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拓海が好きだ!(意味深)

作者: 夏ノ雪


「なあ、俺さ…」

もうすぐ7月に差しかかろうか、太陽から降り注ぐ不快な紫外線を窓際で全身に受け止めている祐二は虚ろげに口を開いた。

「なんだ、また腹でも下したか?次の授業始まる前に行っとけよ」

祐二と一緒に机を並べていた翔はほんの数ミリずれたメガネを律儀に元の位置へ戻すとトイレの方向を指差した。

「祐二は決まって昼休みになると腹壊すからなー。今日も何時もどおり平和ってことだよ」

どこからか持ってきたか、パイプ椅子にどこかの社長のようにふんぞり返っている智也はいたずら好きの子供のような笑みを浮かべた。

「どうした?早くしないと購買のパンを食い荒らしに行った拓海も帰ってくるぞ」

「拓海……」

「拓海がどうしたって?」

再び虚ろげに呟いた祐二に翔はトイレの方へ指したままの腕を力なく下ろした。

「お前ら落ち着いて聞いてくれ。本当に冷静にな」

祐二は意を決したように二人の目を真っ直ぐ見た。祐二のいつにない真剣な様子に翔と智也の二人は背筋が自然と伸びる。

「俺さ…、その、どうも好きみたいなんだ」

「誰を?」

「拓海をだ」

「「……は?」」

豆鉄砲に打たれた鳩なんて実際に目にしたことは無い。が、今の翔と智也の表情はそう形容するにふさわしい。

呆然とした空気の中、沈黙を破ったのはいつもの無駄に高いテンションが影に潜んだ智也だった。

「え、なに?好きってライクの方だよな?それなら、へへっもう俺達も数年の付き合いだ、もちろん嫌いじゃないぞ!」

「ああ、もう智也達とは長い付き合いだ。でも、その、likeではないほうで好きなつもりだ」

「ライクではないってまさか……」

「ラブか」

戸惑い、声を震わせた智也を遮り翔ははっきりと言った。

「……ああ、翔の言った通りだ」

翔は伏せるように視線を机に落とし、智也は信じられないと言うように顔色を豹変させた。

「いや、だって拓海は……。それはだめだろ、何と言うか世間的にとか社会的にとか……」

「確かに俺は普通ではないのかもしれない。世間的にも社会的にもまずいことは分かってる。それでも、くそ、自分でも何でかわからねぇ、好きになってしまったんだよ!」

「落ち着け祐二」

翔の顔にはもう驚愕の色は無い。いつも通り冷静沈着に振舞う翔はさっきの衝撃の告白なんてどこ吹く風、まるで何も無かったように熱の無い目を祐二に向けた。

「祐二、お前が冗談でなく本気でそう思ってることは分かった。それで、これからどうしたいんだ?」

「…………」

「祐二?」

「翔、お前、俺が気持ち悪くないのか?実際俺ですら自分に引いてる所もあるんだ」

驚きはしたが、と翔は続ける。

「気持ち悪いなんて思わない。実際に祐二が拓海をその……、そういう風に感じる人がいるってことは知っている。事実結婚さえ認められている国だってあるんだ。残念ながら日本ではまだらしいが」

メガネが異様に似合う男は敵意なんて全く感じさせない人畜無害な笑みを祐二へ向けた。

「お前は異常で気持ち悪い奴なんかじゃない。逆に自分でそう思うことは、お前と同じような人達に失礼だ」

「翔……」

目頭が熱くなるのを祐二は感じた。ここ数日、このことを打ち明けようかと寝る間も惜しんで悩み、苦しんだ。そう簡単に言えることではない。翔は異常ではないと言ってくれたが、世間では祐二が拓海にへ抱くような気持ちを持つ人はマイノリティーに違いない。下手に打ち明ければ、今までどおりにはいかなくなる可能性だってある。はっきり言えば嫌われるのが怖かった。だから翔の今までとなんら変わらない態度に祐二は安堵し、人間としての敬意さえ感じた。

