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最初の蘇生(下)

『父親と桃子ちゃんか』

振り返らずに陸がぽつりと問う。

『――買い物ですかね。桃ちゃん凄いんですよ。通勤とか通学とかじゃ無ければ、誰かがどこかに行こうとすると、必ず着いて来ようとするんです。お母さんが買い物に行けば一緒に、帰って来たと思ったら、今度はお父さんと一緒にコンビニに行ったり。バイタリティの塊なんですよ。凄いんです』

『ああ、あんぐらいの幼児、たまに凄いよな。一月経ってるとは言え、意識不明の重体って報道されてたのが、普通に歩いてたな』

少なくとも見た目、大きな後遺症も無さそうに見えた。

『陸さん、訂正しなければならない事があります』

桜の声音? は変わらない。幽霊のくせにどこか理知と秩序を重んじる優等生然とした物言いのまま。

『あなたが本当に私を生き返らせてくれれば何でもやります、命の恩人として感謝しますと言いましたけど。訂正します。今この瞬間から、あなたは私の恩人です。蘇生云々が嘘だとしても、なんやかんやで失敗しても、この先私はずっとあなたに感謝し続けます。この先、なんてものが有るのかは解りませんが』

『要するに、この期に及んでまだ信じてないって事かよ。いいからさっさと生き返って1万払え。家族が出歩いてるって事はそろそろか』

『そうですね。そろそろです』

その宣言通りに数分後、二人(一人と一体と記載すべきか)は刈谷家の門前にたどり着いた。



『……私の部屋は2階ですが』

と窓を指差して、

『もしかして侵入する必要がありますか?』

少し心配そうに桜が問う。

『いや、場所だけ解れば十分だが……』

陸が何やら考え込んでいる。

『何か問題でも?』

『こう、蘇生能力を使う時の文言なりポーズなり、こだわった方がいいのかな。説明書には気合を入れれば出来るって話なんだが、こう、演出的にはどうなんだろうか』

『陸さんが何の心配をしているのか解りません』

『決め台詞やら決めポーズやらも柄じゃ無いからなあ。事務手続きみたいな感じで行こうと思うんだが、あんたはそれでいいか?』

『陸さんの望む様にするのが一番だと思います。私含め、蘇生される側は生き返る事なんて一生(?)に一回限りでしょうけど、陸さんはきっとこの先何十回も、何百回も同じ事をしていく訳ですから』

『そうだな。それなら――』

一度咳払いをしてから、

「刈谷桜、あんたを蘇生させるに当たり確認する。蘇生地点はあんたの部屋で問題無いか?」

『あ、唐突に始めちゃうんですね。……はい、問題無いです』

「生き返った後、誰かに聞かれても俺の名前を告げる事を強制的に禁じられる様、魂を弄った上で蘇生される。異存無いか?」

『異存無いです』

「最後に、料金は1万円になる。問題無いか?」

『安過ぎて胡散臭さに拍車をかけているので、価格は考え直した方がいいと思いますけど……はい、問題無いです』

「ああ、……それじゃあ、良い余生を」

陸は【蘇生能力】を実行する。

刈谷桜の姿がかき消える。

除霊でも浄霊でも転移でも無い、かつて在った形へ還る為に。


……。


手応えはあった。何の、と聞かれればさっぱりだが、確かにそれはあった。

だが……。

「…………おぉい」

近所迷惑にならない程度に、刈谷家2階に向かって小声で呼びかける。

応答は無い。だが何かの気配はある気がする。

「えっと、桜、何というか、居るか?」

ぺちん、と2階の窓を小さな手が叩くのが見えた。

少し待っていると、自分の部屋のくせに妙に遠慮がちに窓を開いてから、桜(生体版)が顔だけ覗かせた。

「……居ますか、陸さん」

「よう。どうだ? 間違いは無いと思うんだが、なにせ最初の蘇生だから少し心配は心配でな。今言う事でも無いが、最初に虫なり魚なりで実験しておくべきだったよ」

路地から2階に向かって声をかける。

……ふと思った。この能力は人間以外も可能なのだろうか。蘇生する際は対象の同意の意思が必要という事だったが、魚や虫の意思は要るのだろうか。

「あの、色々こみ上げてきてちょっとあの、でもとりあえず伝えないといけないのですがっ」

「おう」

「――あの、私、素っ裸なのですけれども!」

「そんな気はしてた」

ふと浮かんだ疑問はとりあえず置いて、陸は目の前の些事に相対する。

阿部さんのリファレンスガイドに、肉体は自由自在に復元改造出来るが、生前の衣服も元通りになるとはどこにも書いていなかった。

「何というかすまん、仕様だ」

「そうなのですか。確かに交差点で蘇生されたら生き返るなりトラウマものですよね……」

桜が恐怖に慄きながら呟く。

「とにかく、待っててください。服を着てから、料金をお支払いしますので! お母さんが下に居ると思いますから、ちょっとお金を借りてからそっちに行きますので、待ってて下さいね!」

「おう。……おう?」

迂闊だったと言わざるを得なかった。

蘇生能力がちゃんと発動するか、という点にばかり重きを置いて、蘇生後の支払いについての手続きを軽視していた。

「……ちょっと待て! 桜!」

ガラス窓が閉じられて、彼女の気配が部屋の奥へ消えた数瞬後に思わず声を挙げたが、もう声は届かない様だ。

更に大声を挙げて彼女を呼ぶ事は出来ない。

「やばいな」

やばいな、と思って陸はそのまま口にした。

桜も桜で、小一時間前に知らない男に蘇生させてやる等と曰われ、あれよあれよという内に本当に生き返ってしまった訳で、そのテンションを思えば後の些事に思いが至らないのは仕方がない。彼女を責める云われは無かった。


刈谷家の階下から、桜のでは無い女性の叫び声がした辺りで陸は逃げ出したので、これはずっと後に桜から聞いた顛末になるが、まあ聞くまでも無い点が多いが一応記載しておくと。

服を着て階下に降り、食事の支度をしていた母親に声をかけると振り向くなり母は絶叫を挙げて腰を抜かした。

その声を聞きつけて近所の人が二人、玄関に姿を見せたが桜を見てやはり絶叫。さらに別の近所の誰かが立て続けの絶叫を聞き、詳細は解らないが刈谷家で何かとんでもない事が起こっている様だと判断し(この場合、その判断は完全に正しい)、110番通報。

パトカーとほぼ同時に父子が戻り、自宅周辺の異様な雰囲気に思わず玄関へと駆けつけた父が泣きながら母や近所の人を介抱する桜の姿を見て転倒。段差部分に向こう脛を強打しのたうち回る。

数秒後に警官二人がかけつけるが、ちょっと意味が解らなくて困惑。

さらにその数秒後、桃子が最後に玄関に現れ、桜の姿を認め、

「あ、お姉ちゃんだ。お帰りなさい」

と普通に挨拶した。

正に阿鼻叫喚の地獄絵図だったと桜は震えながら語るのであった。

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