?……もう、疲れてんのかな」

「?ああ、無病息災の御札?確かになんかズレてる気がするよね」

「違う、そっちは合ってる。……なんだよ呪いの手紙って。誰を呪う気だ!?それに髪飾りに見せかけた毒針って明らかに殺る気だろ!」

「え、こっち?呪いの手紙はユーリちゃんがくれたんだ。あっちで男の人に誘われそうになったらこれを渡してねって。髪飾りに見せかけた毒針はおばあちゃんの形見だよ。護身用に持っときなさい、世の中何があるか分からないんだからって」

「ユーリちゃん……おばあちゃん…怖い……」

「安心して、毒って言っても後遺症はないから遠慮なく使えるよ!数時間眠るだけのやつから数週間痺れて動けなくなるやつまで色々あるよ」

「この人……怖い……」


 そうして馬車はさらにくたびれたおっさんと毒針をいじる私を乗せて王都へと走っていった。


「田舎……怖い……」






 それから数日後、馬車はやっと城下町まで到着した。


「長かったー!」

「……そうだな。とりあえず城へ行くぞ。そこでメイドに君を引き渡して任務完了だ」

「ちょっと囚人みたいに言わないでよ。か弱い一般市民なんだからせめて送り届けるって言ってよ」

「で、そこで回復魔法を学ぶ。しばらくはそのまま王宮に泊まるが、明日はまずメンバーの顔合わせ。出発前日にパーティーに出席。衣装は用意してあるそうだ。質問は?」

「何のパーティー?」

「いわゆる顔見せだな。メンバーの中で平民は君だけだから、見下して来る奴や逆に取り込もうとしてくる奴がいるかもしれないがまあ大丈夫だろ。頑張れ」

「いつ頃出発?」

「君のでき次第。他のメンバーは国のトップ戦力だから今更特に何かをすることはない」

「……わあ。私、いらなくない?」


 使者(おっさん)はそっと目を逸らした。それは肯定とみなすぞこの野郎。え、そんなことない?役に立つ?……その言葉、忘れるなよ。もし違ったらユーリちゃん連れて抗議に行ってやる。





 その後、ものすごく豪華な部屋に案内され、メイドさんらしき人に今日はお疲れでしょうからお休みください、明日またお伺い致しますと言われた。


 ……広い。これ、私の家が何個入るんだろう。えっ、まだ奥にも部屋があるの!?あっ、ベッド発見!

 …………。

 ヤバい。これはヤバイ。ふかふかじゃないし、ふわふわでもない。もっふぁ……なの。硬すぎず柔らかすぎず優しく体を包み込んでくれる。私、愛しちゃったかもしんない。離れたくないの。ああ、おやすみ……。そして私は夢の世界へ旅立った。




 ……だが、癒しの時間は永遠には続かないもので。


「聖女様、朝でございます。本日は勇者様方との顔合わせをしていただきます。お召し物はこちらで用意しております。お食事も出来上がっておりますので……起きて下さいませ!」

「……私が起きられないんじゃない……布団が私を離してくれないんだ……私たち相思相愛なの……持って帰りたいぃ……」

「聖女様!起、き、て、下さい!」

「ああっ、布団が!」


 布団を剥ぎ取られてしぶしぶ起き上がったあと、それはそれは美味しい朝ごはんを食べ、大量のメイドさんズに拉致られ洗われ着飾らせられ、勇者たちの待つ部屋へと連れてこられた。既に疲労感がヤバい。そしてこの部屋も豪華だった。

「こちらでございます」


 ガチャッ。

 ……パタム。


「ええええ!?聖女様、閉じないで下さい!!」

「ごめん、なんか中覗いて見たら場違いな気がして。帰っていいかな?」

「ダメです!入ってください!」

「ダメかあ……」


 ガチャッ。


 ……うん、やっぱり王子様がいる。きれーな顔の王子様がいらっしゃる。え、嘘でしょあれが勇者?ていうか人間?


