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【18】重い日差し

 期末考査が終わって夏休みに入った初日、僕は紫里にメールを送った。

 ふと思いついたのだ。

 兎瞳うさみは陽の光が無ければ外へ出られる……。

 ネットで調べた兎瞳の症状に一番近かったのはXP症候群と呼ばれるものだったが、彼女の病気がそれかどうかは僕には解らない。

 ただ、太陽の陽を浴びなければ外へ出る事は出来るはずだ。

 だったら夜の街へ繰り出して、ホンモノのプリクラを一緒に撮ればいい。

 おそらく僕は、兎瞳に何かしてあげたかったのだと思う。

 偽善と言われてもいい。

 世間なんてどうせ、学校の友人である幸彦や美咲でさえ、僕らの関係を知る由もないのだ。

 しかし紫里の返信を見ると、僕は落胆した。兎瞳は精神的な崩壊から身体がいう事をきかなくなってきているらしい。

 上手く歩けないという事だ。

 何時もベッドの上にいるのは、そう言うことなのか。

 それだけ身体のバランスが崩れるという事は深刻なのだ。


 その後、直ぐに紫里から電話があった。

『でもそれ、いいかも』

「え?」

『プリクラ撮りに行こうよ』

「だって……どうやって?」

『あんたがおぶって行けばいいじゃん』

 紫里はもっともらしく笑い声と共に言った。

 彼女の声は、明るく弾んでいた。



 朝から強い日差しが路面に白く照り返していた。

 翌日、部活のミーティングの為に僕は学校へ向う。

 秋の文化祭準備の為の会議だ。

 と言っても、創作活動は二年が主体になる為、三年生は個人作品のみで夏休みの部活もない。

 おそらく進学で夏期講習を受ける連中が出てくる為だ。

 二年の意見に散々文句をとばし、三年の意見を二年が実行する計画になるのが例年の慣わしだ。

 そんな調子で、午前中でミーティングは早々に終わる。

 空の教室はどこも静まり返り、校舎の北側に位置する無人の廊下は少しだけ冷んやりする。

 昇降口の手前、階段の踊場で保健講師の伊佐成翔子いざなしょうこに会った。

 彼女は本校で唯一、女性らしい女性講師と言ってもいいが、保健室に用のない健康児にとっては、時折姿を見かけるだけの無縁の人物だった。

「あの……」

 すれ違いざまに、僕は思わず声をかける。

「ん? なに?」

 彼女は思いの外気さくに振り返って声を返してきた。

 まる二年以上この学校に通って初めてまともに会話を交わす事に気付き、僕はその後の言葉を飲み込む。

「なに? どうした?」

 翔子は怪訝な笑顔で僕に歩み寄る。

 栗色の長い髪がふわりと揺れた。

 白衣を着ているのに、消毒液とかホルマリンとかの匂いは皆無で、ファンデーションの香りが微かに空気に漂う。

「具合でも悪い?」

「いや……ちょっと訊きたい事が」

「独身だけど、カレシはいるよ」

 それってよく訊かれるのか? 

「いや、そうじゃなくて……」

 僕は喉の奥から言葉を搾り出す。

「XP症候群意外に、太陽の陽を浴びられない病気ってありますか?」

 保健の講師は眉を潜めて、困ったというよりはどこか気の毒そうに僕を見つめた。

「そうねぇ、最近は皮膚が炎症を起こす病気も在るらしいし。それぞれ紫外線に対するアレルギー反応らしいけど……」

 彼女は片手を顎に当てると、僕を眺めた。

 細い指先が折れ曲がる。

 少し踵のあるサンダルを履いているので、視線が丁度僕と並んでいた。

「どうして急にそんなこと?」

「いや、なんとなく」

「他にもあるかもしれないけど、どれもまれな病気よね」

「精神を害する病気は?」

「そうね。XPは確かに精神障害が発祥するけど……調べてみようか?」

「いや、いいですよ。べつに……」

 僕はきびすを返して足早に昇降口へ向う。

 背中から伊佐成翔子いざなしょうこの視線が何処までも付いて来たけれど、それを無視するように僕は靴箱から取り出し外履きに履き替えてその場を去った。

 薄暗い昇降口から外へ出ると、なんだか日差しに押し潰されそうで痛い。



 ◆ ◆ ◆



 私が兎瞳に逢ったのは小学校の3年生の時だった。

 両親が日々忙しい私の家では、私は何時も一人だった。

 姉妹でもいれば、楽しくそれなりに子供だけの時間を堪能できたのだろうけど、ウチは一人っ子だ。

 私が学校から帰ると、台所には何時もおやつのスイーツが置いてあった。

 何時の間にか私はそれを小さな箱に詰めて公園に行くようになる。

 ベンチに座って小さな子たちが遊ぶ風景を眺めながら、スイーツを摘む。

 自分が一人ではないと錯覚できる。

 同じ空間には子供たちが戯れていた。

 同い年の子たちはあまり外では遊ばない。

 家でパソコンをいじったり、既に塾へ通うクラスメイトもいたから、こうやって公園で戯れる友達を私はしらない。


 それは小学校の中学年になって突然訪れたのだ。

 その日私は不思議な光景を見た。

 私が座るベンチからはブランコとその向こうにスベリ台。右側にはジャングルジムが在って、その向こうにもベンチがあった。

 在る日の午後、そのベンチに私の視線はクギ付けになる。

 ――宇宙服?

 私はそれが何なのか、自分の朧な知識の限りを尽くして考えた。

 ――宇宙人? それはない。

 見たままだった。

 白っぽいロボットのような、宇宙服のような大そうな装いがベンチに腰掛けていた。

 大きさは子供くらいに見える。

 それとも、宇宙人だから小さいのだろうか?

 ドキュメンタリー映画で観た近未来の潜水服にも見えた。

 ヘルメットという感じではなくて、身体と顔と頭の部分は繋がったシルエットをしている。

 顔の部分はガラスかなにか、透明の窓になっているが少し距離が在るためか周囲の景色が映り込んでその中は見えない。

 私は些細な恐怖と好奇心で、それに近づいた。

 それは少しだけ動いていた。あの大そうな服の中はどうなっているのだろう。

 私は引き寄せられるように、ゆっくりと歩み寄った。

 それが彼女との出会いだった。

 彼女が着ていたのは紫外線を完全に遮る為の防護服だった。

 高額な為、成長する度にサイズを変更できず、中学に入ると見につける事は出来なくなった。

 兎瞳は陽の光の下には出なくなった。






この作品はフィクションです。

作中に登場する病気は、XP症候群と直接結びつくものではありませんのでご了承ください。

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