2、久しぶりのデート
井坂視点です。
「急に来て迷惑じゃなかった?」
久しぶりに再会した詩織と一緒に俺の住んでいるマンションまでやってくると、詩織は今更な質問を投げかけてきた。
「迷惑なわけないだろ?来てくれて嬉しいよ。」
俺は返す言葉以上に嬉しくて顔が緩みっぱなしで、さっきまでの荒んだ気分が嘘のようだった。
詩織と再会する数時間前――――
俺は小木曽教授が学会のため留守にしていると、研究室の先輩から聞いて、学会に同行したかったとかなり落ち込んだ。
そんな中、厄介な女子には絡まれるし、今日はてっきり厄日だと思っていた。
それが今ではどうだ!!
俺は興味津々な様子で部屋の中を見て回る詩織をじっと見つめて、いつもの部屋が違って見えるぐらい輝いて見えた。
こっちに来てから毎日思ってた。
詩織に会いたい…
会ってこの手で抱きしめたいって…
俺は物色し始めた詩織の手を掴むと、ずっと思ってたことを実行に移す。
「詩織。」
「井坂君?」
俺が詩織を優しく引き寄せて抱きしめると、詩織の声が耳元で聞こえて、心が擽ったくなった。
この柔らかい感触も、花のような匂いも、詩織が今この腕の中にいることを実感させてくれる。
詩織も俺と同じだったのか、俺に擦り寄るようにくっついてくると、力一杯抱きしめ返された。
俺はそれに更に嬉しさが募って、つい笑い声が漏れる。
すると詩織からも同じように笑い声が返ってきて、俺たちは不審にも二人で笑い合う。
「ふふっ、なんだか顔が緩みっぱなしで困るんだけど…。」
「ははっ!それ俺もだから。何がおかしいのか自分でも分かんねぇけど、笑いが止まんねぇ。」
「だよね。嬉しくて涙出てきちゃった。」
「えぇ!?」
俺が詩織の発言にビックリして少し離れて顔を見ると、言葉通り詩織の目にうっすら涙が見えた。
詩織は照れ臭そうにそれを拭うと、「大げさだよね。」と微笑んでいて、俺はその姿にギュンッと心臓を鷲掴みされる。
~~~~っ!!!!
これだから詩織は困るんだよ!!!!
俺は今にも押し倒しそうになる衝動をなんとか堪えると、軽く詩織の頬にキスするだけに留める。
「井坂君?」
詩織は急にほっぺチューされた意味が分からなかったのか、大きく見開いた丸い瞳で俺を射抜いてきて、俺は理性がとびかけそうになるのを詩織の頬を触ることで我慢した。
「詩織、今日…泊ってくんだよな?」
「え、あ、うん。お邪魔じゃなければ…泊ってもいい?」
「いいに決まってるだろ。もうずっと泊まってってくれてもいいぐらいだよ。」
俺が不安そうな詩織の問いかけに食い気味で答えると、詩織の表情が輝いた。
「ホント!?私、講義が急に休講になったから三連休なんだ。明後日までいてもいい?」
「あ…、明後日…。」
俺は明後日と聞き、三日間も詩織と一緒にいられる状況にぶわっと夢が広がった。
この誰の邪魔も入らない俺の部屋で三日間も一緒!?!?!
それって夢の同棲生活ってことだよな!?!?
マジか!!!!
これ夢じゃねぇよな!?
