断章『見えざる剣』27
マーズ・フォリナーの胸部ハッチはその主を半ば強引に収容するように閉じていく。
アレスに対してまだ言いたいことがあったハヤトは不承不承という感じで前部操縦席に戻った。
すると、それを見届けたかのように白銀のハードケース――KGMは中空に浮かんでいた状態から定位置となっているハヤトの左脇に直立した。
「おまえのしわざかよ相棒。なあ、そろそろだんまりはやめてくれねーか?」
ハヤトはちらっと左脇の愛刀を一瞥してからコクピット内の全周囲に映像を映し出す。
星の光がまばゆい地球軌道上ではなかった。
獅子王を取り込んだその機体は、すでに大気圏に落下し地表へと落下していく過程にあったのだ。
「おかえりハヤトっ!」
後部座席から身を乗り出してサロメがハヤトの首に抱き付く。
コクピット内の重力制御は保たれていた。
「た、ただいま……ところでこれ、どうなってんだ?」
「わからぬ。そのKGMが、おぬしを回収した直後に機体に干渉して軌道上から転移させたとしか」
サロメは躁状態だったので代わりにイシスが答えた。
彼女には前世での記憶にあるアレスと同じ姿の白髪の少年に何も言えなかった未練があるようだったが、そのことには言及しない。
「そんな機能があるだなんて、俺は聞いちゃいねえぞ」
「VA源動基を発掘して再現させたアルトゥール・ライヘンバッハにでも文句を言うしかあるまい。あの男がいなければシルエットキャリバーなどという、マグナキャリバーのまがいものなどこの世に生まれ出ることはなかったのだからのう」
「またそのじじいの名前か。そのうち、たっぷり苦情ぶつけて慰謝料ふんだくってやる」
「あの者と因縁があるのかや?」
「バギルスタンでこいつを持ち出すのに、さんざん面倒な手間をかけさせられた」
言いながらハヤトは機体の姿勢制御を回復させようとするが、不可視の何かがマーズ・フォリナーの機体を翻弄していた。
「ハヤトよ、ここは軌道上へ上がる前までの場所ではないぞ!」
イシスがただならぬ事態に血相を変えて叫ぶ。
「……だれがないてるのがきこえる」
対してサロメはどこか遠くの音に耳を澄ますように首を傾げた。
「アレスのやつ……親切のつもりで俺たちを飛ばしたはいいが座標を間違えやがったか」
するとKGMの表面には否定を示すかのような明滅が生じる。
だがハヤトはそれに気付く余裕がない。
無風状態でありながら、大嵐に吹き上げられた木の葉のように、古代トゥーレ文明に由来しない唯一のマグナキャリバーは高度を落としていく。
「こうなったら……ぶっつけ本番だ。ドニヤザードが教えてくれた裏技ってやつを試すか」
「裏技?」
「こいつと俺を直結する。そうなれば俺の身体そのものを好きに動かすなんてわけないだろ。マーズ・フォリナー・ダイレクト――」
ハヤトは呼吸を整えて体内の霊波動を活性化させ、そのままそれを機体に伝導させようとしたが、それが成立する直前、機体側の方からの干渉が生じていた。
「むう?」
「わわわっ、まっくら?」
「おい、何が正当な乗り手さえ共にあれば史上最高最強だよこのポンコツ機体っ!」
コクピット内の全周囲視界は暗転し、わずかな計器類の明滅だけとなったのだ。
そして、数秒を経て回復した映像は予想もしない場所だった。
「わあ……おっきなたてもの……」
「見覚えがある……しかし面妖なことに人の気配がまるで感じられぬぞ」
「ああ、不気味なほど静まり返ってやがる……いや、あそこに誰かいる」
ハヤトの視線に追従するように、マーズ・フォリナーは前面の分割されたウインドウ内に、その人物を映し出した。
「しかもあれは……つまりここは……封印されたアメリカ合衆国ってことかよ」
そこにいるのはセーラー服をまとった13歳の玖堂タマモで、隣には入間ナナミが立っていた。




