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【11】疑惑の壁



 並木の青葉を通り抜けた日差しが歩道にチラチラと揺れている。

 夏服のブラウスにかかる木の葉の影が、ふたりの歩調に合わせてさざなみのようにゆっくりと流れていた。


「紫里、お前何か企んでるだろ?」

 僕は彼女の艶やかに揺れる後ろ髪を間近で見つめながら言った。

 真正面から紫里の視線を受けながら切り出す勇気などない。

 あの真っ直ぐな眼差しで見つめられたら、今日までの全てを瓦解させる言葉など言えなくなってしまう。

「えっ?」

 紫里はゆるりと笑みを零して振り返った。

 僕の言った言葉を、何か聞き違えたと言う顔だった。

「お前、俺を好きじゃないだろ?」

 心苦しかった……

 こんな事を切り出す自分は愚かだと思う。

 ……今のまま時が流れれば、それはそれでいいではないか。別に彼女と一生を共にするわけじゃない。

 難しい事など考えず、今が楽しければいいじゃないか。

 しかし、不に落ちない疑念が僕の心を常に揺さぶる。

 もちろん笑って済む結果を、僕は望んでいた。

「どうしたの? 急に」

 紫里の笑みは揺ぎ無かった。

「俺の写真、どうしてるんだ?」

 僕は余計な話しにならないように、彼女の笑顔に惑わされないように、出来るだけ率直に焦点のブレを防いで話題を進める。

「だ、だから、家のパソコンに……」

「それでも普通は、携帯にも画像を残すだろ? それとも、俺と付き合ってる事は、周囲の誰にもヒミツなのか?」

「携帯見たの?」

 しまったと思った。

「ああ……ゴメン……」

 でも僕は真意を確かめたい。

「でも気になるんだ。何かがおかしいだろ? 携帯を覗いたのは謝るよ……画像フォルダ意外は見てないから」

 紫里は歩道の並木に目を逸らす。

 涼しげな瞳が、睫毛の奥で揺らいでいた。

 彼女の白い頬に木陰が注いで、木の葉が風で揺れると彼女の頬で白い光が揺れた。

「そんな事ないよ。だけど……」

 紫里は言い淀んだ。

 眉間にシワを寄せて俯く彼女の顔を見るのは心苦しかった。

 紫里のその顔は、困っているというよりも悲愁に満ちていた。

「じゃあ、これから紫里の家に行こう」

「えっ?」

 僕は心の何処かで、本当に彼女がパソコンに僕の写真を山ほど貯蔵している事を願っていた。

 それなら後は笑い話になるだけで、何も追求する必要も無くなる。

 疑った事をひたすら謝ればいい。

 しかし、彼女の返事は口ごもる。紫里の唇が小さく震えた。

「ダメ? これからじゃ……」

 紫里は一度僕を見上げたが、再び俯いた。

 何時ものように僕の視線に彼女の視線が入ってこない。

 鋭いほどに煌く彼女の瞳は、僕を見ていなかった。

 紫里は少し考えていた。

 僅かな時間が、とてつもなく長く感じる。

 木の葉のすれる音が、うるさく感じた。

 電線にカラスが二羽並んで止まっていたが、何かを思い出したかのように飛び立ってゆく。

 誰かが時間は不変ではないと言っていた。

 置かれた環境によって時間の長さは変わるのだという。

 在る時の一分間は別の三分間になり、また在るときは十秒ほどに変わる。

 存在する居場所によって、時間の長さと言うのは常に変動するのだ。

 ただ、時計の刻む時間の流れは常に不変だから、人はそれを明確に気付く事はできない。

「いいよ……行こう、あたしの家に……」

 紫里は俯いたまま言った。

 地面を見つめる決意の眼差しが、心苦しい。

 僕は彼女を無理やり犯してしまったような罪悪感に駆られた。

 それほどに、紫里の表情は苦悩に満ちた物だった。

 それでも僕は、それが何故なのか別の疑問が沸きあがって、心のどこかで「やっぱりいいよ」と言いたい気持ちを抑える。

 紫里が静かに歩き出すと、僕は無言で彼女の後をついて行った。



 僕は高校に入って一年生の頃、学校まで自転車で通っていた。川沿いの道をひと駅分走ると通えない距離ではない。

 しかし、二年の中頃からは電車で行くようになる。

 一番近い駅までは自転車で行くが、そこからひと駅電車に乗るのだ。ちょうど、紫里と出逢った駅がそうだ。

 彼女の通う好聖館高校は駅向こうに在るのだ。

 僕が何故わざわざ電車に乗るのかと言うと、学校帰りに繁華街に出易いからだ。

 繁華街は最寄の駅から学校とは逆方向に二駅行く。

 これまた頑張れば自転車でも行けるし、現に一年の頃は頻繁に自転車で行ったものだ。

 しかしやはり帰りがかったるい。

 幸彦はまだ帰りはひと駅近いのだが、僕は四駅分もフラフラと帰ってこなくてはいけない。遊んだ余韻も吹き飛んでしまう。

 電車賃がかさみそうだが、行きはそっち方面へ帰る誰かの自転車に乗っけてもらうと言う荒業を使うから平気だ。

 紫里の家は、僕が自転車で学校へ向う時に通る川沿いの道を入った閑静な住宅街にあった。

 線路と河川に挟まれる新興住宅街だ。

 公園や緑地も多く、瀟洒な洋風の家も多く建ち並んでいる。

 レンガ造りのカフェの手前で、紫里は立ち止まった。

 ずっと無言で歩いていた彼女は、静かに腕を前方に突き出して指差す。

「そこ?」

 僕はレンガ作りのカフェを見つめる。

 階段で少し高くなった敷地には、オープンカフェ風にテーブルや椅子も並んでいる。

 近所の主婦らしき連中が三人、テーブルを囲んで何かを話していた。

 角地にあたるその斜向かいには噴水の在る小さな石畳の公園が見えて、小さな子供連れの母親が何人かくつろいでいた。

 目の前の建物を見上げる。

 白い建物は三階建てで、住居スペースは二階から上にあるらしい。

 紫里は僕を見上げると小さく笑って、再び歩き出した。

 それは初めて見る、淋しそうな愁いに満ちた笑顔。






お読み頂き有難う御座います。

内容は、いよいよ本題に入ります。

それがおもしろいかどうかは、解りませんが…(苦笑。

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