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断章『見えざる剣』18

環太平洋合同軍(パシフィックス)は加盟国の要請を受けることで初めて能動的な戦闘行動を取る。

緊急避難的な戦闘こそ容認されてはいるが、あくまでそれは例外中の例外でしかない。


「つまり貴官らはこう言いたいのだな。首都圏の中枢が大戦末期のヴォストーク湖周辺と同様に変異領域(ゾーン)と化してしまうのを黙って見過ごせと」


市ヶ谷の旧防衛省施設――2025年現在は日本国の国防省となっている地下施設の会議室。

加盟国への査察権限まで持ち出して強引に対策会議に入り込んだキド大尉は、協力を拒む日本国国防軍の姿勢に舌打ちしていた。


環太平洋合同軍(パシフィックス)は緊急事態に備えた互助組織というのがアデリーランド条約の趣旨だと記憶している。海洋連合は、いつから旧合衆国のように世界の警察を気取るようになったのかね?」


日本国防省の環太平洋合同軍(パシフィックス)担当官は大物ぶった態度でそう言った。

年齢こそ50歳代の将官ではあるが、年若くても老練だった前任者に比べると大言壮語ばかりが目立つ小物だというキド大尉の印象がますます強まった。


「皮肉や嫌味を続けるつもりなら最後まで私が言ってやろう。応酬を続けるのは時間の無駄でしかないからな。貴官らの結論はこうだ。我が日本国はもうアメリカという宗主国に従う植民地ではない、いつまでもご主人様気取りはやめていただきたい、だろう」


戦前、この国は名目だけの独立国であり、実質的にはアメリカ合衆国に追従するだけの植民地だった。

国家の運営を担う官僚たちや旧自衛隊の高官でさえ、日本政府にではなくアメリカに対して忠誠を尽くすことが最善だと盲信した言動に終始していたのだ。


「貴国アメリカ海洋連合は旧合衆国が消失した今現在、その継承国家だ。となれば、かつて我々が受けた裏切りを忘れて行動の自由を許すわけにはゆくまいよ」

「大戦を誘発した弾道弾による攻撃は旧合衆国の意思ではない!」


当時の日本人のアメリカという尊大な主人への依存は、首都圏に打ち込まれた数発の弾道弾と、突如敵対行動を起こした各駐留基地の先進兵器群の暴走という悪夢で断ち切られた。


「メサイア・プランなる秘密結社による策謀という説か。輪廻転生する異能者たち? 古代トゥーレ文明からの時空を超えた干渉? バカバカしい。ハーメルン症候群は異能の覚醒に伴う多重人格症に過ぎないと聞く。カルト宗教の教義めいた陰謀論をこのような場で耳にするとは思わなかった」

「失礼だが新興国である貴国とは違って、我が国には伝統に根ざした大いなる力とその担い手が存在するのですよ」


上官に媚びへつらうその将校たちは総じて40歳代後半以降の軍人だ。

単にその世代だからという理由でキド大尉は彼らを嫌悪しているのではない。

大戦中は私利私欲のままに暴走したあげく、その末期に風見鶏よろしく現体制に尻尾を振った彼ら守旧派の軍人たちが不快だった。


「大いなる力を振るう姫君と彼女の協力者については理解している」


そう答えたキド大尉に対して、顔見知りの若手将校たちは申し訳無さそうな表情で、会釈とも取れるように首を動かす。


「何度も言うが私はアメリカ海洋連合の国民である以前に今は、環太平洋合同軍(パシフィックス)の軍人だ! 加盟する国々の人たちを脅威から!」

「先進兵器群……特にシルエットキャリバーの実験や運用の場として、安定化寸前の変異領域(ゾーン)利用したいのだと正直に言えばどうかねキド大尉?」

「そんな余裕があるものか。あなたがたとは別の意味で、私も住み慣れた土地を失う悲しみを体験している。そもそも――」


大戦よりも以前に、危険性を承知の上で古代トゥーレからの干渉を促進するような発電施設を国土のあちこちに設置したのはそちらの前任者どもだろうに、と毒づきそうな自分をキド大尉はなんとかこらえることができた。


