断章『見えざる剣』20
「父が超越者殺しであることは、この場における協力関係と何か関係があるとでも?」
守屋ヒビキの言葉に対して玖堂タマモは事も無げに質問を返した――少なくとも本人はそのつもりでいた。
だが田崎軍曹たち国防陸軍の男、そして守屋ヒビキにも、あ、この子すごく機嫌が悪くなった、というのが、わずかな声音の変化だけで理解できている。
ついさっきまでの気恥ずかしそうな仕草や言葉の端々にあったかわいらしさは影を潜め、嫌悪と拒絶を示すよそよそしさが隠し切れていない。
「するわよ」
守屋ヒビキは物怖じせず即答した。
「具体的に説明してください。内容次第では、ヒビキさんたちとの協力関係というものも解消するべきかもしれませんし」
「それはこっちも同じよ~? あ、もしかして自分は特別でスペシャルでものすごーく強いから、そう言えばあたしたちが必死になってご機嫌取りしてくれるとでも思っちゃったりした~?」
「っ!」
露骨な挑発だとはわかっていてもタマモは怒りを抑えられずヒビキをにらみつけてしまった。
女児向け変身アニメの主人公めいた装いのままの彼女を中心に周回する九つの宝石たちも、それに反応して空気を震わせながら戦意を示して輝きを増していく。
「そ、そういうのはもう、ずっと昔に……ハーメルン症候群が発症して、しばらくしてから……大事な人に指摘されて……自覚して、気を付けるようにしてはいるんです」
ギリギリのところでタマモは感情を抑制した。
ヒビキの挑発の意図がまるで読めなかったというのもあるが、この奇妙な空間からの脱出と元の2025年の西新宿に戻ってからの戦闘があることを考慮して無駄な力を使うことを避けたかった。
「あら、そうなんだ。怒って派手な攻撃とか仕掛けてくると思ったのに拍子抜け」
「わたしの実力を図るつもりで?」
「それはさっきもう見たから、どっちかって言うと、あんたの正体についての問題。玖堂タマモちゃんは……どういう前世の記憶に目覚めたのか、それもちらっとウワサで聞いてたから、敵か味方か、はっきりさせときたくてさ」
「……そういうことでしたか」
「聞いた話だと、大昔から輪廻転生を繰り返して悪さばっかりしてきた天空の女王……中国とか日本だと伝説の元ネタになってる……九尾のキツネってやつなんだよね、藤原さんが倒した超越者ってのは」
ヒビキの言葉からタマモは、相手が何を言いたいのかを察した。
「わたしの前世は……その九尾のキツネで……最初の名は天空の女王という超越者で……父と母の高校生時代には……九重タマモという名で接近し、秘められた力を取り込んで利用しようとした……そういうものです守屋中尉」
タマモは疲れた声で事実を告げた。
さすがに守屋ヒビキと部下たちもその告白に少なからぬ衝撃を受けているようだった。
「侵略の尖兵だった前世の持ち主が、気まぐれで前世の自分がやろうとしてたことの引き継ぎなんて始められても迷惑しちゃうし」
「だったら、わたしの名前に気付いた時点で、信用できないから離れろとでも言うべきでしたね。外に出るまでは協力しないかと提案したのは、あなたじゃないですか!」
「ええ、そうよ。情報は欲しかったし。あ、田崎さーん、あたしの予備のコート出してちょーだい。気休め程度のアルケミックチャージ済み繊維のコート」
「……へい」
かろうじて怒気を抑制するタマモと意味不明な挑発を続けるヒビキの意図を計りかねる田崎軍曹ではあったがその命令に従う。木下一等兵が背負っている大型の収納バックから、手早くヒビキのコートを取り出して手渡す。
「汚らしいタイプBの敵性動物なんかの人間ごっこに付き合う必要はなくなったから、もうどっかに行ってよね。人間の赤ちゃんに取り憑いて身体を乗っ取った大昔の化物ちゃん」
「っ~!」
タマモの怒気に呼応して九つの宝玉のひとつがヒビキめがけて突進する。
とっさに田崎がその間に割って入ろうとしたが、ヒビキ腕を振るってその動きを制した。
「……ご希望通りにこの場を離れます。あとはどうぞご勝手に!」
兵器であり愛玩動物でもある存在として造られた出自を持つ天空の女王が古代トゥーレ文明の頃に受けた嘲笑と屈辱の記憶が、タマモの心を憎悪に染め上げていた。だが、理不尽な処遇に対して勢い任せに感情のまま力を放つことはなかった。
「わたしのお父さんとお母さんに感謝してくださいっ!」
九重タマモであれば、そして黄玉鈴という前世の自分であったなら、間違いなく目の前の兵士たちを八つ裂きにして殺していた。でも、人として生きることを赤い髪の少年に誓い、両親に受け入れられた玖堂タマモは怒りの激情に流されることを良しとはしなかった。
「もちろん、感謝してるわ。というか、あのイズミと組んでくれたってだけで、あなた自身にも感謝はしてるんだけどね」
「え?」
守屋ヒビキの言葉には脈絡がない。
そもそもさっきからの不快な挑発にはどういう意味があるのか。
タマモがその答えを導き出す前に、ヒビキは田崎から受け取ったコートを、ばさりと投げつけた。
宝玉のひとつを覆い隠したそれはたちまち焼け焦げてしまうが、ヒビキにとってはそのわずかなタイムラグだけで充分だった。
「つかまえ……た!」
ヒビキは野球のボール大のそれを右手の皮膚と肉を焦がしながら握り締めて叫ぶ。
「いにしえの大いなる御霊よ、我が名のもとにまどろむがいい!」
その瞬間、タマモは自分の心臓を針で突かれたような錯覚をおぼえて震えた。
するとヒビキの握ったそれも含めて九つの宝玉は空気に溶けるように消えていく。
「あ……え……ど、どうして……?」
高次元波動変換想衣もまた、半透明の光になって薄れてしまう。
「あたしの切り札なのよねー、これ。一回限りにはなるけど、どんな古代兵器でも強制的に割り込んで好きにできちゃう〈天戸開き〉」
自慢げに言いながらもヒビキの右手は重度の火傷でむごたらしい見た目になっている。
「なんで……こんな……こと」
霊結晶そのものに、イメージした外装をまとわせて効率的に力を増幅し行使する高次元波動変換想衣の装備を解除されてしまったタマモは、上品そうな白い下着姿になってしまい、力なく地面にひざを着いてしまった。
「そんな物騒な装備を展開しっぱなしであんたに早死にされたら、あたしたちが生きてここから逃げ出せる確率が下がるからよ」
顔をしかめながら右手の手当を部下に任せる守屋ヒビキの声も、茫然自失となった今のたタマモには届いてはいなかった。