 メイドさんにむりやり押し込まれ、勧められるがままにこれまた立派な革張りの椅子に座った。

 そんなこんなで始まった顔合わせ、まずは勇者さんから自己紹介をしてくれた。


「はじめまして、俺は『勇者』のカイル。で、こっちが脳筋でそっちが魔術狂いだよ」

「脳筋のバッカスだ。よろしく!」

「魔術狂いのアリッサだ。今日から君に魔法を教えるのも私になる。よろしく頼む」


 紹介、それでいいんだ。認めるんだ……勇者雑っ!相手に対する敬意が微塵も感じられない。そしてキャラが濃い。

 キラキラ王子様系に筋肉脳筋系に凛々しいお姉様系ってテンプレか。


「はじめまして、多分『聖女』のナディアです。よろしくお願いします。カイルさんと脳筋さんと魔術狂いさんですね。ちなみになんですけど、逆にカイルさんを一言で表すとしたらどんな感じですか?」

「「ヤバい奴」」

「……いろんな意味でな」

「……ああ、鬼畜だ」

「どうも紹介に与りました鬼畜です。でも俺なりに楽しんでるだけだよ?人生楽しまなきゃ損だからね」

「否定しないんだ」

「ナディアさんは怖い変人だと聞いてるよ。それに一緒に過ごすんだから敬語もなしにして欲しい。カイルでいいよ」

「分かった」

「順応早え」

「でもカイル、怖い変人って誰に言われたの?ねえ、教えて?」

「目が笑ってねぇぞ嬢ちゃん」


 犯人はあの使者(おっさん)だった。……禿げないかな。


「ていうか『勇者』『騎士』『魔術師』『聖女』のはずが『鬼畜』『脳筋』『魔術狂い』『変人』ってどうなんだろうね。いいの?これで。キャスティング間違ってない?国民には絶対言えない案件だなあ……」

「結局変人って認めんのかよ」

「いいんだよナディア。全てにおいてバレなきゃなんの問題もない」


 おい勇者。すでに勇者が勇者じゃない。もう魔王でいいんじゃないか?


「誰が魔王?」


 ……心でも読めんのかよ。






 その後数日アリッサさんから回復魔法を習い、ついでに少しの攻撃魔法を習得することが出来た。でもほんのちょっとだけだからやっぱり守ってもらおう。よろしく。

 私が回復魔法を覚えたから、明後日に魔物討伐へ出発することになった。つまり明日はパーティー。面倒くさい。



 そして当日、再び大量のメイドさんズに拉致られ洗われ着飾らせられアクセサリーを飾り付けられ、パーティー会場へ連行された。

 わー、キラキラだあー。シャンデリアが落ちてこないか不安だね。あれが刺さったら死ぬ。即お陀仏。

 あんまり顔バレしたくないなーなんてちょっとごねたら、行きの紹介的なものは無しにしてくれる事になった。ありがたや。知ってる人は知ってるけどね。あと帰ってきた時にはちゃんと前に出ろよって言われたけど。

 だから特に何もしなくていいらしい、とりあえずお菓子を食べよう。うん、美味しい。さすが王宮ですね!ていうか顔見せの意味ないね!


 もぐもぐと頬張っていると、太った……いやふくよかなお貴族様がこちらに向かってやってきた。あー、多分この人私の嫌いなタイプ。いかにもな悪人面してる。


「ふうん、見ない顔だな、こんな所で何をなさっているのです?もしや踊れもしないのですか?まさか平民なわけもあるまいし。おや!その通りですと?ああ、それなら卑しい身分だから当たり前ですな!これだから教養もろくにない平民は。こんな庶民をめでたい勇者様方の出発パーティーに呼ぶだなんて……はあ、勇者様一行の品位も落ちるというものだ」


