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墓場に営業に行った

刈谷桜を蘇らせてから三日が経った。

誰が見ても明らかに死んでいて、火葬までしている人間が一月後にひょっこり戻ってきたのである。2000年ぶりの大事件だと思うのだが、テレビ等での報道は無い。事が事だけに報道規制がかけられているのか、マスコミがこれをどう伝えたら良いものか迷っているのか。

まあニュースにはならなくとも、刈谷家が今、ある意味では桜が死んだ時よりも大変な状態にあるだろう事は容易に予想が付く。のこのこと代金を請求しに行くのは早急に過ぎると思われた。


そう、代金の請求だ。

桜の件は最初の仕事だという事を差し引いても俺の抜かりがでかいが、まあそれは置いても蘇生した対象から代金を徴収する事は意外に大変だと言う事が解った。

大雑把に言って、死人は金を持っていないのだ。

俗に良く言われる、『あの世に金は持っていけない』という話とこれは若干意味が異なる。基本的に金銭その他の財産は、生きている人間のみその所有する権利を有しているのである。基本的にはどんな金持ちであっても、死んでしまえばその財は親族や政府によって分配・整理されて死者の手元には残されない。エジプトのファラオや古墳時代の豪族の如く、死体の周りに金銀財宝が一緒に埋葬されているなら話は簡単だったのだが、今日び、そういう埋葬をされている人をこの国で見つけるのは容易ではなさそうだ。

この先、死者がどんどん蘇生してくるという状態がこの国で多発した場合、おそらく分配した財産は蘇生された本人に返却する様に法整備が進められるには違いないが、それでも蘇った人間がかつての財を取り戻すまでには数日以上の時間が掛かる。即日の蘇生料金徴収は困難と言わざるを得ない。


「この場合、即日金を支払える人はどんな奴だろうか。つまり、家族や国家に財産を持っていかれていない死者。それは死んだ事が世間にまだ知られていない奴だ。一人暮らしの孤独死か、はたまた遭難した登山家か」

昼下がりの郊外、山沿いの墓場を歩いていたら半透明の大きな白猫が居たので、考えていた事をそのまま猫に語りかける。

「この辺は、遭難できるほどの大きな山は無いし、田舎特有の横の繋がりが太くて孤独死もあんまり無さそうだ。死んだ事を知られていない死者、というのを田舎で探すのは効率的では無いだろうな」

半透明の白猫の傍らに、同じ姿形の、横たわって眠っているように見える猫がこちらははっきりと見えた。目立った外傷は無く、ふかふかとした毛皮は奇妙に健康そうに見える。いまいち死因が解かりづらい死体だった。


『死んだ事が知られたばかりの死者、というのはどうだね』

ふいに脳内に言葉を叩きつけられた。ぎくり、として白猫の霊を見つめる。

『そうじゃない、こっちだよ』

苦笑交じりでそう続けられるが、音声と違ってどこから声をかけられているのか正直さっぱり解らない。

それでも周囲に目をやると、思ったよりもすぐ目の前に壮年の男が居る事に気がついた。

初老の、上等そうだが古いデザインのスーツに身を包んだ男。顔や体付きががっちりとしていて、こちらもまあ何というか健康そうな印象を受ける。地方の中小企業の部長ぐらいにいそうな出で立ちの人物が、オフィスの椅子では無く自分の背丈ほどもある墓の上に腰掛けて、こちらを見下ろしていた。言うまでもなく幽霊で、姿は半透明である。

『私の姿も声も届いているんだね。墓参りにしては物騒な事を口走っているから、つい声をかけてしまったよ。家族がここに眠っているでも無い様だし、こんな所に何の用事かな?』

『……営業、ですかね。墓場なら生き返りたい幽霊がいっぱい居るんじゃ無いかと思いまして』

『生き返り』

壮年の男が単語をオウム返しに呟く。

『だが、そうだね。残念だがここには対話を出来る幽霊はほとんど居やしないよ。大抵、丁寧な処置を受けて仏様になっているさ。幽霊本人はどこか別の、新しい場所へ向かって、今ここへ残っているのは彼らの残滓、思い出みたいなものがほとんどだね』

いわゆる次の段階、ってやつに移行しちゃった人が大半と言う事か。

『だいたい、どれ位で幽霊はその、新しい場所とやらへ行くんですかね』

『日本人なら過半数は二ヶ月弱かな。四十九日と言うだろう。三途の川を渡り始める日とか、あの世での裁判が終わる日だとか、要するに49日で幽霊は本格的に死者の国へ旅立つ……と一般的に信じられている。生きている時に信じていた物を、結局は死後も拠り所とするんだろう』