俺は目の前の詩織が幻じゃないかと思い、何度も詩織の顔を触って確認すると、詩織が不思議そうに目をパチクリし始めて、俺は現実だと認識して顔が更に緩んだ。
「全然いてくれていいよ…。超嬉しい…。」
俺が嬉しさでヘラヘラ笑っていたら、詩織が「私も!」とベタッと密着してきて、俺から離れない姿から詩織も俺と同じ気持ちなのかもしれないことに気付いた。
そうして何を話すわけでもなくお互いに相手の存在を確認するようにくっついていたら、クルルル…と小さくお腹の鳴る音が響いて、詩織がビクついてから言った。
「……今の聞こえた?」
「うぅん…まぁ。」
俺が正直に言うべきか迷いながら答えると、詩織が顔を隠すように俺の胸に顔を埋めながら小さく呟いた。
「…恥ずかしい…。もう…、ヤダ……。」
ヤダって…
マジか…、可愛いな…
俺が詩織の恥ずかしがり方にツボっていたら、詩織が俺から離れて何やら自分の荷物の所へ行ってしまった。
「詩織?」
「ちょっと外でお昼買ってくる。お腹鳴ったままじゃ恥ずかしいから…。」
詩織は鞄から財布を取り出したのかそれだけを手に玄関に向かって歩き出して、俺は慌てて引き留めた。
「詩織!!昼なら俺も行くよ!せっかくだから外で食べよう!!」
「外って…。」
詩織が目を丸くさせながら立ち止まったのを確認して、俺は自分の財布とケータイを取りに向かった。
すると詩織の小さな声が背後から聞こえる。
「それ…デート…だよね?」
俺が財布とケータイをポケットに入れ振り返ると、詩織がすごく嬉しそうに目を輝かせていた。
「これってデートだよね!!一緒にご飯食べるんだよね!?」
詩織はただの外食がすごく嬉しいようで、見るのも眩しい笑顔で駆け寄ってきて、俺は笑いながら頷く。
「~~~っ!!じゃあ、早く行こ!」
詩織は頬を赤くさせながら上機嫌で俺の手を握ってきて、俺は握られた手に目が食いつき、引っ張られるままに玄関に向かった。
そうして外に出ると、詩織は繋いでる手を揺らしながらずっとニコニコしていて、俺はそんな詩織を見つめてずっと夢見心地だった。
ちょっとご飯に行くだけで、こんなに喜んでくれるなんて…
俺、超幸せ者だ…
ふわふわと足が浮いているような感覚の中、詩織は近くのファミレスに入るのか、俺の手をクイッと引っ張った。
「ここ地元にもあるチェーン店だね。慣れてるからここにしよ!」
詩織はそう言うと、高校の時何度も来ていたファミレスのチェーン店に入っていった。
そうして中で店員さんに案内され席に着くときに繋いでた手を放してしまい、俺は繋いでた温もりがなくなっただけで急に寂しくなってしまった。
名残惜しさからメニューを開いている詩織を熱く見つめてしまう。
詩織の手…、すげー柔らかかった…
久しぶりに繋いだせいか、こんなに小さかったかと感じるぐらい華奢だった…
でも繋いでると安心感があって、詩織を傍で感じられた
もっと傍で詩織を感じてたい…
俺は詩織を見つめながらムラムラしてきてしまい、構ってほしくてテーブルの下で詩織の足をコツンと蹴ってみた。
詩織はそれに気づくと「なに?」と律儀にこっちに目を向けてくれる。
俺は数秒詩織と目を合わせてから「なんでもない。」と答える。
すると詩織が仕方ないなぁって顔で微笑む。
世のバカップルがやってるだろうことを、自分自身がやってしまい妙な気恥ずかしさはあるんだけど、俺は詩織の反応が見たくてつい繰り返し同じことをやってしまう。
その度、詩織は小さく笑って幸せオーラを向けてくるので、俺は歯止めがきかなくなり調子にのってしまった。
俺は詩織が持っていたメニューを奪うと、顔を隠すよう盾にして腰を上げて詩織に軽くキスした。
詩織はそれに外ということもあってか初々しく真っ赤になっていまい、俺はその姿が可愛すぎて追い打ちをかけるように再度触れた。
そうして今度は深くしようと詩織の唇に舌を差し込んだところで、詩織がドンッと俺を押し返してきた。
へ…???
俺は拒否られたことにビックリして、目を大きく見開いていたら、詩織があわあわと焦りながら小声で呟いた。
「こういうのはここじゃヤダ。家に戻ってから…、えっと……、きっと…するでしょ?」
詩織は意図することを口にするのが恥ずかしいのか、もごもごと真っ赤な顔で言って、俺は詩織が考えてることを読み取り口がぽかんと開いてしまう。
するって…
え……?
これって…
軽ーくいいですよーってお許しもらったってことだよな…?
――――――――
――――え!?!?!?!
俺はあの純粋で恥かしがり屋な詩織から、こんな言葉が飛び出すとは思わなくて、こっちが恥ずかしくて赤面してしまった。
マジか!?!?!
