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上洛する(上)

御釜の肉体から、その死因となった病魔を取り除くと共に、視力を11.0に強化した上で蘇生を実施した。これからはサバンナのど真ん中で100m先に居る子供の診察も出来る様になるだろう。

一度死んだ程度で医師免許を取り上げる程、この国は医者の数に余裕は無い筈だ。だがまあ、一年前に退職したI市の市民病院に再び勤められるかどうかは微妙な所であるかもしれない。それでも、かつての古巣に多少入り浸っても文句を言うやつはそうそう居るまい。どうしても都合が付かなくなったら、代わりに集金役が出来そうなやつを見繕って貰えれば良い。



さて、今日はこのまま電車に乗って都会、首都圏へ出る。

ワーキングプア(週休3日制)たる俺は、この前増水した川に流された爺さんから現金を受け取った事で、やっと公共交通機関を気兼ねなく利用出来る程度の身分なのだ。

適当に最近亡くなった著名人を二、三人ほど生き返らせておこうと思う。芸能人やらアーティストやらが死に、眠る場所はやはりどうしても首都近郊に集中してしまうだろう。


有名人を復活させる理由は二つ程あるが、まずは刈谷桜の負担軽減である。

全国ニュースで事故死が報道された上で蘇ってきてしまった彼女は知名度の上で今の所蘇生者中トップクラスであろう。このまま50人、100人と蘇りが増えて行っても、彼女への取材攻勢はひょっとして収まらないかもしれない。だが、芸能人か誰かが生き返れば、マスコミや世間の注目はそちらへ大きく流れるに違いない。

『桜と言う娘を、やけに気に掛けるんだな』

背後霊と化した二六が、電車の中で問いかけてくる。

『生き返らせた上に、細かい世話をしてやりたくなる程の美人なのか』

『別に、そういう訳じゃ無いさ』

最初に蘇生させた人間という思い入れもあるが、反省する点が数多くあって、結果として色々と彼女に対する宿題をやり残している様な気がして落ち着かないのである。

まず料金の徴収に失敗している。金の支払いがまだなのはその他ほとんどの蘇生者も同じだが、彼女の場合は「徴収しようとして失敗している」点が大きい。蘇生前後にちょっと会話を交わした程度だが、桜は支払うべき代金を支払わずに済んだ事で、「やった、ラッキー」と思う娘では無い様に思えた。負うべき義務を負えずに気にやんでいるとしたら申し訳無い事だ。

肉体の修復に際し、例えば御釜の様な重大な疾病が有るかどうかの確認も怠っている。会話した限りそういうものは無さそうにも思えたが、これはこちらが勝手な主観でそう感じているだけである。

いずれ再度会った際にフォローはするつもりだ。だが安全に会う事が出来ない現状、せめて俺が彼女に対して抱えてている負債の、せめて利子分でも支払いたい気分になるのは人情というものだろう。

『お前さんが、彼女に対して抱えている負債か。――ははは。何となく思ってたけどさ、陸、あんた、愉快な奴だよ。こういう時、何て言うんだっけ? ……ああ、あれだ』

二六が愉快そうに笑って続ける。

『人間って、面白!!』

うるさいよ。って言うかお前も人間だろ。

なんで宇宙人も幽霊もナチュラルに漫画読んでんだよ。


えーと、何の話だったか。有名人を蘇らせるメリットだったか。

もう一つのメリットは、世論を味方に付けられる点だ。

一部の世間に、命の選別者だの不公正な救世主だのと罵られようとも、今の楽な仕事を続けながらほんの少し良い暮らしが出来ればどうでもよい――と俺は基本的には考えている。だが、今後の活動に於いて世間の支持が必要な局面があるかもしれない。あるいは、どうでも良い所で世論に足を引っ張られる様な事も無いとも言い切れない。

