五章『ソードマスター・シルエット』3
双胴型の戦闘艦であるマリー・アントワネットは船体右側に直撃を受けていた。
黒煙を上げ、未だ艦内の延焼も続いている。
被害は甚大であった。
にも関わらず、決定的な致命打とならなかったのは、直前に作用したある効果が薄い防御幕となってダメージを軽減していたからである。
艦の全体をいびつな球形で覆う半透明の薄膜は、絶え間なく浴びせられる電磁加速砲の連射から、かろうじてマリー・アントワネットを守り抜いている。
周囲の海面には無数の巨大な水柱が立ち、潮流を無視した大波を作り続けていた。
「フォルタン少尉っ! アルケミックチャージの効果はあと何分持つ?」
VA源動基が供給するエネルギーは半永久的とはいえ、消費する分が供給量を超過してしまえば、それは重油やバッテリーで作動する動力機関と大差ない。
映像スクリーンが明滅するだけとなり、暗がりに赤の非常照明だけとなった戦闘指揮所で立ち上がったミランダ・バーネットは、人間並みとは言われながらも耐久性においては勝る半有機半機械の身体に感謝する。
軍役に就く自立型知性体としては珍しく、彼女の身体には特筆すべき戦闘能力や武装は用意されていない。
彼女の姉ミシェル・バーネットや妹たちとは異なり、設定された外見に準じる人間と同じ程度の身体機能しか発揮できない。
その代わりに与えられたのが、あらゆるVA源動基と同調して制御を確立する能力。
かつてマリー・アントワネットが世界を敵として戦いを始めた当時、ケルゲレン諸島での最初の戦闘では、それを武器としてVA艦の特性を封殺し苦しめた。
だが今は、その当時とは異なり、その能力を敵艦VA源動基に適用させるための手段がない。
「提督っ! デシャルム提督っ!」
カミーユ・デシャルムが正規の乗組員から同行させたコレット・フォルタン少尉は、あおむけに倒れ伏した上官を助け起こそうとしていた。素人ではなく軍人としての教育と訓練を経た彼女の介護は適切なものだった。
「軍医と衛生兵、大至急で戦闘指揮所に! フォルタン少尉は、総合管制に戻って報告を。提督は私が預かる」
「はい、お願いします艦長っ!」
キザったらしい外見の操舵手や、屈強そうなプロボクサーを連想させる黒人の砲雷長がそれぞれの席で無事な姿を確かめると、ミランダはコレットを彼女の専任の操作卓に座らせ、代わって自身が倒れ伏した艦隊司令の介護に当たる。
「艦長、アルケミックチャージの維持に必要なエネルギーが足りません! 供給される分だけでは消費される分にまるで追い付きません! このままでは180秒後に防壁が消えますっ!」
コレットは報告しながら艦内の被害状況を把握し、それを言語化せずに情報として戦闘指揮所内の各員に伝達した。
直接、自身の身体に備わる機能でぞれを受信したミランダは適切な判断に同意し自分の名で復旧活動を促しつつ現状打破のために知恵を絞る。
「もって165秒……か」
アルケミックチャージによる防御幕が消失する時間を知って、ミランダはその光量子結晶頭脳をフル稼働させて生き延びる道を探る。
その間にも重力制御が不安定となった船体は大きく揺れる。
ミランダの思考はまとまらない。
かつてアメリカ合衆国戦略機甲軍所属の備品であった当時、同じVA艦どうしの戦闘で知った敗北のイメージが生々しく残っていた。
暗闇に赤い非常照明。
そして不規則な振動。
すべて、世界初のVA艦どうしの戦闘で敗北し、沈没する直前の再現だった。
『多少の傷は……まだ、へっちゃらですの。艦長さん、どうか、物怖じせずにやっちゃってください、ですの』
それは音声でもなければ、先刻の艦内の被害報告と対処についての通信とも異なり、誰かの思考そのものが直接、伝わってきたとしか思えないものだった。
当惑するミランダは自己診断を試みようとするが、未だ朦朧とした意識のデシャルムが目を薄く開く。
「この艦の……守護天使の声が聞こえたのなら……それはきみが真に艦長として認められた。そう思いたまえ。前世紀末……きみときみの船に苦しめられた時に……私にも聞こえたのだから」
「デシャルム提督っ!」
「……きみをこの艦の艦長に推薦したのは私だ……思うように、好きなように采配を振るうといいミランダくん」
軍医と衛生兵が到着し、ミランダはデシャルムを彼らに託す。 かつての仇敵からの言葉は彼女の心に不思議と染み入った。
思考がまとまる。
生き延びて、目的を果たすための方策がさだまった。
「機甲部隊キド大尉、動けるシルエットキャリバー全機、隔壁をぶち抜いて出撃! 被弾箇所を船体右区画ごと排除! その後はモルフェウス弾を手動で艦の上空に投擲!」
艦長からの鋭い命令に、戦闘指揮所とシルエットキャリバー格納庫内の緊張は一気に高まった。