 安心しろ、品位など(そんなもの)あのメンバーには初めから無い。

 ……なんて言わなかっただけ偉いと思う。


 平民だと知ってて強く当たり、憂さ晴らしをしようとするおデブさんに対してニコニコと適当に無視しつつあしらっていたら飽きたのか、チッと舌打ちをして去っていった。

 舌打ちしたいのはこっちだよ。

「身の程を知れ小娘が」

 ……ちゃっかり捨て台詞まで吐いていきやがった。潰す決定で。


「ナディア、大丈夫だったか?」

「アリッサさん」

「アリッサでいい。ああいう奴らはどこにでも湧いてくる。それこそ鬱陶しい羽虫のように。思い詰める前に相談してくれ」

「ありがとう。でも私は私でやり返すから大丈夫。今は無理だけどあの人、私が『聖女』だって知らないみたいだったから。……楽しみだね?帰ってきた時、私が『聖女』だって知った時の反応が」


 にっこり笑ってそういうとアリッサは若干引いたような表情になった気がした。

「まさかこのために……」

 とか言ってるけど違うから。顔バレしたくなかったのは面倒をギリギリまで避けたかったからだから。というかこの場に平民がいる時点で気がついてもおかしくないと思うけど。

 その後二人で他愛もない話を続けていると、また。


「お嬢さん見ない顔だね。あっちで僕と一緒に遊ばない?」


 ……貴族ってこんなんばっか?平民となら遊んでもいいって?逆だと思うんだけど。そっとアリッサを覗き見るとふるふると首を振られた。そうだよね、一緒にしたら可哀想だよね。

 周りにキャーキャー言われてるけどそんなにすごい人?

「顔だけだ」

 なるほど。

「あっ、でもカイルと比べたら……その……」

「……アレと比べるのは可哀想だ」

「……そうだね」


ちなみにカイルは結構お偉いさんらしい。


「はい、これどうぞ」


 私は懐から紙を取り出し、チャラ男に渡す。チャラ男は困惑しながらも受け取り、パサと開いて読み出した。そう、お隣の子に貰った例のアレ。



『お兄さんは「世界は俺を中心に回っている」という自己中心的ナルシスト?それとも「俺に誘われて落ちない女はいない」という自己陶酔的ナルシスト?もしかして『遊んでやってる俺カッコイイ』とか思ってた?『こんなに女にモテるなんて俺って罪な男だな』とか?

 うわぁっ……なんてイタい人……っ!

 いるよねそういう思い込みの激しい人。

 確かにあなたは女性受けがいい。それは事実だよ。

 でも、それ本当に「あなた」を見てる?そもそも「あなた」ってなに?顔?地位?性格?ねえ、相手と長続きした事、ある?

 ……「遊ばれてた」のはあなたの方かもしれないね』


 そっと手紙を閉じると、チャラ男は去っていった。目じりに涙を浮かべ、背中に哀愁を漂わせて。


「ユーリちゃん……グッジョブ」

「なんだあの紙は……」

「お隣の子がくれた呪いの手紙。男の人に誘われたら渡してって」

「怖いな最近の子供は」


 うん、私もそう思う。





 そして私たちは旅に出たが、びっくりするほど順調に進んで行った。



「カイルとバッカスってどっちが強いの?」

「俺だよ」

「そーなんだよ、こいつの方が強いんだよなあ。俺の方が筋肉あるのにパワーも同等とかふざけてんだろ」

「努力と才能。あと勇者の素質」

「身も蓋もねえこと言うな」

「だから俺を頼ってねディー」

「なんだ妬いてんのか?……おっと」

 ズバンッ!


