3、求められる幸せ
私が井坂君の大学生活を垣間見たことで嫉妬して拗ねたことを暴露すると、井坂君は急に大人しくなってしまって、私は自分の言ったことに引かれてしまったのだろうかと心配になった。
どう聞いても独占欲丸出しの発言だったもんね…
会うの久しぶりだし、重く受け止められちゃったかな…?
一応手は繋いでくれているものの、少し距離を空けて歩いている気がして、井坂君が何を考えているのか読み取ろうとチラチラと横を気にしながら家まで歩く。
でも長めの前髪のせいで表情が上手く読み取れず、モヤモヤが募りながら家まで帰ってきてしまった。
私は家の中で気まずいのは嫌だな…と思っていたのだけど、そんな心配はどこへやら、部屋に入るなり井坂君の雰囲気が一変した。
「詩織…。」
「えっ!?え、井坂君??」
私がまだ靴を脱ぎかけていた途中で、井坂君が後ろから抱き付いてきて、私は片足だけ靴を脱いだ状態で前のめりに手をついた。
「い、井坂君!まだここ玄関…。」
私はとりあえず中に入ろうという意味をこめて言ったのだけど、井坂君にはそれが伝わらず、後ろから首筋に舌を這わされ体の力が抜ける。
一体どこでそういうスイッチを押してしまったんだろう…?
あまりにも急なことに心がついていかず、井坂君の体をなんとか押し返すと床を背に井坂君と向かい合った。
「ちょ…、ちょっと待って…。まだ早い…。」
「早くねーよ。俺がどんだけ我慢したと思ってんだよ…。」
「我慢って…。いつ?」
「そんなの…詩織の顔見てからずっとだよ。」
「か、顔!?」
私は会ってすぐだと言われたようなセリフにビックリして、声がひっくり返った。
井坂君はさりげなく私の片足から靴を脱がせると、背中に手を回してきて身体がビクッと震える。
それに気づいたのか井坂君の熱を持った瞳が私を射抜いてくる。
「詩織…、嫌ならやめるけど…、本音は俺と一緒だろ?」
「一緒って…?」
私が井坂君に触られていることにドキドキしながらなんとか返すと、井坂君は尚も私をドキドキさせようとしているのか距離を詰めてくる。
「俺の周囲にヤキモチ妬いたんだろ?だったら、俺の一番近くで、俺に触りたいとか思わないわけ?」
「それは……。」
「思わないなら俺は三日間詩織に指一本触れねぇ。」
井坂君は冷たくそう言い放つとあっさりと私を解放してしまって、私は急に温もりが離れたことに寂しくなった。
触られるのは嫌じゃないのに
恥ずかしくていつも先延ばしにしてしまうような言葉を言ってしまう…
こうやって離れてしまわれる方が、もっともっと嫌なのに
私は自分の中の気恥ずかしさを押さえ込むと、離れてしまった井坂君のシャツを掴んだ。
「い…イヤだ…。井坂君の一番…近くにいたい…。」
「………うん。それで?」
井坂君は私の目の前にしゃがみ込んで目線を合わせてくると、どこか嬉しそうな表情で続きを促してくる。
私はその顔をじっと見つめながら、いつもは言わない事を小さく口にした。
「さ、…触って欲しい…。私も、井坂君に触りたい…。」
井坂君は眩しいぐらいの笑顔を向けてくると、私の頬に触れるなり言った。
「よくできました。」
井坂君がこの言葉をどういうことを意味して言ったのか分からなかったのだけど、その後は井坂君の激しく熱いキスに口を塞がれて、情景を口にするのも恥ずかしい流れになってしまった。
このときふと感じたのだけど、実家にいたときの井坂君と今の井坂君が随分違って、実家にいたときにはだいぶセーブしていたんだなぁ…とふわふわする意識の中で思った。
***
ガチャガチャ―――バタン!!
激しく扉が閉まる音を聞いてふと目を開けると、自分がベッドにいることに気づき、軽く上半身を起こしかけたところでつんのめった。
何かに身体を押さえ込まれてると顔だけで振り向くと、そこには私のお腹辺りをガッシリと抱き枕状態にした井坂君が寝ていて、しばらく置かれてる状況を考え込んだ。
え…っと…、確か玄関で思いっきり押し倒されて…
その後が…、あまりにも激しくて意識が所々飛んでる…
というか…いつベッドまで来たのかすら覚えてない…
私は生々しいことは色々と覚えているものの、あやふやな部分が多くて、相当流されたことに赤面しながら少し反省した。
井坂君自身、実家じゃないから抑制するものがなくて、好き放題やっちゃった感があるけど…
それを拒まなかった私も悪い…
というか、流されて悪い気がしてないなんて…
私もかなり毒されてきた感じがあるなぁ…
私はここにいる間流されすぎもよくないだろうと思い、少しは理性を保とうとまだぼやっとする頭に刻み込んだ。
そうして健やかな寝顔の井坂君を見つめて癒されていると、ふと喉が渇いてることに気付き、井坂君の腕の間に手を差し込んでなんとかベッドから外に脱出した。
私はベッド下に散らばっていたワンピースを発見すると、とりあえずそれを着てから台所の冷蔵庫に向かった。
部屋の中はシンと静かで、冷蔵庫を開ける音ですら大きく感じてしまう。
だからなるべく音を立てないようにコソッとペットボトルのお茶を取り出すと、洗い場に伏せてあったコップを借りて渇いていた喉を潤した。
は~…こう静かだとほっとするなぁ…
私は井坂君といて邪魔が入らない環境が不思議で、つい昔のことを思い出してしまった。
井坂君といたら大体赤井君が絡んできて、もれなくあゆちゃんがついてきて…
その度に井坂君が怒って、いつも不機嫌な井坂君を宥めてたっけ…
私はそこまで昔のことでもないのに懐かしくなって、あゆちゃんに連絡をとってみようかと考えていたら、大きな声に身体がビクついた。
「詩織!!!!」
!?