阿部さんのリファレンスガイドに書いてあった通りと言う事か。

『あなたはまだ死んで間も無いって事でしょうか?』

『永野と言う。永野孝介だ』

男が名乗った。

『もう半年は、ここに座っているかなあ』

『蔵王陸です。……何か思い残した事でもあるのですか?』

『うむ……まあ、そうかな』

桜同様、幽霊らしくない快活な物言いだった永野がふと言い淀む。

『それより、良く解らないが、金を持っている死者に興味があるのかね』

『興味があるなんてものじゃあ無いですね。そういうやつがどれだけ見つかるかどうかが、今後の俺の人生を左右するんですよ。死んだ事が知られたばかりの死者、でしたっけ? 何の事ですか』

『君の独り言に合わせて回りくどい言葉になってしまったが、要するに死んだばかりの死者って事さ。死んだ事を国はともかく家族ははっきり認識しているが、大事な者を失った悲しみや喪失感に襲われていて、次の段階である法律上の諸手続きなんかにはまだ思いが至っていない状態。その数日の、刹那とも言える間のみ、死者は金銭を持ち得る』

ひょい、と永野が自分の前方、墓場の向こうにある大きな建物を指差した。

町立病院である。よほど重篤な病気や怪我で無い限り、町民の大半は傷病に掛かればこの病院で受診する。

『田舎や地方都市は、どうしてか大きな病院のすぐ近くにこういう墓場がある事が多い。若い頃は病院で死んだ人間をシステマティックに処理する為かと勘ぐった事もあるが、まあ、どちらも建設にはそれなりの敷地を要求される施設だから、必然的にこういう山間に、近場に建てられる事になるのだろうね』

『病院か』

俺もその田舎にはややそぐわない大きな建物に目を向けて呟く。そうだな、この規模の病院であれば毎日かはともかく、週に一人ぐらいは死人が出ていてもおかしくない。

それに、そうだ、隣の市の市民病院であれば、あそこは周囲の町の病院で手に負えなくなった患者も一手に引き受けている筈で、それこそ死にたての死者には事欠かない。

死んだばかりの人間を、即座に蘇生させる。財産を整理される暇を与える事無く。即時代金を支払ってくれるにちがいない顧客が、病院というやつには溢れているに違いなかった。

しかし、病院で人が死んだ、あるいは死にそうだ、という情報をどうやって掴む? 毎日足しげく病院の待合室辺りに通いつめれば噂話ぐらいは聞こえてくるか? 実際に病院内の死者が大量に蘇り始めて大騒ぎになった時、原因究明の一環で誰かが監視ビデオを確認した時、死者が蘇った日に限って待合室でぼうっとしている三十男が居た事を、当局は見逃してくれるだろうか? いや、蘇生者と蘇生場所がはっきり決まっていれば、蘇生を実行するのは次の日でもいいのか。……ああ、いずれにせよ代金を回収する時、縁もゆかりも無さそうな俺が会いに行くのはそもそも怪しいって問題はそのまま残る訳で――。

……。

……俺が、会いに行かなきゃいいのか。

『……で、永野さん、あなたの思い残してる事って何ですか。半年間、そこに座ってあの病院の方を見ているって、もしかして病院絡みですか』

『…………』

『僕の仕事、いや副業ですけれどもね、――おい猫さんや。お前さんはもしかして本能で解ったりするものかね』

その場で、自分の死体の傍らで、同じ様に幸福そうな体勢で仰臥している白猫に声をかけた。

『にゃあ』

『なるほど、確かにニュアンスで伝わる。でも、そういうものなのか? 本当に良いのか?』

『にゃ』

『そこまで固辞されちゃあ仕方ないか。――こいつには今断られましたけれども、本人の承諾を条件に、僕は死んだ者を生き返らせる事が出来るんですよ』

『ほう、凄いな』

永野が感心した様に言う。

話が早くて助かるのだが、桜といい永野といい、人の言う事を素直に信じ過ぎやしないか。幽霊というやつは、疑う事を忘れてしまっているのか。

『……僕はこの力、純粋に商売として活用するつもりなんですが、やってみると難しい訳でして。あなたの言う通り、病院は僕の商売相手がどんどん発生するんでしょうけど、僕みたいなのがやれ蘇生だ、やれ代金回収だって院内に入り浸るのは怪しいでしょう。協力者が居てくれると非常に助かる訳ですよ』

