1、突撃訪問
『また会える』
関西―東京間の遠距離恋愛を始めて4か月―――――
私と井坂君はお互いの新生活が忙しくて、電話とメールだけで会わない生活を送っていた。
度々井坂君の写真を見ては会いたい気持ちを募らせる日々…
私はもうそれにも限界が近くて、ある大胆な行動を起こしていた。
「うっわ…、なんだか雰囲気がやっぱり違う…。」
7月の連休一日目、午前10時東京駅。
私は大きめの荷物を片手に、慌ただしく通り過ぎて行く大勢の人の波を眺めてほーっと息を吐く。
「えっと、井坂君の大学の最寄り駅は…。」
私は駅構内の掲示板を探すため、辺りをウロウロと徘徊する。
そして目的の駅名を見つけると、私は止まっていた電車に慌てて飛び乗った。
電車は乗ってからすぐに動き出し、大きなビル群に囲まれた街中を通り、少しずつ建物の高さが低くなっていく。
やっとここまで来た…
私は学校の授業が休講になったと知った昨日、連休だということを利用して東京に行くことを、急遽思い立った。
ただ井坂君に会いたい一心で、もうすぐ夏期休暇で会えるということも忘れて、気が付いたら新幹線に乗っていた。
冷静になった今振り返ると、何の準備も連絡もせずにここまで来るなんて、相当周りが見えてないバカな女だ。
だけど、会えばきっと井坂君は喜んでくれる。
そう確信があったので、信じられないぐらいフットワークが軽かった。
私は井坂君から聞いていた大学の最寄り駅に到着すると、駅前にあった案内板で大学の場所を確認して、迷わないように地図を頭に叩き込んだ。
ふと井坂君に連絡して迎えに来てもらおうかとも思ったのだけど、せっかくここまで一人で来たのだから急に行って驚かせたい気持ちが強い。
私はビックリしてる井坂君の顔を想像してにやける顔を堪えながら、足取りも軽く大学へと向かった。
そうして見るからに古びて歴史がありそうなキャンパスへ足を踏み入れると、東聖大生らしき人達にチラチラと横目で注目された。
私も同じ大学生ではあるので目立たないと思ったのだけど、明らかにキョロキョロしていて不審だったのか意外と見られてしまう。
あまり見られると悪い事してる気になるなぁ…
私は早く井坂君を見つけて立ち去ろうと大学内を早足で歩き回った。
するとそこで、目の前に白衣を着た男の人に目の前を塞がれ、私は大きな鞄を抱えてその人を見上げた。
「君、この大学の学生じゃないよね?何か用でもあるのかな?」
「え…、あの…。」
目の前の男の人は井坂くんよりも背が高くて、大人っぽい雰囲気から2つ3つ年上に見えた。
パーマがかったふわっとした長めの髪に、丸いフレームのメガネがよく似合っていて、身なりのきちんとした姿に、モテそうな空気を感じた。
「あ、と…、私、知り合いに会いに来てて…。」
「知り合い?俺の知ってる奴だったら分かるかもしれないけど…、名前何?」
その人は親切に教えてくれるようだったのだけど、私はあくまでもビックリ作戦を継続させたかったので、誤魔化すことに決めた。
「あの、大丈夫です。相手に連絡もついてるので…。ついもの珍しくて…怪しい行動してすみませんでした。」
軽く頭を下げると、私は井坂君のいるだろう研究室棟に向かうため踵を返した。
そうして上手く逃げられたと思って早足で歩いていたら、男の人が追いかけるように横に並んできて驚いた。
「ねぇ、その荷物、遠くから来たんだよね?その知り合いに会いに、わざわざどこから?」
その人はニコニコしながら、何の興味があるのか尋ねてきて、私はどういうつもりなのか分からなくて口を噤んだ。
「あれ?俺、もしかして怪しまれてる?単に興味あるから聞いてるだけなんだけどなぁ~…。」
見た目真面目そうで大人なその人は、話し出すと軽薄そうで、私は警戒心が強まった。
関わらない方が良さそう…
早く井坂君の所に行かなきゃ…
私は慣れ慣れしく話をやめないその人が気持ち悪くて、歩みが小走りに近くなった。
そうして逃げるように校内を横断していたら、耳に聞き覚えのある声が聞こえて立ち止まり、そっちへ目を向けた。
「ねぇねぇ、今日は付き合ってくれるでしょ?小木曽教授、学会だって言ってたじゃん。」
「ついてくんな。今日は課題の続きやるんだよ。」
「えぇ~!!!バイトないの今日だけなんでしょ!?課題なんて後回しにしてよー!!」
渡り廊下を早足で歩く懐かしい大好きな人の横に小柄な女の子がへばりついていて、私はその光景に持っていた鞄を落とした。
え…、あの女の子…誰…?
