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そして、世界は気付いた

翌日に、永野孝介の家の様子を見に行くと、既にテレビ局やら新聞記者やらのマスコミ陣に家の前が固められてしまっていた。昨日の今日だと言うのに素早いものだな、と思う。刈谷桜という前例があるにしてもだ。

ところで各種メディアで、桜や永野の蘇りについては確認出来る限り未だ報道されていない。止められているのか自主的に止めているのか知らないが、いずれにせよ報道しない事件(?)をなぜ必死になって取材するのだろうか。

「いざ報道規制が解けてから慌てない様、報道出来ないうちからマスコミは取材を進めているものだよ」

詳細は省いて某掲示板で尋ねてみると、そんな返答があった。そういうものだろうか。マスコミも大変なんだな。


それはともかく、永野には今後町内の病院で蘇生させる人々の集金をしてもらわなければならない。

昨日思いついたこの『集金人』制度、うまく行く様なら周辺の病院、いや病院に拘らず例えば各市町村ごとにも同じ様な役割の人間を作り、集金または情報収集の為の組織を作ってしまおうかと考えている。

永野はその試金石となる。だから彼には出来るだけ早く動き出して欲しいし、それを現状マスコミが邪魔しているなら彼らをどうにかする必要がある。確認していないがおそらく状況は似た様なものだろうと思われる刈谷家もついでにマスコミ攻勢から助けてやろう。

今日の活動はそんなコンセプトで実施する。


俺が住んでいる町から、桜を蘇生させた市とは逆方向に隣の町へ移動した。

選り好みしなければ、原付を走らせているだけで顧客候補があちこちに立っていたり、浮いていたり、散乱していたりする。あまり人の姿からかけ離れ過ぎている奴を蘇生させると色々不幸な事になる様な事を先日阿部さんから聞いているので、比較的話が通じそうな奴に声(思念)をかける。

『おいあんた、生き返りたくないか?』

『…………は?』


桜や永野の時はある程度対話をしたりしてその人となりを確認したが、今回はほとんど考慮しない。ある程度の人間性を保っていると思しき相手に、片っ端から声をかけていく。

10人に声をかけた結果、

『放っておいてくれませんか?』

浜辺で膝を抱えて海を眺めていた男子中学生にのみそう断られ、残りの9人が蘇りを希望した。全員の住居を確認し、後日――と言っても数ヶ月後になるかもしれない――集金に行く旨を伝え、4人はその場で蘇生。残り5人は明日、適当な時間に復活させる事を約束する。


町を突っ切る形で、更にその隣の市へ。

ここでやる事も変わらない。幽霊に声掛けして、半数はその場で蘇らせ、半数は翌日の復活を約束する。

なんとなくキリが良いかと思い、隣町と含めて復活対象が20人になるまで営業活動をつづけた。今回は誰にも蘇生を断られる事は無く、つまり11人中11人全員が復活を希望した。

特筆事項として、11人の内1人から、初めて現金を即日で受け取った。

嵐の夜に田んぼの様子を見に行き、市内を流れる二級河川に流されて溺死した老人は、別居している家族達からは行方不明者として扱われていて、その財産を整理されてはいなかったのだ。

復活ついでに十年の若返り(87歳→77歳)と、おおよそ水泳に必要と思われる部位の筋肉量を15%ほど増量した老人は、21600円を支払いながら、

「次は負けねえ」

と息巻いていた。


翌日、家で寝転がりながら、あるいは深夜のガソリンスタンドで暇潰しに、約束していた分の蘇生を実行した。

図らずも現金を手にしてしまったが、実のところこれは金銭が(少なくとも目下の)目的では無い。言わば目眩ましとでも言うべきか。

一昨日まで、蘇った人間は二人だけだった。当然、報道陣達は桜と永野の家に集中する。だが今日からはどうだ。蘇った人間は20人以上に及ぶ。マスコミも、永野らだけに関わっている訳には行かないだろう。

更に次の休日から、同じ様に俺が住んでいる町で10人、桜の住んでる隣の市で10人、新たに死者を蘇生させる。これで40人以上。マスコミの興味はどんどん他の蘇生者達に向いていき、結果として桜や永野への取材頻度は落ちていく。


