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【17】琥珀色の果て

 それから僕は、週に2、3度兎瞳の家を訪れるようになった。

 兎瞳うさみの母親は直ぐに僕を彼女の友人と認め、その都度ケーキやアイスやお菓子やジュースでもてなしてくれる。

 紫里は「兎瞳の彼氏なのに、いつもあたしと一緒じゃ変でしょ」といって、玄関先まで来ると踵を返す。

 そして、暫く時間をずらしてから再びやってくるのだ。

 ひとりで行くか悩んだ結果、兎瞳とふたりきりでは間が持たないからと、僕が提案した方法だ。

 兎瞳は僕と行った事も無い場所や想い出を語り、僕はその度に紫里と出かけた時を思い出して「ああ」と曖昧に笑顔で返す。

 奇妙だけれど、何だかその行為から抜け出せなくなっていた。

 紫里が来るとホッとした。

 彼女は前後左右に揺れる兎瞳の話しにうまく同調し、僕を交えて楽しい会話として構築するのが上手かった。



 ある日僕達三人の前にココアビスケットと、大きなグラスに入ったコーラが出された。

 兎瞳と紫里は、ほぼ同時にストローを加えると、ブクブクっと息を吹く。

 二人は見つめ合ったまま、笑った。

 水滴をおびたグラスの氷がカラランと揺れる。

 そうか……この行為は、二人の戯れの行為だったのだ。

 もちろん、二人共炭酸を減らす為に吹いているのかも知れないけれど。

「また海行きたいね」

 兎瞳が僕を見つめる。

 閉じられたカーテンの向こうは、確かに海にでも行きたくなるような青空だ。

「え? あ、ああ」

「今度はあたしもついて行っちゃおうかな」

「そうね、せっかくだから今度は三人で行きたいね」

 自分が日中陽の光の下に出られない事は兎瞳も認識しているはずなのに、擬似的な想い出はそれを無視して出てくるのだ。

 紫里と歩いた河口の砂浜が、彼女の記憶に入り込んでいるのか。

 僕は兎瞳に話しを合わせるよりも、紫里の瞳の奥に湧き出ては呑み込むように打ち消す涙が辛かった。

 三人で写メをとり、そして正真正銘合成でないプリクラ写真を紫里は自宅のパソコンで制作した。

 出来上がったプリクラ写真の用紙の隅には、小さな水玉のシミが薄っすらと出来ていた。

 それはきっと、紫里が零したものだと思う。

 それは兎瞳の為に流したものか、自分の為に流したものなのか……。

 僕達は何処に続くか判らない曖昧な友情と偽装された恋愛に包まれた鳥篭の中で、何時の間にかお互いの笑顔に共感し、励ましあっていたのだと思う。





 光沢のある蒼穹色そらいろに湧き出るような白い雲は、太陽の陽を浴びて銀色に浮かんでいた。

 飛行機雲が2本交差して十字を描く。

 きっと僕達三人の気持ちは、何処までも交差しない。

 三本は限りなく同じ方向に進んでるのだ。


 その日は朝から落ち着かなかった。

 自分の誕生日にこんなにも落ち着かないのは初めてだった。

 期末考査の帰り、紫里に電話で呼び出される。

「今日は、兎瞳は病院で検査だから……夜までかかるから」

「ああ」

 待ち合わせの駅から、ぶらりと繁華街を通って河川沿いの無駄に長細い公園を歩いた。

 通りの向い側には、戦前から在るという白い教会の十字架が陽に照らされて黒く光っていた。

 古びたベンチに腰掛けて日差しを受ける。

 橋の上を制服姿の連中が行き交うのが見えた。

「これ……」

 紫里は鞄から綺麗なリボンのかかった包みを取り出して僕に差し出す。

「兎瞳から」

「そう……」

「今日会えないのが残念だって言ってた」

 思ったとおり、誕生日のプレゼントは兎瞳からだった。

 とうぜんだろう。

 僕は兎瞳のカレシなのだ。

 境界線のないぼやけた空間の中で、僕達は付き合っている。

 紫里は僕にとってどういう位置にあるのだろう。

 相変わらず目の前にいるはずの紫里が、なんだか遠い想い出のようで恋しく思う……。

「テストどう?」

 紫里はベンチに座ったまま両脚を前に伸ばして、両手を膝に乗せる。

「まあまあ、かな」

 工業高校の試験は、普通科目が比較的簡単でらくだ。

 技術系は興味のある事が多いから、それほど勉強しなくても勝手に頭に入るし、元々知っている事もある。

「そっちは?」

「うん。まあまあ……かな」

 紫里は前屈みになって僕を見上げるように笑う。

 黒い髪の毛が太股にゆるりとかかってサラサラと揺れた。

 紫里は座りなおすと少し俯いて何かを考える。

 公園に散歩に来た犬が、何かに向ってしきりに吼えていた。

「行こうか」

 紫里は口角を上げる……すこし大人びた女の笑み。

 僕達はゆっくりと来た道を戻った。

 この時間が少しでも長く続くように……そう考えてしまっていたのは、きっと僕だけではない。

 そう願いたい。


 電車に乗って紫里の降りる駅に着いたとき、彼女は鞄から小さな包みを取り出した。

「コレは、あたしから」

 彼女は押し付けるように素早くそれを僕に手渡すと、急いで電車を降りた。

 僕は口を開いて何かを言おうとしたけれど、紫里は既に駅のホームを小走りに駆けていた。

 電車が走り出した時、遠くで振り返った紫里は小さく手を振る。

 僕はドアの窓にヤモリの如くへばりついて、彼女の姿を見ていた。

 まだ陽は充分高いのに、景色が琥珀色に霞んで見えた。

 それは遠い昔にこがれた誰かの想い出写真のように、淡く滲んで薄れてゆく。






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