「すまん、二人とも、いきなりこんな話して」

祐二は目に溜まった涙をばれないように拭うと相好を崩した。

しかしいつもの調子のいい智也の反応は鈍かった。

「い、いや、俺全然知らなかったよ、祐二が拓海をそういう風に見てたこと…。確かにそういう人もいるよな、俺も、その、テレビとか小説で見たことあるし」

「おい、智也」

智也の様子にいち早く察した翔は智也の言葉を遮ろうとした。しかし

「分かってる、そういう人がいるってこと。頭では分かってるんだよ。でも……それはねぇだろ」

智也は祐二から目を逸らし、椅パイプ椅子を蹴るように教室から飛び出した。

「おい、智也!!」

智也を追おうと立ち上がる翔を祐二は静止した。

「いいんだ翔。俺もそれなりに覚悟を決めて話した。こうなることも当然考えていたんだ」

「そう…か」

翔は何か言いたそうに祐二を見つめたが、再度腰を下ろした。

「それで、話を戻すが今後どうするんだ。お前はどうしようと思ってる?俺は出来るだけ祐二に協力するつもりだ」

「サンキューな翔。もうお前らに話してしまった以上、後戻りはできねぇ。俺は拓海に告白する」

「そうか。今の社会は個人の人権やアイデンティティーやらで敏感になっている。祐二のような人たちだって多様性という言葉で処理されることも多い、もちろんいい意味でな」

「ああ」

予鈴のチャイムが校内に響いた。廊下や他の教室から生徒がぞろぞろとアリの群れのように戻ってくる。その中に拓海の姿もある。拓海は大量の購買パンを手に抱えながら、それらをがさつに祐二と翔の机に広げると今日の成果を自慢げに語りだした。祐二と翔は何時もどおりに拓海と接した。今日は何個買ってきたんだよ、そんな三人の笑い声は教室の喧騒に混ざっていく。





「祐二、お前また今日の昼飯もパンかよ」

「ああ、拓海から昨日のパン押し付けられてな、おかげで今日は三食パンになりそうだ」

「身体壊すぞ」

「好きだからいいけど」

翌日祐二と翔はいつものように教室の端で昼飯をつついていた。ただいつもと違うのが

「智也こないな…」

「ああ」

いつもなら授業終わりのチャイムと同時に先生の悪口を垂れながら飛んでくる智也がいない。祐二は朝から目こそ合わせたが、一言も話をしていなかった。

「智也には俺からフォロー入れとく」

「悪いな」

「いいって」

翔はメガネを定位置へくいっと戻すと窓から初夏が色づく校庭を眺めた。

「それより拓海はまた購買か?」

「いや、今日は隣のクラスの女子に引っ張られていったよ」

「あいつ、モテるからな。祐二と違ってかなり顔立ちはいい」

「それはいうな…」

祐二は拓海の余らせたカツサンドをお茶と一緒に流し込んだ。

「俺さ、智也に嫌われたかな?」

「そんなことないだろ、まだ気持ちの整理がついてないだけだ」

「そう…だといいんだけど。でもそう簡単に受け入れられることではないと自分でも思うんだよ。むしろ翔の順応の早さは俺でも驚いた」

「今回のことばっかりはいくら俺達でも感じ方が全然違うんだ。そういうのをすんなり受け入れられる人もいれば気持ち悪がる人だっている。それは良い悪いってより完全に個人の問題だ。智也のとはしばらく距離を空けた方がいいだろう。あいつも考える時間が欲しいはずだ」

「確かに…。今俺があいつを説得しに行っても意味ないどころか逆効果かもしれん」

「祐二、智也のこともそうだが」

昼下がりの校庭をぼんやり眺めていた翔の目は祐二を鋭くとらえる。祐二は思わず唾を飲み込んだ。

「拓海のことは考えてるのか」

「拓海のこと?」

「お前ら二人は傍から見ても相当仲がいい。二人で一人みたいなものだ。それがお前の告白によって大きく崩れるかもしれない。いや、はっきり言うが拓海もお前と同じ気持ちでない限り確実に振られる。普通の男女カップルみたいにとりあえず付き合ってみるなんてことはないはずだ。振られたときお前はそれに耐えれるのか」

