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断章『見えざる剣』17

タマモは2025年に属する自分の知識の範囲内で新宿駅の西側に発生した特異事象について説明をすることで、守屋ヒビキとその部下たちの情報を交換した。


「あたしたちの主観からすると変異領域(ゾーン)に突入してからは50時間経過ってところよ」


あまりおいしそうには見えないエナジーバー状の携行食料をかじりながらヒビキが言った。


「どうりで、なつかしいヒーリング戦士のミラクルドレスだったわけだ。最初は5年後の新シリーズのかと思ったぜ」


どこから見ても強面(こわもて)のヤクザにしか見えない巨漢の中年男が、うんうんと納得したようにうなずきながらタマモの服装に感心していた。


「今もやってるみたいですけど……わたし、いそがしくてたまにしか見てないので、あんまり説明できません。ごめんなさい田崎軍曹」


タマモは基本的にもう自分から娯楽作品を楽しむようなことはなくなっている。

イサミや家族に付き合ってテレビの前に座るのが例外というだけだ。


「なあに、シリーズ中でも名作だからな。タマモちゃんやヒビキねえさんの妹さんがミラクル変身セットを欲しがるってのも納得ってだけだ。あ、上手いこと外に戻ったらタマモちゃんに頼みがある」

「これ、一応はアデリーランド条約スレスレだと父が言っていましたので写真撮影はやめてください」


両親の旧友でもある女性マンガ家と同様の興奮と感激の視線を察したタマモは機先を制して写真撮影を断りながら向きを変えて照れた表情を隠した。


「軍曹~撮影禁止ってタマモちゃんが言ったんスから隠し撮りはダメっすよ~?」


癖っ毛が目立つ細身の青年、河合一等兵が茶化す。

彼は背中に自分の身長以上の装備を背負っているのだが、疲労をこらえている気配は微塵もない。


「するかよ。オタクの風上にもおけない真似はやらねえってのが俺の信条よ」

「父と母の友人もそう言っていましたので信用させてください」


タマモはつい、視線を避けて向きを変えたままなのに、軽く会釈してしまった。

それを見て、守屋ヒビキが微笑する。


「うるせえぞ。メシぐらい静かに喰わせろ」


迷惑そうに文句を言ってから水筒をあおった中肉中背の日に焼けた男は不機嫌そうだった。

木下二等兵は入隊して日が浅く最年少だが、最もこの中では愛想が悪い。


「またまた~キイちゃんってば、タマモちゃんが美少女でもろにタイプって感じだから、素っ気なくクールで有能な俺って感じに演出しちゃってー♪」


ヒビキにからかわれても木下は反応せず、もぐもぐとエナジーバーをかじる。


「その子、中学1年生なら犯罪じゃないですか。だいたい俺はちゃんと彼女いるから、そういうのもう、やめてもらいたい」

「わたしも心に決めた人がいますし、父と母からも男の人とのおつきあいは禁止しないがまずは紹介するようにとしつけられていますので」

「ふたりとも、ムキになっちゃって、かわいいんだからー♪」


どうにも調子を狂わせられてばかりの守屋イズミのことを知るタマモとしては、姉のヒビキは生き写しというか成長後の将来の姿を想像させられてしまう。


「話を戻しましょう。みなさんは5年前に、福島県旧大倉町のSTセル発電所跡地に発生した変異領域(ゾーン)調査に出向いたところで部隊とはぐれて……この旧世紀の新宿に似た空間に迷い込んだ……そういう認識で合っているでしょうか?」


ほどほどの息抜きにはなったが、ルードヴィヒ・プリンの動向もわからないままで弛緩したままではいけないとタマモは姿勢を正して強引に話題を切り替えようとする。


「せいかーい」

「……守屋さん!」


守屋イズミに対してそう答えてしまうのと同じように、タマモはイラっとした感情を隠さずたしなめる。


「じゃあ、こっちも質問。脱出するまではギブアンドテイクなんだし、いいでしょ?」

「そうでしたね……でしたら、どうぞなるべく手短に」

殯宮守(もがりのみやもり)の関係者で伝承院様のお弟子さんだそうだけど……玖堂ってのはもう断絶した家だから、お守りにもらった名字と名前でしょ?」

「はい」

「ウワサっで、ちらっと聞いたことあんのよね。タマちゃん、あんたさ――」

「……妹さんにも言いましたが、ぞんざいにそう呼ばれるのはとても不愉快です!」


馴れ馴れしく親しみを込めてそう自分を呼んでもいい相手は限られているのだとタマモは考えている。

だからこそ、その怒りを表明するように、彼女の周囲を回遊する九つの宝玉の動きが加速した。


「世界で唯一の超越者(オーバーロード)殺し……藤原ヒロミって人の娘さん、なんでしょ?」


タマモの怒気に臆さずヒビキは最後まで言い切った。

小隊長代理は平静を保ったままだったが、田崎軍曹以下の陸兵たちは緊張した。

それは彼ら特殊能力を誇り、屈強な兵として鍛えられた男たちにとっても、畏怖すべき存在の名のゆえにだった。

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