あんまり崇め奉られるのもどうかと思うが、仮にも客商売である。上げられる余地があるなら、評判は上げておくに越したことはない。

一般人を蘇らせても、感謝されるのは当人とその家族、せいぜいがその友人たち位のものだろう。だが、例えばCDを50万枚売り上げ、その後不慮の事故等で亡くなったアーティストを蘇らせたらどうだ。それはそのまま50万人の支持を得る事に等しくは無いか。

その調子で同じ様な有名人をあと一人二人復活させる。それはそのまま、100万人以上の潜在的な協力者を集める事にならないか。

それに蘇らせた著名人は様々なコネクションを持っているだろう。皮算用が過ぎるかもしれないが、俺の目的の為、その辺りを利用させてもらえるかもしれない。

……そういう意味では政治家を、それも強力な権力を持っていたか持ち得る人物を一人生き返らせておくのも良いかもしれない。現状、俺の能力だけではどうにもならない点の助けになる筈だ。まず思いつくのは戸籍である。二六の様に、蘇らせても戸籍が無く、仕事どころか普通の生活さえ覚束ない人間に、色々と便宜を図ってくれるだろう。

『思ったんだが』

その二六が口を開いた。

『そういう有名人や政治家、言い換えれば金持ちを生き返らせて、そいつから大金をせしめれば話が早く無いか』

『駄目だな』

俺は首を振る。

『復活した有名人から、片田舎の深夜のガソリンスタンドで働くパートタイマーの男に大金が受け渡されたらどう考えたって怪しいと言うか、俺が蘇生屋だって自白している様なものだろう』

今の時代、警察が本気になれば金の動きなんかあっという間に突き止められる。

『少額ずつ、長い期間をかけて分割して支払わせるのはどうだ?』

『そういう事を考えないでも無かったが、初めのうちは皆喜んで金を払うだろうが、すぐに不満を持つ様になるよ。なんでいつまでもこんな事をしなければならないんだ? 受けた恩はもう十分返しただろう、いつまで白アリの様に金をたかってくるんだ、ってな』

良く言うだろう。人間は受けた恩より仇をずっと長く記憶すると。

『生き返らせてもらった恩よりも?』

『生き返らせてもらった恩よりもさ』

これは結局の所、俺の机上の空論に過ぎない。

でも正直、試しに、とやってみる気にはなれないのだ。

別に一生涯感謝し続けて欲しいとまでは思わない。それでも、俺が蘇生させた人間が、最終的に俺に恨みを抱く様になる姿など見たくはなかった。

俺はまあつまるところ、必要以上に人間を嫌いにはなりたくないのだ。

『それに金の流れを押さえられたら詰む点はあまり改善されていないな。長い期間をかけて少しずつの支払いって、官憲に尻尾を捕まれるかもしれない機会を自ら増やしているとも言える』

俺が、蘇生させた相手から2万だの1万だのと苦労して集めている姿は、見ようによっては滑稽に映るかもしれない。だが結局、そうして安く広く、一回限りだけ代金を徴収して後は(例外を除いて)お互いの人生に干渉しない、この方法が一番他人の恨みも警察の追求も躱しやすい方法の一つだと信じている。

足が付かない方法を思いついたら、例えば小説の形とかで一連の活動報告を蘇生者達に限定開示し、より良い案を募るのも良いかもしれないが、それにしても大分先の話になるだろう……。


ところで、実際に誰を蘇らせるかはまだ決めていない。ノープランだ。先にネットで過去のニュース記事でも漁っておけば良かったが、首都圏まではこれから鈍行でしばらく掛かる。スマホで調べてみるか。

――あれこれと軽口を叩いていた二六が黙り込んでいる事に気づいて、目線を上げると、彼は電車の窓から一方向を妙に神妙な顔で見据えている。

ローカル線からJR線内に入った列車は、小田原駅を出ようとしていた。


『……豊臣戦では康英様と下田城で戦っていたから、小田原城でのいくさがどんなもんだったのか実は俺も資料程度位にしか知らない。大久保さんがリフォームしちゃったけれども、全盛期の小田原城ってのは大したもんでな、こんな城を落とせる奴はこの世界に居やしないと思ったね』

