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断章『見えざる剣』21

「戒厳令?」

「事実上、都内はそうなっている。現状に合わせて布告するに過ぎん」


外見だけは旧世紀のそれと似せて再建された国会議事堂――その地下深くに設置された臨時のシェルター内では召集が間に合った代議士と官僚たち、そして非公式ではあるが隠然とその勢力を保つ元老たちが善後策を検討していた。


「国防軍は? こんな時のための特異事象対策予算を執行したはずだ!」


国防族と揶揄されている軍需企業べったりの保守党議員が声高に机を叩く。


環太平洋合同軍(パシフィックス)の無用な介入なぞ拒否して、今こそ護国の鬼となって、あの黒い化物を撃つべし!」


本来の意味とは異なる利権団体としての極右団体と親しい無所属議員が賛同した。


「特定の思想や宗教は遠慮願いますが、国防軍はこういう場合のために存在するんですから、給料分は働いてもらいましょう。ただし戒厳令などというご都合主義は御免です。特異事象対処法に従って、粛々と対応させればいい」


かつて旧世紀においては軍事アレルギー漬けだった革新党も、降りかかる火の粉は払うべしといった論調で戦闘行動自体は了承している。


「納得できない! そもそも我が革命党はアデリーランド条約自体も改悪された軍国主義憲法も、それらに基づく軍事行動など一切認めないと言っている!」


第三次大戦を経て、かろうじて生き残った革命党は、第二次大戦後に台湾や日本に亡命と称し逃れてきた紅巾党に内部から蚕食(さんしょく)され、今では売国奴の巣窟と化している。

彼らはあくまで党是を主張し国防活動に反対するが、自分たちが政権獲得後は憲法よりも党と党規を上位に置くことですべての権力を統制するのが最終目標だ。


政権と官僚組織の腐敗を牽制し庶民生活を重視していた理想主義者たちからなる、まだ常識をわきまえた連中は、とっくの昔に革命党を離れ、革新党左派やその他の少数政党に鞍替えしている。


「だいたい、その老人はなぜここにいる! 元老などというのはすべて死に絶えた聞いているぞ!」


革命党の代議士は議場の端に杖をついて立つ和服の老人を指差した。

かなりの高齢――頭髪は薄くなり禿げ上がっているが、鷲鼻と鋭い眼光はなんらかの武道の達人めいた印象を与えている。


(わし)に言わせれば、そちらのような売国奴がこの場にいることこそ解せぬがな」

「なんだと、死にぞこないの老人が!」

「とはいえ死地に自ら踏み込んできた蛮勇だけは認めてやろう」

「ははっ、何を言うか。ここは地下のシェルターで、たとえVA兵器で攻撃を受けても直撃以外はこのくにでもっとも安全な――」

「逆じゃよ。ここは単に穴を掘って気密性を高くしてあるだけだ。先の大戦のように弾道弾でも飛んでくれば一巻の終わりとなる。民の信託を得てまつりごとに携わる者には、それなりの覚悟が必要と知れ」

「ひいいいいい~っ!」


老人の言葉に、議場に参じていた革命党の議員、そして彼らの勢力下にある一部の官僚たちも、口々にそれぞれ言い訳を垂れ流して議場から逃げ出していく。


「ふう……(わし)は連中が自爆テロでもヤリかねないと思っていたが杞憂だったようじゃな」

「岩倉(おう)、ご冗談はおやめください」


内閣総理大臣が冷や汗をハンカチでぬぐいながら老人の名を口にした。

岩倉トモチカ――昭和の怪物と呼ばれるこの男は公式には廃止された元老の名と権威を受け継ぐ最後のひとりだった。


(わし)は悪友の宮川ユウゴという男からキューバ危機の折に常在戦場という言葉を学んだ。まさしくこの身をもってな。冗談などではない。それはそうとして……この場に残った者に問おう。民草のためにおのれの命を捨てる覚悟なくば、この場より即刻立ち去れ。そのことを咎めはせぬ。ただし、枢機にあずかることは、まかりならぬ」


老人の言葉に議員たち、官僚たちは葛藤する。

確かに現状は国難といっていい災厄に見舞われているが、この難曲を打開するだけの材料もあるのだ。

その鍵のひとつは岩倉という老人が握っているし、彼の歓心を得られれば富も栄達も手に入る。


「打算からでも、かまわぬ。知恵ある者はそれをここで説くがいい。ただし、事は一刻を争う。それを忘れるでない」


そう言うと岩倉は懐から取り出した古臭い携帯電話を操作する。

議場の中央にある立体映像には首都圏と近郊の状況図が展開され、その中央には拡大を続ける黒い怪異が不気味に表示されていた。


老人のその端末に、キューバ危機の前後から旧知であるミシェル・バーネット准将からの連絡が入ったのは、その直後のことだった。

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