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【14】ハナミズ

 僕は虚ろう日々の中を、ゆらゆらと漂う。

 海原に浮遊するクリオネのように……心の中には何も無く、透明で……やっぱりクリネオそのものだ。

 幸彦のバカ話も耳から入って頭の中を素通りする。

 曖昧な相づちを打ち、適当に笑う。

 気が付けば、頭の中に浮かんでいるのは苦悩に満ちた紫里の笑み。

 そして、月島兎瞳つきしまうさみという将来の閉ざされた同い年の少女。

 僕は紫里に振られたのか、それとも兎瞳をふってしまったのか?

 ……僕にどうしろと言うのだろうか。

 僕には何も出来ない。

 紫里の助けになる事はできない。

 僕は彼女の愁いな笑みの残像を無理やりかき消す。

 なかなか消えない……。



 古い商店街のシャッターは半分以上が締め切りで、小さなアーケード街は閑散としていた。

 こんな場所も紫里と歩くと楽しかったのに、今は寂寥せきりょう感が僕を飲み込む。

 放課後の街中をブラブラ歩くと、大きな運河の橋の上で足を止める。

 歩道の上を、帰宅途中の学生たちが自転車で忙しなく行き交う。

 ボートが流されるような河の流れも、上から見れば穏やかでそれを感じさせない。

 疑問と不安を抱きながらもどこか浮き足立って送った日々は遠くへ霞む。

 真実が疑問を消し去った瞬間に、高揚した時は消えた。

「トオルジャン」

 聞き覚えのある声に、僕は欄干に寄りかかったまま振り返る。

「トオル、こんな所でナニシテルだお」

 ルーシーだ。

 水色のブラウスにかかるブロンドの髪は、まるでイギリス映画の主人公のようだ……ルーシーはオーストラリア人だけど。

 そして、隣にもう一人。尚美が一緒にいた。

「ああ……」

 僕は少々間抜けな声をだして微笑む。

 紫里と一緒にいた時には考えられないような、弱々しい笑みだ。

 そんな心情を見透かされないように僕は先に言葉を発する。

「家、こっちなの?」

 ルーシーは橋の向こうから自転車で学校へ通っているそうだ。

「ソウだお。ナオミも一緒ナンだお」

 間の抜けた語尾に、僕は再び笑う。今度はごく自然な笑みだった。

「ルーシーも、手話できるの?」

「ちょっとネ。あとは、フィーリングだお」

 ルーシーはそう言って、一瞬ウインクした。

 クセなのか……?

 尚美がルーシーに手話で何かを伝える。

 彼女が相づちを打って「アア……ワタシも思ったヨ」

 僕は分けが判らず二人を眺めた。

「ユカリ、最近げんきナイだお」

 ルーシーはいかにも悲しい表情をする「トオル、ナニかアッタカ?」

 西洋人は表情が豊かだ。

「いや、別に……」

 尚美も心配そうに僕を見つめた。

 耳の聞こえない彼女には、僕の心の中が見えてしまいそうで怖かった。

「ユカリ、少し前からスゴクげんきにナッタヨ。ズット病気ノ友だちに悩んでたヨ」

 ルーシーは明るく笑って

「トオルに逢ってカラ、げんきにナッタだお」

 ルーシーは、兎瞳の事を知っているらしい。

 身近なごく普通のクラスメイトには話せなくても、異国の彼女には話せたのだろう。

「紫里は、トモダチ思い、だ、か、ら」

 尚美が奇妙な声を出したのでビックリした。

 ――喋れるのか?

 聴覚が不自由だと、喋れても正確な音や発音が難しい事は僕も知っていた。

 ただ、間近でそれを聞くのは初めてだった。

「尚美、話せるの?」

「スコシネ。でも、ふだんは話さないだお。ハズカシイッテ」

 ルーシーは尚美の脇腹を突いて「そんなの関係ナイだお」

 尚美がビクリと身体をよじって笑う。

 素朴で透明な微笑だ。


 まだ高い西陽が、川面に反射して波が白く光っていた。

「ジャアネ、トオル。ユカリ、げんきづけてヤレだお」

 二人は再び自転車に乗ると、ルーシーは僕にウインクを飛ばし、尚美は遠慮気味に小さく手を振って橋を渡って行った。

 その先の交差点から消えるまで、二人の後ろ姿を僕は何となく見つめていた。

 僕はなんてくだらない奴だ……。

 出来ない事なんてない。

 紫里の助けになるじゃないか。

 たとえそれが先へ続かなくても、今を助ける事は出来る。

 出来る気がしてきた。

 一歩足を踏み出せば、きっと何かが見える。

 遠い先は見えないけれど、暗闇に白く光る道筋が微かに浮かび上がる。





 その夜、僕は久しぶりに紫里の携帯に電話した。

 ディスプレイで僕の名前を確認したのか、電話に出た彼女の声は落ち込んでいた。

「この前は……ううん、今までゴメンね」

 もしもし、の後に発した紫里の言葉。

「いや、ちょっと……いや、かなりビックリした」

「ごめんなさい」

「でもさ……」

 僕はその言葉を言っていいのか躊躇した。

 こんな事、本当に役立つのだろうか。

 これがはたして二人の為になるのだろうか。

 電話の向こうで、紫里の息を吸い込む音が聞こえた気がする。

「でもさ……会って見たいな……その娘」

 紫里は一瞬無言になる。

 息使いが聞こえた。

「どうして?」

「なんかさ、不思議じゃん。プリクラの隣で笑ってる娘を知らないっていうのもさ」

 彼女が造ったプリクラは、近くでよく見ると合成した栄目が微かにわかる代物だった。

 僕はおどける様に笑って「お前、合成下手だよな」

「だって、パソコン得意じゃないし……」

 ズズッと鼻をすする音が聞こえる。

 微かな息使いは、口で呼吸しているのか。

 携帯を耳に押し当て、少しの心地よい沈黙を僕は堪能していた。

 ズズ……再び彼女が鼻をすすった。






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