【9】メモリー画像
週明け、僕は学校内で工業化学科の美咲を探していた。
学食で見つけたが、他の女友達がいたので仕方なくその場は見過ごして、その日を終えてしまう。
その次の火曜日、三時間目の授業が終わった休み時間に学食でパンを齧っていると、パタパタと美咲の方が近づいて来て僕の隣の席にペタリと座った。
工業高校の上履きは、運動靴以外に実習用としてサンダルが用意されている。
どうして実習用がサンダルなのかは謎なのだが、そのアバウトな履き心地に、誰もが次第にサンダルの方を常用するようになる。
だから、余計に足音はパタパタする。
そしてウチの学校は、三時間目と四時間目の間に何故か二十分の少し長い休み時間が在るのだ。
弁当を持参していながら、この時間にパンを買ったり、うどんやラーメンをすする連中も多い。
美咲は機嫌よさげに「元気?」と僕に声をかけて、
「ねぇねぇ、硯って石で出来てるって知ってた?」
「みんな知ってるっての。だいたい漢字が石片だろ」
などと、少しの間くだらない会話を続ける。
しかし、頭の中は他の事でイッパイだ。
そして僕は彼女に訊きたかった事を切り出しす。
「美咲、けっこう彼氏と一緒に写メとか撮る?」
「うん。撮るよ」
「プリクラは?」
「プリクラも撮るよ」
美咲は少しだけマスカラの着いた睫毛を瞬きさせた。
「パソコンに画像移したりする?」
「パソコン?」
美咲は怪訝な顔をして、手にしていた携帯を閉じる。
僕は口に入っていたパンを飲み込んだ。
「メモリーイッパイになったら、やっぱパソコンに移すだろ?」
「う〜ん……」
彼女は首を傾げて、学食のプレハブ鉄骨の天井を見上げる。
「メモリーイッパイにならないよ。あたしの2ギガだよ」
「いや、何ギガだっていずれイッパイになるだろ」
「そうかな?」
「なるって」
「そんなには撮らないよ」
「でも、音楽サイトからもダウンロードとかするだろ?」
「ああ、そう言えば、前の1ギガのメモリーはイッパイになった」
美咲は自分の腰掛けている丸椅子を傾けて、ゆらゆらと揺すった。
「イッパイになってるじゃん」
「でも、パソコンには移してないよ。面倒じゃん」
「そうか?」
「あたしは面倒だから、すぐに別のメモリーカード買っちゃう。メモリーごと保存しとけば、それでいいじゃん」
美咲はまだ手付かずの僕のイチゴオレのパックをさり気なく開けてストローをさすと、「あっ」という僕の声が届く間も無くそれを口にくわえた。
彼女はすぼめた口をモゴモゴさせて、喉を鳴らしている。
「美味しい」
僕はわざと手元にあったグラスを鷲掴みにして水を飲む。
「タダだから、よけいに美味いんだろ」
「うん。ゴチ」
美咲は目尻を下げて笑った。
僕が彼女に確認したかったのは、女子が自分の携帯画像をマメにパソコンなんかに保存するかという事だ。
やっぱり僕が思っていた通り、普通はそんな事はしない。
もちろん、何かで使うものならPCに取り込むだろうが、美咲もしたように撮った写真は他の誰かに見せたくなるものだ。
パソコンにコピーしても、よほどの事がない限り携帯の画像は消さないだろう。
「彼氏の画像って、何時まで持ってる?」
僕の質問に、美咲は再び怪訝な顔をする。
「はあ? 何時までって?」
「どのくらい経ったら消す?」
「消さないよ」
彼女はイチゴオレを口から吹き出しそうになって、思わず手で口をふさぐ。
「だって、付き合ってる彼氏の画像は普通消さないっしょ」
「そ、そうだよな。普通消さないよな」
美咲は頭もいいが、勘もイイ。
学食の窓から裏庭に架かる校舎の影を見つめると、再び僕を見て
「どうしたの? 哲、もしかして彼女に写メ消されたとか?」
僕は少しだけ言いよどんだが
「いや、彼女に言わせるとパソコンに移してるらしいんだけど……」
僕は大雑把に、凄く大雑把に彼女の携帯の中に、何度もとった僕の写真が無い事を伝えた。
美咲は咥えていたストローを口からこぼして
「彼女の携帯覗いたの?」
いや……問題はそこじゃないんだが……
「どうしても気になって、少しだけな」
「サイテイ」
美咲は冷ややかに悪戯な笑顔で言うと
「でもさ、それってヤバくない?」
「ヤバイって、何が? 携帯覗いたのが?」
彼女は「ううん」と首をブンブンと振り
「だって、普通彼氏の画像は持ってるって。古いものだって別れるまで消さないよ」
「いや、俺も妙だとは思ってるんだけど……」
「彼女、消すって?」
美咲の顔が僅かに哀れみを零す。
「ああ……」
僕は急に頼りない声で頷いた。
「哲の彼女、好聖館でしょ? なんか訳ありなんじゃないの?」
「訳ありって?」
「わかんないけどさ」
彼女は哀れみを隠すように悪戯に微笑むと、再びストローを咥える。
僕は頷きもせずに美咲の口元を見つめ、手に持っていたパンの最後の一切れを口へ放り込んだ。
【5月27日PM22: 48】
…………………………
僕は再び困惑している。
彼女の真意が解らないのだ。
女は何を考えているか解らないというけど、それとは違う気がする。
何かもっと深い、探り当てられない深く拠所無い理由が在るかもしれない。
僕はその暗黒に包まれた不安に恐怖しながら、彼女の前で笑顔でいることに疲れている。
もちろん、ただの思い過ごしかもしれないが……
高校生とはまったく、以外に疲れる職業なのかもしれない。