立て続けに溢れた翔の言葉は明らかに熱を帯びている。まるで祐二の深層を確かめるように、決意の程を測るように。だから祐二ははっきりと自分に言い聞かせるように答えた。

「昨日も言ったろ、覚悟はできてる。俺は自分の気持ちに正直でありたい。振られた後の事なんか考えて告白できるかよ、それは誰だって一緒だ。それにこれは社会に対する挑戦でもある」

「挑戦?」

「俺みたいに拓海を好きなんて思う奴は社会では好奇な目で見られる。もっと普通の恋愛をしろってな。俺はそんな凝り固まった誰かの決め付けを壊したい。俺みたいな奴がいるって社会に発信したいんだ」

「それでお前が蔑まれ傷ついてもか?」

「もう傷ついた。傷ついたからもう一歩踏込みたい。何もしなきゃ傷つき損だ」

『傷ついた』それはおそらく智也のことだろうと翔は思った。祐二、翔、智也、拓海の俺達四人は高校入学以来、ずっと一緒にバカやってきた。それを自分の告白のせいで一人失い、さらにもう一人失うかもしれない。その当事者たる祐二の心境は想像に難くない。ならば親友が受ける傷を少しでも軽いものに代えてやるのはまた親友である翔の役目であろう。友情ごっこに陶酔した自惚れもこの際大目に見てほしい。

「よし、祐二、明日拓海に告白しよう。決意が揺らがないうちにな」

「揺らがねーよ!って明日!?まあ早いほうがいいのかもな、そうするか」

電子的な鐘の音が教室全体を波打つ。予鈴が鳴り終ると続々と教室に人が流れ込む。拓海は数人の女子と楽しそうに談笑しながら祐二の後ろの席は着いた。今日はカツサンドが買えなかったと嘆く拓海からはふんわりとコロンの香りがした。





「今日か」

「ああ今日だ!」

頭の真上より少し西よりに太陽が位置する昼下がり、今日も祐二と翔は教室の隅でルーチンワークのごとく昼ごはんをつついていた。

どこか堅い面持ちの祐二に翔は起伏の無い淡々としたトーンで話す。

「祐二、この際相手が拓海だって事は忘れろ。普通の一男子高校生が放課後に呼び出して告白する。ほらなんでもない風に聞こえるだろ?」

「そうだとしても普通に緊張するぞ」

「お前、分かりやすいよな」

「………うっさい」

「昨日の熱い独白はどこへいった…」

祐二は机にうっ伏すように倒れこむと弁当の中の白米をちびちびと食べだした。。

「あれ、祐二、お前今日はパンじゃないのか?」

「おう。昨日はパン買ってなかったからな拓海のやつ」

「あーそういえば。忙しく女子とよろしくしてたみたいだったな」

「最近付き合い悪いよな、拓海」

「そうか?前からあんなんだろ。入学初日から購買のパンを全種類買い占めておばちゃんが腰を抜かしたのは噂になってたし」

「どれだけパン好きなんだよあいつ」

「お前も好きだろ」

「まあ」

「で、今日はどこいった?」

「パン買いに行くって飛び出したよ」

「平常運転だな」

「まったく、俺は心臓が爆発しそうだってのに」

窓辺から見える積雲は祐二の緊張をあざ笑うかのようにじりじりとした低速で進む。そんな雲に行き場のないな怒りを覚えつつ、それでも自然と雲を目で追っていた。

「なんか落ち着いたわ」

「それはよかった」

「何かアドバイスとか無い?」

「俺に分かるわけ無いだろ」

「それもそうか」

「……なんかむかつくなその言い方」

時計を見ればもう昼休みは残り十分を切っていた。クラウドウォッチングは時間を吸い取る力でも持っているのかとどうでもいいことが頭を巡る。せめて生産的なことに時間を割こうと拓海への告白を脳内でシュミレーションするが嫌なイメージしか湧いてこない。やめだやめだ、と再び頭を空っぽにしていると