「田口閣下、藤原氏からの連絡が入りました」


副官らしき男が装飾性を重視した受話器を運んできてその将官に手渡す。

田口中将はキド大尉の視線を意識していた。

世界で唯一の超越者(オーバーロード)殺しであり特異事象全般のスペシャリストである藤原ヒロミとの関係を自慢する意図は明らかだった。


「ああ、藤原くん。状況は理解していると思うが、こちらが手配した通りに移動を完了したならばすぐにでも対応を――な、なにいッ? 要請を拒否するだとォ!」


横柄な口調だった田口は途中で滑稽なまでに驚いて叫ぶ。


「き、きみには日本国の国民として国に尽くす、政府の温情に報いるという報国の志がないのかね? 古い言葉ではそういった不遜(ふそん)(やから)を非国民というのだよ?」


愛国心を持ち出して他人を死地に追いやる手合は時代も国も異なれど同じような俗物か、とキド大尉は若い頃の自分に強いられた状況を思い出した。

そうした場合、田口中将のような男が持ち出すのは、戦地に追いやられる者の家族の身の安全だ。


「なるほど、藤原くんは英雄視されてもいるしその力は誰もが認めるところだ。しかし日野市の方には家族がいるのだろう? 危険思想の持ち主だと知れば、愛国の志に燃える烈士が思いもよらぬ凶行に出る危険性を知るべきだ。たとえ超人的な力の持ち主であっても、常に奥さんや幼い子供と行動を共にするような真似はできまいて――」


明確な自分の干渉を注意深く避けて脅迫を続けようとした田口だったが、電話の相手からの言葉に苦々しい表情を作ると、受話器をキド大尉に向けて突き出した。


「キド大尉……藤原氏が貴官と話をしたいそうだ」

「脅迫はもうよろしいので?」

「何を言うか。小官はあくまで藤原氏のご家族に危険が及ばぬように注意喚起をさせていただいたに過ぎぬよ。言葉を慎みたまえ。同胞の血を引くとはいえ……しょせんは純血ではない混じり者が」

「ああ藤原、私だ。手間を掛けさせて済まない。なあに気にするな。戦争屋気取りのエセ愛国者の相手をするのは慣れている。告発されるタイミングが近いのを悟っての最後のあがきだろうさ」


キド大尉の軽口に田口中将以下の国防軍将校の半数が顔色を変えた。


「……了解した。事後処理は任せておけ。片付いたら一杯おごってもらう程度は覚悟しろよ」


友人どうしの気安さで通話を終えるとキド大尉は受話器をテーブルに置いて席を立つ。


「キド大尉! どうやら我々の間には非常に大きな誤解があるようだ。どうだね、この件が落ち着いてから神楽坂の料亭にでも――」


田口中将以下の将校たちが下卑た笑みで呼び止めるがキド大尉は振り返らず出口に向かう。


「誤解? 我々はあなたがたの不正と越権行為は正しく認識しておりますとも。日本語では……そうそう首を洗って待っていろ、という表現が適切でしたか。ハラキリでもされるとあなたがたへの評価も少し変わるのですが、前線から逃げ続けた臆病者には無理なことでしょう。では失礼」


そう言い終えた直後、キド大尉は田口中将が拳銃を取り出して安全装置を解除する音を聞いた。


「キド大尉っ! 我々国防軍の愛国派を愚弄する言葉を撤回しろ! 貴様が不正と称する記録すべてをこの場で開示して抹消しろっ!」


不承不承、上官に付き従っていた若手将校たちは田口中将の暴挙を止めようとするが遅かった。


「は?」


田口は確かに拳銃の引き金を動かしてキド大尉の胴体を撃った……そのつもりだった。

だが現実には彼の右腕は手首の先から鋭い断面を残して拳銃ごと切断され床に落ちている。


「わ、わしの腕がぁあああああっ!」


田口中将は肥満した身体をぶざまにのたうち回らせて転がり続ける。

派手な出血はその場にいる者たちをパニック状態に陥れた。


キド大尉と、そしてこれまでは気配も姿も隠していたもうひとりを除いては。


「ねえねえ、おじさん。それ、早く血止めした方がいーよ?」


キド大尉と背中を突き合わせるように立つ小柄な少女が言った。

玖堂タマモと同じ古風なデザインのセーラー服姿だが、見た目は童女といっていいほど幼い。

混乱する国防軍の将校たちは彼女に座敷童という妖怪のイメージを抱いた。


「……玖堂(くどう)の心労というのが少しだけ理解できたような気がするよ」

「なになに? 大尉それ、あたしをほめてるってことかなー?」

「減給する口実をもらったというだけだ。さて、そろそろ本来の務めに戻ってもらうぞ、守屋」

「はーい♪」


右手に重たそうな両刃の斧を握る守屋イズミは、まるでこれから遊びにでも出かけるような雰囲気で任務上の指令役に返事をするのだった。

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