八章『この世の彼方の夢海』4
ほぼ一ヶ月ほど、エッチな仕事の関係でいそがしく、なかなか進められませんでしたが、
なんとか一段落したので再開します。
夏休み……欲しいなあ。
「イシス、あんたが言ってることの意味が俺には、さっぱりわかんねーよ。だから、さっさとこの場から逃げるのを優先させてもらう。全員さっさとマーズ・フォリナーのコクピットに入れ。面倒な話は全部後回しにしてこの座標から離脱するぞ」
沈黙を破ったのは大久保ハヤトだった。
「よかろう。わしとしたことが、ついつい好奇心から表へ出てしまったが、斯様な災厄の気配が濃厚な場からは早々に退くべきじゃな。先がどうなるにせよ、話の続きはマグナキャリバーに乗り込んで、当面の安全を確保してからとしようぞ」
完全同調している乗り手からの指示を精神感応として受け取ったマーズ・フォリナーは、ゆっくりと一同の前に進み出て、そこで片ひざを付けた。
すでに胸部コクピットは展開さされている。
「ゆくぞサロメ。客が増えるのであれば、少々このコクピット内部の空間歪曲率を操作して、拡張した方が良かろう。幸い、これまでの観察で、その手立ては見当がついておる。おぬしにも手伝ってもらおう」
「うん、サロメはおてつだいするー」
サロメはイシスに手を引かれて最初に搭乗してしまう。
それに続いて入間ナナミが進もうとしたが、玖堂タマモが動こうとしないのに気付いた。
「タマちゃん、あたしたちも行こうよ?」
「ごめんナナミちゃん。わたしはマグナキャリバーには……その簡易複製でもあるシルエットキャリバーにも乗ってはいけない身体だから行けない」
「え?」
「わたし専用に譲ってもらったフェザー・シュバリエという機体だけが例外で、それ以外の機体に乗ると危険なことが起きてしまうのよ。だから行きなさいハヤト、ナナミちゃんをお願い」
大久保ハヤトは黙ったまま、姉とナナミの搭乗を待っていた。
タマモから声をかけられると、苦笑する。
「タマ、あんたの特異体質のことは聞いてる。フェザー・シュバリエがマグナキャリバーとして振る舞える限界は180秒。それを過ぎてしまえば、決定論的単一時空への統合を進める〈独り神〉の端末、駒に成り果てる」
「五歳児のときに、シュトレゴイカバールで、わたしはそうなったんだもの。聞いてる、ではなくて、知ってる、の間違いよハヤト」
「……だが、このマーズ・フォリナーを甘く見てもらっちゃ困るぜ。こいつに使われてるVA源動基は特注品だ。現代になってからの新造品なんだよ。あんたやキレた時の俺みたいなのが乗っても、暴走しないように造り直されたマグナキャリバーだ」
ハヤトは強引に手を伸ばしてタマモの右手首をつかんで引き寄せる。
「……わたしがいるのは2025年……ハヤトは何年後の可能性から来たの?」
「2035年だ。つまり、これからあんたに何が起きるかも知っているし、それについて警告することもできる。もしかしたら俺はそのためにここに――」
「わたし、イサミにはテストでずるはしてはだめと叱ったの。だからハヤトも何も言わないで。ナナミちゃん、いっしょに行けることになったわ」
「う、うん。それじゃあハヤトお兄さん、お邪魔するからね」
タマモはハヤトの腕を振り払うと、ナナミの手を引いて、コクピット内に入り込んでいく。
ハヤトはそれを見届けると、自分も後に続く。
マーズ・フォリナーの胸部コクピットが閉鎖されて動き始めると間もなく、周囲の光景は一変する。
それまで街の灯りも控えめで、人の気配は皆無だったのだが、サンフランシスコという都市は第三次世界大戦が勃発する直前までと同様の爛熟した文明の光とそこを行き交う人々の姿で満たされていた。
ただし、そこは白人のための世界であり、他のすべての人種は使役される奴隷でしかなかった。
白人でありキリスト教徒ではない者は、人間に似た動物であり奴隷でしかないのだ。
メサイア・プランが第三次世界大戦を引き起こすために利用した白人至上主義者たちの夢見た世界がそこに広がっていた。