蘇生を実行する場所を変えたり、蘇生する日付をずらしたりしているのは、なるべく蘇生能力者が俺である事に辿り着け難くしようという苦肉の策である。

某人気漫画の「死神のノートを拾った少年」と俺の能力は言わば真逆の力であるが、世間にバレれば以降の人生をまともには過ごせない点は同じである。

かのムーンさんは、まあ大前提としてまず俺より数十倍頭が良かったが、自分の正体を隠す為の行動が色々と神経質であった。

俺は最低限、自分の正体を隠す為の手段はあれこれと打つつもりであるが、彼ほどの労力をかけるつもりは実は無い。

一つには今いった根本的な知力の差というものがあるが、実の所自分のやっている事は別に法律に背いている訳でも無いし、悪でも無いと信じているからだ。もう少し生きたかった、と嘆く死者に、望む通りの生を与える事の何が悪であるのか。しっかり代金を受取るあたり正義でもまああるまいが、要するにこれは健全な経済活動である。誰にも後ろ指を差される様な類のものではないはずだ。

それでも、死者を生き返らせられる人間を特定しようとする者は幾らでも現れるはずだ。その中に、例の作品に出てきた凄い探偵みたいなやつがいないとも限らない。そうなった場合どうするか。

俺は正直、その時はその時と考えている。向こうが何らかの取り引きを持ちかけてきて、それが俺にとって魅力的なものであれば何も問題無い。一人生き返らせるのに必要な力はスクワット一回分らしいし、大抵の望みは叶えてやっても構わない。

問題は、先方が権力なり暴力に任せて俺に一方的な服従を迫ってきた時だ。その場合は反抗して戦わなければならないが、俺の蘇生能力で、そういう理不尽とどれだけ戦う事が出来るのか。草案はあるが、その辺りの事ももう少し煮詰めていく事にしようと思う。


桜や永野の件をマスコミが報道しなかったのは何らかの圧力があったのか、それとも自主規制だったのか。

その辺りの事情はまったく解らないまま、俺が夜勤から帰宅する少し前ぐらいの時間に、とうとう一連の騒動が全国ニュースで流れ始めていた。

次々と死者の蘇りが確認され、SNS等ではちらほら報告例も挙がり始めていた。最早隠しきれる状態では無い、と踏んだのだろう。


「えー……っと、松川さん。この地域で、亡くなったと思われていた方々が息を吹き返す事例が極端に多いと言う事でしょうか? 人を仮死状態にする毒を持つ食べ物が局地的に流行っている様な……」

「フグ毒など、神経毒ですから、動けなくなって死亡したと思われた方が、実はずっと意識だけは残っていて、後に蘇生したという事例を良く聞きますよね?」

『――ちょっと、スタジオの皆さんとこちらで認識の、空気感の差を感じています。そうでは無くてですね――』


『実は数日前から、取材班はこの現象を追っていました。先月、全国的にも大きなニュースとなったI市での交通事故により死亡したと見られ……いや、確実に死亡していた女子高生が――』


「生き返ったとされる人の中には、いや、ほとんどの人が、既に火葬や納骨も終え、お墓で眠っている筈の状態で――」

「許可を頂いた墓地で確認した所、納骨されたはずの遺骨が姿を消しており――」


『各国から、この非常に珍しい事象に対し、非常に興味深いと言う見解が――聖書の一節との共通点を指摘する――』


『魂への強制……蘇生者の素性を口止め……』


「これ、本当ならとんでもない事ですよ。人類が、いや、生命体が誕生して38億年。死の克服は全ての生き物にとっての究極的な願いそのものだった筈ですよ。それを今、一個人が独占しているって事でしょう!? 全人類の為に、その人は名乗り出るべきでしょう」

「犯罪と言って、差し支え無いと思いますよ。警察はこの人物を全力で特定するべきだと考えます」


……ちょっと加熱し過ぎじゃ無かろうか。マスコミが分散されるから、どんどん死者を生き返らせようっていう俺の計画、もしや藪蛇にならないか。重圧を取っ払ってやるつもりだったのに、この分だと刈谷家や永野家にマスコミ以外の人間さえ殺到しかねない気がする。

だが、今更後戻りも出来ないだろう。予定通り、俺の居る町と隣の市とで、更に20人の死者を蘇らせるとしよう。

この先蘇生者が50人100人と増えていけば、一人あたりに群がるマスコミもそれ以外の野次馬も数は減るだろう。たぶん。

だが、今テレビを見て思い至ったが、永野はともかく桜は、その死を全国区のニュースで報道されてしまっている。ちょっと蘇生者の人数が増えた所でマスコミのタゲが外れないかもしれないな。

まあ、永野と違って、桜の生活が多少窮屈になった所で、俺の目的には何の影響も無いのだが――。

…………。

――それなりにネームバリューのある死者を見繕って蘇生させれば、多少は彼女の負担も減るだろうか。

今すぐ考えなければいけない事でも無いだろうが、一応心に留めておこうとは思った。

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