「何今の?」

「ここの魔物(ボス)

「え、じゃあ今のでここでのノルマ達成?」

「おう」

「あっけな!」

「それはそうとカイル、さっき俺にナイフ投げなかったか?魔物と一緒に召されそうになったんだが」

「気のせいでしょ」






「お、温泉はっけーん!嬢ちゃん、一緒に入るか?」

「ははっ、死ねよ脳筋。今ここで何も見えなくしてやろうか」

「うわっ、ちょカイルっマジか!嘘だろさすがにそれは死……ギャアアア!」


 バッカス:状態・瀕死。

 チーン。


「はい、バッカス」

「……なに、これ……」


 パサ。

『それがあなたのモテない原因』


「ナディア。すでに瀕死だったバッカスがさらに息絶えだえになったんだが……。あの紙はまさか」

「あ、おかえりアリッサ!そう、例のアレ。それより魔物はどうだった?」

「ああ、ここの魔物(ボス)は倒した。なかなかいいデータが取れたぞ。氷属性でな、吐息に含まれる魔力が空気中に漂う魔力と反応して……」

「うんうん分かった。お腹空いたからとりあえずご飯食べよう」





「ああ布団が私を呼んでる……会いたぁい……」

「そんなに布団が恋しいなら報酬で望めばいいよ、最高級のものが貰えるから」

「違う、そうじゃないんだよ。私が愛してるのはメイドさんたちの手によってもっふぁもふぁにされた布団。清潔感溢れるシーツやまるで羽のような掛け布団を全部ひっくるめて愛してる。だから私が村に持って帰った時点でそれはもう私の愛した布団じゃないの。つまり私たちは遠距離恋愛しか出来ないんだよ」

「真面目な顔して何言ってんだ……。俺には理解できねえ」

「私は何となく分かるぞ?つまり解明されていない魔術を追求するのはそそられるが、それが一般的に広がってしまえば研究対象として魅力を感じないという事だろう?」

「いや、それ全然違う。かすってもない気が……」

「ディー、じゃあ俺の家においでよ。毎日新鮮な布団で寝られるしうちのメイドは優秀だよ」

「はい、カイル」

 パサ。

「……」

「なんて書いてあった?」

「……ないしょ。ねえディー、俺は本気だよ。ずっと」

「あ、前前!魔物来た!」

「……チッ、空気の読めない害獣が」


 グシャッ!


「……わーあ大惨事」




 その後も順調に進んで行き。


 そして。


「帰ってきたね王都」

「そうだね」

「あっという間だった」

「そうだな」

「ひとつ言っていい?」

「どうぞ」

「……私、なんもしてないじゃん!」


 そう、真面目になんもしてない。だってこの人たち怪我しないし弱体化させる前に倒すんだもん!どうやって仕事しろと!?


「私ついて行った意味なくない?」

「そんなことないよ。ディーが応援してくれるおかげで俺は頑張れるんだから。それに魔物の被害にあった人たちを治してたでしょ?」

「ナディアの食事は美味しかった。あとカイルに寄ってくる女性の対応をしてくれただろう」

「そうそう!嬢ちゃんはよくやってくれたって!……俺正直さ、こいつの顔をナメてたわ。あんなに酷いとは思わなかったんだ。ちょっと街を歩けば来るわ来るわ。加えてこいつは直ぐに排除しようとするし。嬢ちゃんがいなかったらどうなってたことか」

「だからといって女性を毒針で刺した時は正気を疑ったが」

「……あれな。『お姉さん、こっち向いて?』なんて猫なで声で呼びつつ振り向いた途端針でグサって…。『あれ、どうしたの?貧血かなぁ?大丈夫?誰かー、このお姉さん運んであげて下さーい!』なんて言い出した時にはゾッとした。お前は悪魔か?」

「聖女だよ。大丈夫、あれは数時間眠るだけの毒だから。それにぶっちゃけカイルに任せるよりいいでしょ?勇者が犯罪者になっちゃうじゃん」

「俺とディーの時間を邪魔したんだから当然でしょ。みんな好き勝手言ってるけど証拠は残さないからバレる訳ない」

「……なあ、アリッサ。こいつのヤバさに磨きがかかってると思うのは俺だけか?」

「いや、私もそう思うぞ。主にディー関連でな」


 おい何故そこで二人して私を見る。関係なくない?


