第一の話。 『偶然』
「君は、『偶然』を信じるかい?」
「は?」
俺の前の席の女子が突然、そう話しかけてきた。これが初めてこいつと話した瞬間だった。確か、中学二年の春から夏の間の時期だったと思う。
「いや、『は?』じゃなくて。『偶然』を信じる? 信じない?」
「ん……、まぁ、信じる、かな。てか、お前誰だっけ」
「失礼だな。木野秋乃だよ」
「そっか。で、さっきの話、お前はどうなんだよ」
すると、木野が自信ありげに笑った。長い黒髪がさらりと揺れる。そして、俺の目を見てきっぱりと言った。
「私はそうは思わない」
「聞いといて否定かよ」
思わずツッコんでしまった。初めて話す相手に、だ。自分で自分の言動に驚いていると、木野はちょっと気まずそうに続けた。
「いや、まぁそれは、謝るけど。でも、君と僕の意見は違うだろう?」
「そうだけどなぁ。開き直るのもどうかと思うが」
木野は、テヘペロ、と舌を出してきた。キモイ。
「続けるよ? 例えば、私が生まれたのは、父と母が出会ったことが原因だろ? 父と母が出会ったことは『必然』なんだ」
「何で?」
「父も母も、自分の意思かは知らないし、他の人の意思かもしれないけど、その出会う場所に行くということを最終的には自分で決めた。行くと決まった時点で、二人が出会うことは『必然』。恋に落ちたのも、自分たちの意思だ」
「まぁそうだな」
「つまり、人の意思、生物の意思が重なり合ってこの『必然』は成り立っているのさ」
「ふーん。で、結局のところさ、俺にそれを言って何をしたいわけ?」
そう。そこが一番の謎だ。木野は、上目遣いに俺を見て言った。
「結論はね。この世の全ては『必然』で、つまり君とこうやって君と話していることも、『必然』なんだ。『必然』は当人たちが望まないと起こらないこともある。だからさ……」
木野は微笑むと、俺に尋ねる。
「また、君と話してもいいかな?」
「っ」
その笑みに、不覚ながら顔に熱が集まってきてしまう。取り乱しているからか、または、木野の顔がどことなく緊張しているように見えたからなのか、
「べ、別にいいけどよ」
思わずそう答えてしまった俺に、木野は。
「ありがとう」
笑みをもっと深くした。
これが俺と木野の初めての会話。今となっては、懐かしい思い出だった。