『……ふむ』

『で、永野さん、あなたの思い残してる事ですが』

三度目の問いとなった。

『まあそのなんだ、君の言う通りだ。あの病院に奥さんが居てね』

それなりの年齢の男が妻を、連れ合いとか家内でなく奥さん、と呼ぶのはなんかいいな、と思った。

『もう何年も入院したままでね。週に何度か様子を見ていたが、僕の方がうっかり病気で死んでしまって、困っていたんだ』

『永野さん、不躾だと思いますけど、奥さんの入院費とかはどうなってます?』

『蓄えが無いでもないし、今は形式上妻が管理している事になっている。……が、息子達に管理上も実費面ででも負担をかけてしまっているだろうね』

『なるほど』

ちょっと考えてみる。……金銭をごまかす様な人には見えないし、実際ちょっとくすねられた所で大過は無い。俺が蘇生能力持ちだという点の口封じだけきちんと出来れば、他は大した事では無い。今考えている事が例えうまくいかなくても、また次の手を考えれば良い事だ。

『……永野さん、取り引きしませんかね』

現在2万1600円で蘇生を営んでいる。この前とある女の子に値段の事で一言言われ、税金分多めに貰う事にした。

だが今回、あなたに代金は請求しない。その代わりに、あの病院でやって欲しい事がある。奥さんが入院している病院にあなたが出入りした所で怪しむ人間は居やしない。

死人が出たらその情報を俺に回して欲しい事ともう一つ、蘇生した人間に僕はその後直接会わない。その代わり、院内であなたが蘇生者から代金を預かって欲しい。預かった金は、病院の外のどこかで俺に受け渡す。

見返りとして、幾らかキャッシュバックするし、これが軌道に乗る様なら周囲の市町村の病院でも同じ様な事をしたい。どこか近隣の病院に入院している知己はいないだろうか。或いは知己の知己が入院している等の情報も欲しい。

ともあれ、この話を受けたくないが蘇生はして欲しい場合は最初に言った通りの代金だけ支払ってくれても良いし、そもそも蘇生が余計なお世話であったら申し訳無かった、忘れて欲しい。云々。

『俺はいちいち死人を求めて隣の市だの墓場だのに営業する必要が無くなりますし、あなたは生前どんな仕事をしていたか知りませんが、とっくに職場の席は無くなっているでしょう。当座のアルバイトとしては、いい金になる方だと思いますよ』


永野はしばらく目を瞑って考え込んでいた。

やがて目を開いて、

『いや、迷っていた訳では無いよ。妻の一事だけでも、僕には選択の余地が無い訳でね。ちょっと考えていたのは、君みたいな人間が、君の様な大きな能力を持った人物が、突然世の中に、この国に現れたのは一体どういう理由なんだろう、って事でね』

宇宙人から実験の為に能力を貰っている事は別に口止めされてはいないが、言っても信じてもらえるかどうかはまた別の話だ。

『それほど大した能力ですかね?』

心からそう思って、俺は答えた。

『大した能力では無い?』

永野は少し目を見開いた。驚いている様だった。

『個人的にはとてもありがたい能力です。これから大儲けさせてもらう予定ですからね』

だが、人類全体、日本全体として考えるとどうだろう?

『俺はこの先、どれだけの人間を生き返らせるんでしょうか。今回の計画が大いに起動に乗って、日に10人ほども蘇生するとしましょうか。ちょっと盛り過ぎかな? ともかく月に半分は仕事があるから副業は休むとして1ヶ月に約150人。1年で生き返らせられるのは、2000人足らずです』

『とんでもない偉業だ』

『そうですかね。この前調べましたけど、この国、交通事故で年に3500人死んでるんすよ。ちなみに自殺者は2万人以上(※どちらも数字は2018年度のもの)です。俺があくせく蘇生しまくって、交通事故死亡者全体の補填にもならないんです。何かをぶっ壊したり、その有り様を変えてしまったりする異能力に比べて、治すだの戻すだのって力が、いかに地味で迂遠なものなのか、よい証左じゃあないですか』

『うーん』

永野が額に手をやり、何やら考え込んでいる。

『蔵王くん。君がもしも本気で、蘇生の力が人類全体としては大したものでは無いと考えているとしたら――君にその力を与えたのが何なのか、私は知らないが、与えた理由は君のそういう思考からかもしれないね』

良く解らない事を言う。

『まあ人類だの日本だのは当面どうでも良いです。永野さんの家に案内して下さい。真っ裸になるので、まだ衣類が片付けられていない事を祈っていて下さいよ。体に何か重篤な疾患はありましたか? そういうのは取り除いた状態で肉体復元しますからね(桜にこれを確認するのを忘れていた。今度会った時にフォローしないといけないな)。肉体の事で他に何か希望はありますか? 十年ぐらいなら若返らせてもたぶん問題無いですよ。それから、強制的に口止めさせて貰う点が――』

この日、俺は一人の人間を蘇生し、一匹の獣の蘇生を本人に断られた。

蘇生能力で儲ける計画は着々と進行していると信じたい所だが、目下、稼いだ金額はゼロのままであった。

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