断章『見えざる剣』22
来週は、ちょっとエッチな仕事をする都合がありまして、たぶん更新できないと思います。
2025年現在、シルエットキャリバーの標準的なサイズは25メートル。
いわゆる標準型だ。
第三次世界大戦で使用された機体の大半がこのサイズ前後だったこともあり、標準型とされている。
各種装備の実験や特殊用途を想定して40メートル級の機体も数少ないが配備されてはいる。
これはその名の通り大型のひとことで呼ばれる。
15メートル前後の機体は文字通りの小型だ。
これは戦後になってから開発と普及が進んでおり、いずれはこの小型こそが次世代においての新たな標準型になるであろうと予測されている。
フェザー・シュバリエは小型に分類されるシルエットキャリバーだ。
翼ある騎士というその名の通り、背中には天使の翼を連想させる展開型の翼を備えた西欧騎士の甲冑に似ている。
大戦後期に統合ユーロから分離独立した旧フランス海外領を中核とした新フランスことアヴェロワーニュ連邦では、この機体が主力シルエットキャリバーとして正式採用され今も運用が続いている。
展開翼の換装による用途に応じた装備転換の容易さと、母艦や所属基地の収容能力に優しいフェザーシュバリエは、前世紀末に、当時は統合ユーロ軍から離脱した私兵集団で運用された実験機のデータを参考に量産化されていた。
当然ながら量産化された制式タイプは実験機の不安定さや危険要素を排除した実用兵器として完成されている。
「――以上がわたしからのお願いです。たぶん、これが最後になると思います。100年近い間、本当にお世話になりました岩倉さん」
ミシェル・バーネット准将が乗り込んでいるそれこそは、かつて彼女がコスト度外視で造らせた最初のフェザー・シュバリエ。
装甲も展開翼も黒く、赤く明滅する頭部やあちこちのセンサーも禍々しい騎士が空を駆けていく。
ミシェルは一世紀近い連続した時間の中で知遇を得て、最後には信頼関係を構築した男に別れを告げると感傷を引きずるまいとして国会議事堂地下との通信を切った。
制式採用された量産タイプであればハードウェアの統合整理も進んで自動車操縦席程度の余裕はある。
だが無理矢理に各種機能を搭載したため狭小となったコクピット内で彼女は、ほとんど直立した状態となっている。
操縦・制御方法も左右の両手近くに申し訳程度に配置された小型のタイプライター状キーボードだけ。
彼女はそれを使って機体に直接機械語のコマンドを打ち込んでバッテリーの電力管理から戦闘機動の微調整までこなしている。
大戦集結時に、妹たちのプロトタイプとして秘密裏に製造されたヒューマニッカであると公式に認めたミシェルは、自分自身がその一部を提唱したアデリーランド条約の規定に従っている。
限定的とはいえ生身の身体を得たままでヒューマニッカとしての卓越した能力を発揮するためには、人間の助言者の同意が必要なのだ。
「そんなガラクタを引っ張り出してくるなんて、あなたもとうとう観念したのですね」
その女はミシェル・バーネットとは違った。
ヒューマニッカのふりをしているだけで形態など自在に変更が可能だ。
容姿はミシェルと酷似しているが、その能力には一切、制限など課せられていない。
乗っている機体もシルエットキャリバーの姿を真似ているだけの代物で、それは宮川ユウがイザナミを変質させて乗り込んだマグナキャリバーもどき――超越者が駆るアヴァタール。
「キクカさんを返してもらうわ……わたしの偽物」
ジュゼッペ・バルサモと名乗るアルハザードの支配下にあった九重タマモと境遇は近い。
だが、この復讐の女神気取りでいる超越者の飼い主はもっと危険だ。
古代トゥーレ文明を崩壊させたのは真の意味ではそれなのだ。
「ようやく……自分がたどってきた時と場の樹形図が……理解できそうよ、わたし」
東京上空。
蒼い輝きを放つ機体ががミシェル・バーネットを待ち受けていた。
制御を奪った複数の航空機に囲まれて立ちふさがるその敵は、かつての自分自身。
「この子をガラクタ呼ばわりするなんて……本当にあなたは……かつてのわたしは……大切な人や思い出を……塗り替えられてしまっているのね」
この世界ではミシェル・シャノワーヌと名乗っている超越者を相手に、ミシェル・バーネットはくやしそうにつぶやくのだった。




