断章『見えざる剣』25
「いかにもその通り。おまえと血を同じくするあの者は……私をKGMと、そう呼んでいた」
眼の前の――5歳児だった頃の自分と同じ姿の童女は、ふわふわと中空に浮いた。
それでタマモと視線が合う。
「宮川イサミが私の真の主であるからこそ、そのような戯れも許した。どうあがいても、かりそめの主にしかなれぬ玖堂タマモには、それを許すつもりなどないがな」
ミシェル・バーネットが残した言葉から、友好的な接触を期待していたタマモは眉をしかめた。
「でもわたしにはあなたの真の名なんてわからないもの。だからわたしのハヤトの真似をしてKGMと勝手に呼ばせてもらうわ」
「好き勝手なことをぬけぬけと言うところは似ているようだな。姉弟だけあって」
「ありがとうKGM。イサミと……あの人と似ているだなんて、わたしにとっては、ほめ言葉よ。それよりも、かりそめの主にしかなれないという言葉の意味を説明してちょうだい」
「断る。おまえはもう自分の弟が、この先、私を携えて過去へと跳ぶ可能性があるということを知っているはず。だから、かりそめの主と言った。無知を装った会話を続けてこちらから情報を得ようとしても無意味だと知れ」
「ええと……結論から言うと、あなたと立ち合って屈服させればいいのよね?」
いささか短絡的な物言いになってしまったのは守屋姉妹の悪い影響を受けてしまったからだと思うことで責任転嫁したタマモは軍服の胸元に右手を差し入れた。
呪符を使う場合にはそうするように定義し、習慣させているのだ。
そうしないと彼女が前世の情報と異能に覚醒してから得た力は、無秩序に発動してしまう。
知りたかった知識や情報は知っていたことになってしまう。
行使しようとした能力や技術も習得していたことになってしまう。
それは身体を用いる技法や技のみではなく超常の力についても同じだった。
古代トゥーレ最後の王アッシュールが愛娘に与えたそれは、彼自身の超越的な能力――主観的事象改変能力を限定的に再現するという代物だった。
無限の色を宿し、常に彩りを変化させ続ける混沌の霊結晶は、それを受け継ぐ天空の女王の転生者に、この強大な異能を授けている。
VA源動基は宇宙創生の瞬間とその直後にだけ存在しながら消え去った物質のかけらを紡ぎ上げることでエネルギーを出現させる機構であるために、タマモの能力との相性は悪い。
主観的事象改変能力はVA源動基によって増幅されてしまうと、彼女自身の意志に左右されず無秩序に、無制限に、飽くことなく、タマモが前世において行使した能力を再現させてしまう。
その中にはひとつの時代と文明を滅ぼし去った原因となる天変地異さえ含まれているのだ。
6億2千万年前の古代トゥーレ文明以降、人類は何度か復興と繁栄を繰り返しながらも、例外なくすべて滅亡へと誘導されてきている。
ごく少数だけ生き延びた知識の継承者たちは、種としての人類から文明を奪い去る知識と技術と情報の欠損を大断絶と呼び、その到来を招くひとりの娘を恐れた。
その転生体である玖堂タマモ。
彼女を見据える童女の姿をしたKGMの顔に恐怖はなかった。
むしろ挑発するような不敵さがある。
「大断絶を引き起こす力でもなんでも、好きなように振るうがいい。かつてシュトレゴイカバールの地にて、おまえが、私の真の主を前にそうした、あの時と同じようにな」
「……ここがあなたの作り出した仮想世界だからといって、少し調子に乗りすぎよ」
タマモは胸元から右手を引き戻す。
その指には合わせて5枚の呪符がたばさんであった。
「調子に乗っているのはそちらだ。わたしはおまえなど必要としない。継承の可能性をくれてやっているのは、お優しい伝承院様と、恩義があるみしぇるどのへの義理立てでしかないのだぞ」
「あなたこそ、わたしが穏便な態度で応じているのは、あなたの真の主への感謝があるからだと思ってちょうだい」
タマモは文句を言いながらも、目の前の童女への反発と敵意の理由に気が付いてしまった。
それは、どうしようもないほどの……赤い髪の少年への独占欲と彼女が知らない彼を語るKGMへの強い嫉妬心だった。