今の小田原市街地を丸々包み込むとされた、いわゆる総構えが健在だった頃の小田原城の威容は、現代人は資料をあたるか想像で補うしか無い。

『何もかも終わった直後に、改めて海から城を眺める機会があった。やはり、こんな城を落とせる訳が無いと感じた。いや、落ちてんだけどさ』

『小田原の役で戦死した訳じゃ無いのか』

『なんで戦死しなかったのか分からないぐらいの感じだったけどな。田舎の城と言うか海賊の屋敷に、まず九鬼、加藤、脇坂、来島らの西国の主力海賊。それと長宗我部、羽柴(秀長)、宇喜多、毛利、徳川各家の水軍が殺到して来た訳でな。イジメか何かかよって。めちゃくちゃ楽しかったぞ』

楽しかったのかよ。

『いくら何でも殺到し過ぎなんだよ。大軍があんな狭い入り江でまともに展開できるものかね。右往左往する西日本オールスター軍、10000人余りを600人で翻弄してやったよ(※数字は諸説ある)』

先の西伊豆での緒戦で既に伊豆水軍の舟は全て失われていたし、また今更馬鹿正直に軍船対軍船の戦いに持ち込める様な立場でも無い。

その代わり、夜闇に乗じて素潜りで沖合の豊臣軍の舟に近づき、舟底に穴を空けたり舟同士を係留している綱を断ち斬って漂流させる等のゲリラ戦を展開し、天下統一軍を大いに苦しめたらしい。

もっとも相手は歴戦の戦国大名達である。すぐにこんな場所で大軍を展開する愚に気付いたし、陸上の本隊は既に小田原城での攻城戦に突入しつつあり、水上からの補給を急がなければならなくなったという事情も出てきた。

豊臣水軍のほとんどは下田城から撤収して小田原沖に向かい、下田には長宗我部元親の船団と、他家の極々一部の船が残される。これで大軍過ぎる故の弱点は無くなった。

豊臣水軍襲来より約50日間の激戦の後、下田城城将・清水康英は開城して降伏した。


『敵の数が少なくなった事で勝ち目が完全に無くなるって話は、何というか、面白いな』

『面白かったさ。面白かったが……そうだな、出来れば勝ちたかったかな。――俺は北条の殿さまと、秀吉にそれほど差があったとは思ってないんだ。差があったとしたら、首都までの距離だ。そこだけ、天と地の開きがあった』

二六の口調が熱を帯びていた。

『因果が逆になるが、あの時既に江戸が、東京が首都だったら。この国の中心であったら。勝っていたのはうちの殿さまだったよ』

それは本当に埒も無い言い草だろう。

北条が百年育んで、徳川が引き継ぎ更に二百年余。それだけかけて、漸く東京はこの国の首都足り得たのだ。本人も認める通り、因果があべこべである。

いちいち反駁する必要さえ無い与太だと判断して、黙って二六の顔を眺めていると、ふん、と鼻を鳴らした。

『蔵王、とは聞かない名字だが、陸の一族は昔からあの辺に住んでいたのか?』

ふいに二六が奇妙な質問を投げかけてくる。

『うん? まあ、遡れる限りはそうみたいだが』

『じゃあ、陸は俺の知り合いの、海賊の子孫かもしれないな』

そんな事を言うと、ふいに何かに気がついた様に笑いだす。

『知ってるか、陸。北条家が関東に乗り出して江戸城を穫った時、城代には伊豆水軍の大将が任じられたんだ。氏綱様の時代だから、俺の爺さん世代の話になるがな』

『そうなのか』

『なあ、今回の東京行き。これはつまるところ、陸と俺の上洛と言う事にならないか? 何か楽しい事があるといいよな』

そう言って尚も笑った。

後でちゃんと調べてみると、「上洛」はあくまでも京都に上る時に使う言葉で、一般的に東京に行く際に使う言葉では無い様だ。

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