「祐二!」

突然声をかけられ祐二の身体は飛び跳ねた。翔も驚いた様にその声主を見つめている。

「智也…?」

バツが悪そうに目を伏せながらも智也は、祐二と翔の机の側までやってきた。

「祐二、俺さ、あれから色々考えたんだ。お前が俺達に言ったこと」

祐二が言ったこと。もちろん昨日の事を指すのだろう。

「そう、か」

祐二は歯切れの悪い返答をした。

「それで俺なりに必死で納得しようとした。そういう人もいるんだって。それに俺達は親友だ、親友なら受け入れることだって当然だろうって」

祐二は必死で言葉を選ぶ親友を黙って見ていた。こうして智也から話しかけてくれたことは嬉しい。もしかしたらもう言葉を交わすことも無いのではと考えていた。でも。でも、その苦悩に満ちた表情からある程度、智也の言わんとしてる事を察してしまった。智也は苦しそうに口を開いた。

「それでも俺はやっぱり祐二が分からない。どうしても共感できない。お前の決意を応援してやることができない……祐二が拓海となんて俺には想像ができない。すまんっ!」

「そうか……」

祐二は彼にかける言葉が見つからなかった。必死で考えた末、彼はこう結論したのだ。祐二がその答えにケチをつける資格なんてない。

「でも、祐二、お前を知ろうとする努力はやめたくない」

「え?」

「長いこと俺達は一緒にいてお前らのことをなんでも分かってる気でいた。でも全然分かってなかった。分からないまま祐二たちから背を向けたくない。今は駄目でも知れば見え方が変わるかもしれねえし。なあ翔!」

「ああ、そうだな」

智也はニヤリと口を緩めた。智也とこうして顔を向かい合わせたのは随分久しぶりなような気がして祐二も笑った。

「祐二、今日告白するのか?」

「そのつもりだ」

「じゃあこれだけは言っとく」

智也は普段あまりしない顔をした。

「翔はともかく、俺ですらお前が受け入れきれねえ。それなら告白される拓海は俺以上に困惑するにはずだ。社会的、世間的に見ればお前のしようとしていることは特殊なことだ。それだけは考慮してくれ、拓海のためにも」

智也の忠告に祐二は慎重に首を縦に下ろした。






6時間目が終わっての放課後。俺はベタだが屋上に拓海を呼び出した。

時間にルーズな拓海はいつもどおり緊張感のない様子で遅れて屋上までやってきた。俺がこれから告げる内容など微塵も考えていないだろう。

自然と足が震える。いつも見ているはずの拓海の顔が別人のように見える。

でも

翔に智也。こんな俺に耳を傾けてくれた二人の為にも、いや、おれ自身の為にも引けない。俺が拓海を好きになってはいけないなんて思わない。


屋上は風が強く拓海は少し長くなってきた髪を押さえながら、俺を促した。拓海の佇まいは昔から一緒にバカやってた頃とまるで変わらない。がさつで大雑把で、いつも笑っていて、顔が良くて女子にも人気で。

だから、そんな拓海だから。

言う。俺は言う。拓海が好きだと。冗談ではない。真剣に好きなんだと。

言った。声に出した。

思いの丈を全て伝えきった。言ったんだ俺。

その刹那、何故か先刻の智也の台詞が頭に蘇った。

『世間的、社会的に見ればお前のしようとしていることは特殊なことだ』

なぜこの土壇場で智也の台詞が過ぎったかは分からない。

告白を受けた拓海の顔はやはり驚きで満ちていた。それでも拓海は意外にもすぐに口を開いた。


「駄目だよ祐二、私達兄妹じゃない」


彼女の美しい瞳には俺が写っていた。



登場人物紹介


堺祐二

主人公。高校二年の17歳。明るく真っ直ぐな性格。拓海のことが好き。


祐二の親友。祐二の理解者でありどんな時も冷静。メガネが特徴。


智也

祐二の親友でお調子者だが友達思い。


堺拓海

祐二の双子の妹。女の子だが祐二ら三人と何時も一緒にいる。兄も自分も好物のパンが好き。



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