「そうだよ、もう俺はディーがいないとダメなんだ」

「知ったこっちゃないかな」


 そこの二人。だからなんでこっちに向かって手を合わせるんだよ。


「じゃあな、俺は寝るわ。とりあえず明日のパーティーサボるなよ」

「また明日」


 逃げやがった。





 翌日。

 またもや大量のメイドさんズに拉致られ洗われ着飾らせられアクセサリーを飾り付けられ、パーティー会場へ連行された。

 ぐすっ、すでに辛い。疲労困憊。


 今回はちゃんと『聖女』として挨拶をしなきゃダメだから頑張って壇上で自己紹介をした。そしたら来るわ来るわ多分嫌いなタイプの貴族たちが。鬱陶しいことこの上ない。おい隣の勇者、もうちょいポーカーフェイスがんばろ?


「せ、聖女様、この間は失礼なことを言ってしまい誠に申し訳ございませんでした!どうか、お許しください!そ、それでですね、聖女様のご活躍を称えまして、ぜひ爵位をという話にもなっているとお聞きしました。ですのでよろしければ是非とも我が養子になって欲しいのですが……」


 あ、また来た。なんか図々しくない?このおデブさん。ていうか誰。


「出発の時のパーティーでディーが平民だからって見下してきたお馬鹿さんだよ」

「え、カイルなんで知ってるの?……え?」

「覚えてない?」

「いや今思い出したけど……え?」

「な、私を忘れていたと!?」

「うん。あれでよくそう思えたね。ていうかお馬鹿さんが私の心にずっと残るつもりでいたなんて何様?」

「わあ、ディーかっこいい」


「はい、どうぞ」


 ここに取り出したのは件の手紙。カイルの口元が愉悦で上がる中、目の前のお馬鹿さんは訝しげにそれを開いて読み出した。



『こんにちは、ナーちゃんのお隣さんです!おじさんってば、本当にナーちゃんを養子にするつもりなの?え、あなたごときが?ごめん、その冗談ちょっと笑えないかな……。

 あのね、わたしずっとナーちゃんと過ごしてきたから知ってるんだけどね、ナーちゃん、これまで酷く当たってきたのに、すごいことをしたとたんころっと態度を変えてくる人が大嫌いなの。どれ位かっていうと、そのテカってる頭を公衆の面前で叩き割りたくなるくらい!

 つまり何が言いたいかっていうとね、消えてくんないかな?ってこと。その汚ったない(ツラ)二度と見せないで?ナーちゃんを迎え入れようなんておこがましいから!

 ぶくぶく太った豚にはブタ箱がお似合いだよ?……ねえ、どうせ後ろ暗いこと、してるんでしょ……?』


 ふくよかなお貴族様は青い顔をしてそそくさと去っていった。


「ユーリちゃん、グッジョブ。予知能力でも持ってんのかな?」

「俺の一番の敵はあの子なんじゃないかと今ひしひしと感じているよ」

「……ソウデスカ」


 何のとは聞かない。聞いてはいけない。


「なんか、どっと疲れたね」

「ベッド行く?」

「「お前はこっちな」」


バッカスとアリッサに引きずられて行ったカイルを見送り、私はもふぁってる愛しの布団にダイブして眠りにつく。



 そうして私たちの長い……多分長かった旅は終わりを告げた。






 その後、とある村に頻繁に訪れる美貌の青年とそこに住むとある幼い女の子の世にも熾烈な戦いが繰り広げられるのはまた別のお話。


「負けないけどね」

「いや帰ってくんない?」

「や」

「ナーちゃんが帰れって言ってんだから帰れよこのクソ勇者」

「はっ、君に口出しされる筋合いなんてこれっぽっちもないんだけど?」

「うん、ちょっと黙ろうか君たち」


村は今日もまた平和である。





誤字を修正しました。報告ありがとうございます<(_ _*)>


追記:ちょこっと編集しました

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