俺が信じられなくて何度か目を瞑ったりこすったりしている間、詩織は赤らんだ表情のままメニューに目を戻して注文するものを決めてしまった。
そして俺はというと、頼むものも適当になるぐらい、家に帰ってからの期待が大きく膨らみすぎて、今までにないぐらいずっとソワソワしてしまったのだった。
***
それからお昼を食べつつ詩織の近況を聞きながらも、ずっと家に帰ってからの事で頭がいっぱいで、話してくれている内容が何も頭に入ってこなかった。
誰の邪魔の入らない部屋で、詩織と思いっきりイチャつける。
その情景を妄想してニヤけてくるのを堪えては、詩織の楽しそうに話す姿に癒される。
それを繰り返しながら食べ終わると、俺は一刻も早く妄想を現実にしようとサッサと席を立った。
「じゃ、帰るか。」
俺が食べ終わって一息ついていた詩織に声をかけると、詩織は俺と気持ちは同じだったのか嬉しそうに頷いて立ち上がった。
するとそこですぐ後ろから声をかけられた。
「あれ、井坂?」
俺たちの真後ろの席からひょこっと顔を出して声をかけてきたのは、俺と同じゼミをとってる顔見知りで、俺はさっきまで緩んでいた顔が引きつった。
「やっぱ井坂じゃん。何、お前もここで昼飯?って…、あれ?」
そいつは俺から詩織に目を移すと、詩織を見つめて固まってしまい、詩織がペコッと軽く頭を下げた。
それを見たそいつが俺と詩織を交互に見て、口をわなわなさせながら声を上げる。
「まさか彼女!?!?!」
「うっせーなぁ…。勝手に昼食ってろ。行くぞ、詩織。」
俺は大学に入学してから付きまとわれているそいつの性格を熟知していたので、今すぐ立ち去ろうと詩織の手を引っ張った。
でも目の前をそいつに塞がれる。
「ちょい待ち!!彼女なんだろ!?俺に紹介してくれよ!ダチだろ!?」
「紹介するほど仲良くねーだろ!?どけよ!!」
「そんな冷てーこと言うなよ。俺らの仲じゃねぇか。あ、優も来てんだよ。あいつと一緒でいいからさ紹介してくれって!」
「はぁ!?!?」
「あ、井坂君。」
俺がさっさと帰してくれないそいつに苛立っていると、更に呼ばれる声がしてげんなりした。
「わ、今日小木曽教授いないから会えないと思ってたけど、こんなところで会えるとか、ちょっと運命感じる…って…、え…??」
トイレに行っていたのかハンドタオルを手に小走りで駆け寄ってきたのは、そいつと仲の良い黒髪パッツン女子で、その女子も詩織を見て目を丸くさせた。
詩織は困ったように二人を見て、また軽く会釈している。
その様子に詩織のために紹介するしかないと思い、俺ははーっとため息をついてから口を開いた。
「詩織、こいつ同じゼミとってる藤城征哉、そんでこっちが志村優。前ちょろっと言ったかもしんねぇけど、よく絡んでくるウザいやつ。」
「あ、そういえば言ってたね。」
「おい!そんな紹介は悲しいぞ!!」
詩織は俺との会話を思い出したのか感心しながら、なぜか志村から目を離さず複雑そうな表情を浮かべる。
俺はその反応がどういったものか分からず、とりあえず先に二人に詩織を紹介した。
「そんで俺の彼女の谷地詩織。たまたま休みで泊りに来てんだ。」
「あー、そっか!!彼女、地元で遠距離か!!」
「…地元じゃねぇけど…、まぁ遠距離は遠距離だな。」
俺が詳しく訂正するのも面倒で適当に返すと、詩織が「谷地詩織です。」と挨拶してくれて、まるで夫がお世話になってますというようなシチュエーションに、紹介も悪くないなと思った。
「ども。初めまして!!一応、井坂とは友達だと思って付き合わせてもらってます!!」
藤城が軽々しく詩織の手をとって握手し始めて、俺はちゃっかり詩織に触れた藤城が許せなくて反射的に藤城の手を叩き落とした。
「は?」
それに藤城が目を丸くさせて俺を見つめてきて、俺は独占欲を露見させる行動をしたことに気まずくなり、今すぐにでも立ち去ろうと詩織の手を引く。
「悪い。また今度なんでも話聞くから、今日はここで。じゃあな!!」
「へ?あ、おい!!井坂!」
俺はこれ以上色ボケ姿を二人に見せるわけにもいかなかったので、逃げるように支払いだけ済ませて店を飛び出した。
そうして二人から離れられたことに道端でほっと一息つくと、何も発さない詩織が気になって後ろを振り返った。
詩織はじっと地面を見つめて何やら考え込んでいる様子で、俺は足を止めると少ししゃがんで詩織の視界に割り込んだ。
「詩織?どうしたんだ?あいつに絡まれて嫌な思いさせちまったか??」
「え…、あ、そういうんじゃないんだけど……。」
詩織は少し言い迷ってから、じっと俺を見つめてくると眉間に皺を寄せ言った。
「……井坂君…、仲の良い女友達はいないって…言ってたよね?」
「は?女友達??」
俺は一体誰のことだと首を傾げると、詩織は繋いだ手に力を入れて微妙に怒り始める。
「さっきの志村さんだよ。それに…大学でも女の人と仲良さそうだった…。」
「はぁ??」
女の人って誰だ??