急に呼ばれたことにビックリして持っていたペットボトルを落としかけ、返事が遅れていると再度呼ばれる。
「詩織!!!」
ベッドから起き上がったのか井坂君の足音まで聞こえてきて、私はお茶を台所の机に置いておくと、部屋に戻った。
「はい!いるよ!!何!?」
私が大きな声から何か余程の用でもあるのかと、手を挙げて答えたら、焦ったような井坂君の顔が飛び込んできて動きを止めた。
あれ?
「詩織…。」
井坂君は私の顔を確認するなり安堵の表情を浮かべて、そのあとすぐ泣きそうに顔を歪めて近寄ってきた。
そして震える腕で抱きしめてきて、私は井坂君の身体が冷えていることに驚いた。
「い、井坂君…、どうしたの?」
私は体温の低い井坂君の背中を擦りながら、怖い夢でも見たんだろうかと思った。
井坂君は抱きしめてくる力を強めると、か細い声で呟いた。
「…詩織が…帰ったのかと思った…。」
「え?…私、帰らないよ?明後日まではいるよ?」
「分かってるよ…。でも、目が覚めたら横にいねーから…。詩織がいたことすら夢だったんじゃねぇかって…焦った…。」
それって…
私がいなくなるのが怖かったってこと…?
あんなに慌てて泣きそうな顔をするぐらい…、私に傍にいて欲しいってこと…だよね?
私は井坂君にそこまで必要だとされてると分かり、胸がギュッと締め付けられる。
こんな井坂君見ちゃったら、一秒でも長く傍にいてあげたくなる
私は愛しさから井坂君をギューッと抱きしめ返すと、少しでも安心してもらおうと言った。
「ここにいる間はずっと井坂君の傍にいるよ。井坂君が寝てたら、目が覚めるまで横にいてあげる。もういなくなったなんて心配はかけないようにする。だから、もう大丈夫だよ。」
井坂君は少し落ち着いてきたのか、少しずつ体が温かくなってきて、腕の震えがいつの間にかなくなっていた。
それにほっとしていると、井坂君がその場に腰を下ろして、私は肩を押さえられて同じように座らされる。
「じゃあ、約束な?」
井坂君は目の前に小指を突き出してきて、私は指切りを求められてると気づき小指を繋いだ。
「うん。約束。」
私が笑顔を浮かべてそう言うと井坂君が軽くキスしてきて、私は頬が熱くなりながらじっと井坂君の顔を見つめた。
井坂君は突然のことに面食らってる私を置いてけぼりに、今度は深く口付けてきてさすがに目を瞑った。
ドキドキと逸る心臓の音を聞きながら、求められていることに幸せを感じていたら、顔を離した井坂君が私の顔に触れて言った。
「なぁ、風呂…入らねぇ?」
……??
「お風呂?」
何の脈絡もないことに目を丸くさせていたら、井坂君が私の顔や首を撫でまわすように触りながら言った。
「うん。一緒に風呂、入ろ?」
――――――――
――――一緒に・・・風呂?
私は言われたことを理解するのに時間がかかり、ぼけっとその光景を想像してから思いっきり赤面した。
!?!?!
「そっ…!!それは無理っ!!!!」
私が反射のように断ると、井坂君がぶすっとしてしまう。
「詩織、約束は?もう破んのかよ。」
「約束って…あれは…。」
「ここにいる間、ずっと俺の傍にいてくれるんだろ?だったら風呂もアリだろ。」
えぇぇぇ~~~!?!?!?
私はついさっき交わした約束がこう使われるとは思わなくて、口を開けて反論を考える。
でも先に約束を持ち出したのは自分なだけに良い反論が何も思い浮かばなくて、奥歯を噛みながら顔をしかめた。
「ほら、約束だからさ。いいだろ?」
井坂君はそんな私に追い打ちをかけるかのように、私の大好きな潤んだ瞳で見つめながら懇願してきて、受け入れるしかなくなってしまう。
もうっ!!!!
こんな顔されたら断れないよっ!!
私はみるみる赤く染まる頬を止められないまま、なるべく何でもない風を装って言った。
「分かった。先に言ったのは私だから…、ここにいる間だけね?」
「よっしゃ!!!!すぐ風呂入れてくる!!!」
井坂君は返事を聞くなりお風呂場へダッシュしていってしまい、私は明らかに喜んでいる井坂君の背中に、微妙に嬉しくなってる自分に複雑だった。
やっぱり井坂君の笑ってるのが、一番…―――なんだけど…
さっきまでの不安に押しつぶされそうな井坂君を見ただけに、今はウキウキしている井坂君に安心してしまう。
でもそれと同時に、一緒にお風呂に入るという現実が目の前に迫り、湧き上がってくる羞恥心と闘うことになるのだった。
井坂、夢のシチュエーション実現へ…です(笑)