私は女子の友達はいないと井坂君から聞いていたので、仲の良さそうな彼女はどういう関係かと思った。
それと同時に不安がぶわっと湧き上がってくる。
「お前も大人しく課題やってろよ。俺は休みまでに課題を一刻も早く終わらせなきゃなんねぇんだよ。」
「なんでそんなに急いでるの!?課題なんて休みにやればいいじゃん!!」
「休みは休みてぇの!!貴重な休みに課題やってられっか。」
「何それ~!!何のための休みか分かんなーい!!」
「井坂君!!」
仲良くじゃれ合うように話す二人の元へ、第二の女性が現れ、私は黒髪のクールビューティー美女を見て、顔が引きつった。
「話してるところ悪いんだけど、ちょっと聞きたい事があって…。ちょっとこれ見てくれない?」
「何すか?」
クールビューティー美女は井坂君に何かファイルを見せていて、井坂君がそれを覗き込み、二人の距離の近さに頭がぐわんぐわんしてきた。
もう…限界…
私は井坂君を驚かせたくて来たのに、逆に何倍もの衝撃を受けさせられて、落とした鞄を手に持つとフラフラとその場を後にした。
こうなるっていうのは、モテる井坂君だけに前々から予想してたけど…
覚悟が足りなかった…
ちょっと気分を入れ替えないと…
私は見てしまった井坂君の傍にいた女子二人の姿を思い浮かべて、近くにいられる彼女たちに少なからず嫉妬していた。
自分は井坂君の傍にはいられない…
でも、彼女たちは当たり前のように、傍にいて…一緒に勉強することができる…
それがすごく羨ましくて…
そして、それができない自分がとても悲しかった
私が鞄を抱え込んで微妙に涙目になりながら歩いていると、背後から声がかかった。
「知り合いって井坂だったんだ?もしかして、井坂ファンの一人?」
「……ファン…??」
まだついてきていたのか、例のメガネ男性が苦笑しながら飽きれた様に言った。
私は立ち止まって振り返ると、『ファン』というのが気になり、男性を見つめた。
「あいつ、いっつもあんな感じだよ。女子にこれでもかってほど冷てーのに、群がる女子が途絶えねぇの。そんなにあの顔がいいのかねぇ~。」
「………、顔だけじゃないと思いますけど…。」
私は井坂君が顔だけの男だと言われたことにイラッとして、つい言い返してしまう。
メガネ男性は私が口をきいたことで調子にのったのか、口調も軽くペラペラと話し出す。
「じゃあ他にどこが良いわけ?男の俺から見たって、あいつの良いとこなんて勉強できるとこぐらいだからな。愛想もねぇし、ただ見た目が悪くないだけで、美味しい思いばっかしやがってさ。君だって、あいつの見てくれに惚れたとかなんだろ?そんな恋愛上手くいきっこねぇし、早々に手を引くのがベストだと思うぜ?」
「見てくれって…、私をそこら辺にいる女子と一緒にしないでください。」
私は井坂君を悪く言われることに我慢できなくて、ギッと男性を睨みつけた。
「私は井坂君を見た目で好きになったわけじゃありませんから。余計なお世話です。井坂君の良い所なんて、分かる人だけが知ってればいいんだから、あなたにとやかく言われたくありません。」
私はもうついてくるなという意味もこめてキッパリと「さようなら。」と告げると、大股で歩き始めた。
でもそこで後ろから腕を掴まれて、持っていた荷物をまた落とした。
「生意気だね。井坂に寄ってきた子で、君みたいなタイプは初めてだな。俺の目に狂いはなかったよ。」
「は?ちょっ…、放してください!!」
男性の力は強く、私は思いっきり引っ張るけど放してくれない。
「あんな奴やめて俺にしとけばいいよ。俺、意外とモテるんだからさ。フリーな今がお買い得だよ?」
「いりませんっ!!放してっ!!!!」
男性の力に負けて引き寄せられかけたとき、私の掴まれた腕に第三者の手が触れてきて、引き寄せられる力が弱まった。
「先輩。何やってるんすか?」
「………井坂。」
第三者の手の主はいつこっちにやって来ていたのか、ずっと会う日を夢見てた井坂君で、私はすぐ近くで見る井坂君の横顔に胸がギュッと詰まった。
「この手、放してもらえますか?」
「…は?何でお前に指図されなきゃならねぇんだよ。」
井坂君と男性は知り合いなのか、お互い睨み合い様子を窺ってるように見えた。
「自分の彼女なんで、指図するの当たり前だと思うんですけど。」
「は!?彼女!?!?この子が!?お前の!?」
男性は目を剥いて驚くと、弾かれるように私から手を放して、私たちを交互に見始めた。
井坂君は私を背に庇うようにして立つと、微妙に怒気の含む声音で告げる。
「理解していただけたなら、二人にしてもらえますか?このまま先輩といたら、殴りたくなってくるんで。」
……殴る??――――幻聴??
私は脅しにとれる言葉に驚いて井坂君の背中を見つめた。
男性は井坂君の言い方に怯んだのか、引きつる笑顔を浮かべると「明日話聞かせろよ!!」と言い残して早足で立ち去っていった。
私は散々絡まれた男性がいなくなったことにホッと安堵すると、久しぶりの井坂君の手におそるおそる手を伸ばした。
そしてそっと触れると、反射のように井坂君が振り返ってきて、思いっきり抱き締められた。
「詩織!!~~~~っ、なんでいんの!?」
「いっ…、井坂君っ…。くるしい…。」
私は息もできないぐらい強く抱き締められたことで、顔をしかめていたら、今度はその顔に井坂君が触れてきた。
「本物??本物だよな!?いつもの夢じゃねぇよな!?」
「ちょっ…、っふ…、くすぐったいよ…。」
私の存在を確認するように顔から首から触ってくるので、くすぐったくて笑っていたら、井坂君の手が肩で止まり掠れた声が聞こえた。
「――――…会いたかった…。」
私が目を開けて井坂君を見つめると、井坂君は少し涙ぐんでいて優しく頬に触れてくると、ゆっくり顔が近づいてきた。
そうして遠慮がちに軽くキスされると、再度抱きしめられた。
「会いたかった…。」
そんなに何回も…
私は井坂君からひしひしと感じる言葉通りの想いに嬉しくて、突撃訪問が成功したことに顔が緩んだ。
そして井坂君に負けないぐらいの気持ちを伝えたくて、思いっきり抱きしめ返すと、「私も。」と久々に感じる温もりに幸せが募っていったのだった。