俺は大学で何を見られたのかと考えながら、とりあえず志村の事を説明することにした。
「志村は一緒に講義受けてる奴で、友達じゃねぇよ?藤城を介してしか話しねぇし…。つーか、志村のことは電話でも言ってたよな?」
俺はふと一緒に講義を受けている藤城と志村のことは言っていたと思い出した。
これには詩織も顔をしかめてムスッとする。
「聞いてたけど…、女の子だなんて思わなかった。」
「は?なんで?」
「だって、優なんて名前、女の子であんまり聞かないし…。男の子だと思ってた。」
あ~…
詩織の説明に今度は俺が頷くしかなく、そこは認めようと詩織の言い分を肯定する。
「そうだよな。俺もきっちり説明すれば良かったな。訂正する。志村は女だけど、ただ講義を受けてる顔見知りって程度で、詩織が心配するような関係ではねぇから。」
「………分かった。」
詩織は本当に分かったのか怒ってる表情は消えなくて、ムスッとしたままさっさと歩き始めてしまう。
俺はそれについていきながら、さっきまでのラブラブムードが消え去ったことに内心焦る。
これ、ヤバいな…
この状態の詩織は今までの経験上、何をしようともイチャつく空気に持っていかせてくれない…
詩織の機嫌が直らない限り、最悪このピリピリした中翌日になるなんてこともあり得る。
一緒にいられる時間が短いのに、それだけは御免だ!!!
俺はなんとか家に帰りつくまでに詩織の機嫌を元に戻そうと、詩織が気にしてるだろう件を正直に口にした。
「詩織!!俺、本当に仲の良い女友達とかいねーから!基本一人でいることが多いし…、男友達だって呼べる奴もそんないねーのに…。」
俺は説明しながら友達ができないと公言してることに気付き、気恥ずかしさから耳が熱くなり声のトーンを落とした。
なんでこんな情けねー言い訳なんか…
カッコわりぃ…
自然とため息が出てしまい肩を落としていると、繋いでた詩織の手の力が緩んで、もう片方の手で優しく包まれるのを感じ顔を上げた。
詩織は少しムスッとしながら、不満気に口を開く。
「もう…分かったって言ってるんだから…言い訳しなくていいよ。」
「え?」
俺は情けない言い訳に呆れられたのだろうかとヒヤッとしていたら、詩織が視線を下げてどこか恥ずかしそうに言った。
「…ただ拗ねてるだけだから。」
「拗ねてる??」
「……だって井坂君の周り…思った通り、女の子いっぱいいるんだもん…。私は傍にいられないのに…ずるいよ…。」
ずるいって…
「だから、ちょっとぐらい…拗ねてもいいでしょ?」
詩織は可愛く上目遣いで俺を射抜いてくると、頬を赤く染めて、俺の気持ちを全部持っていってしまう。
拗ねるとか…
ずるいとか…
一番ずるいのは詩織だよ!!!!
俺は子供みたいに拗ねてむくれる詩織にずっと胸がときめいていて、言いたい事が喉でつまり何も言えなかった。
それぐらい詩織の拗ねた姿は可愛くて、俺の身体を構成している細胞全てが詩織を欲し始めているのを、このとき痛いぐらい感じていたのだった。