断章『見えざる剣』15
かつて存在した西新宿の高層ビル群は第三次大戦当時の爆撃で破壊されていたが、観光目的から可能な限り往時の環境を再現しようとした戦後の再建策で、見た目は前世紀末に近しい姿を取り戻している。
その地下に存在する圧縮された広大な異空間は、かつて宮川ユウという早熟な異能者を守り、そして未来の知識を持つ彼を隔離する檻としても機能していた。
2025年という観点からすれぱ最初期のハーメルン症候群の発症者であった彼は、祖父である宮川ユウゴに由来するコネクションをたどって、この国に太古から連綿と息づく祭祀たちの集団――殯宮守たちと接触し、交渉する機会を得た。
宮川ユウが提供したのは殯宮守とこの国が来る第三次大戦で生き延びて存在を保つための知識と行動指針の案。
殯宮守が対価として与えたのは広大な地底の異空間での居住と、先天的な心疾患のある彼に延命策としての呪法を施し続けること。
〈イザナミ〉という名で封じられて眠り続ける古代兵器の解析と復元は、宮川ユウにとっては時間潰しの手慰みであり、それによって得られた情報はシルエットキャリバーという新世代の兵器の国産化にとって貴重なデータとなっている。
1962年前後には、当時の伝承院・殯宮菊花がこの〈イザナミ〉を介して秘術を用いることで〈天狼機〉と〈獅子王機〉というシルエットキャリバーの原型となった機体をもたらしている。
当時の伝承院はみずからの配下にして祭祀のためには供犠としての死を求める殯宮守たちに対しては秘術も機体の情報も与えなかった。
殯宮守を構成する者たちは米ソ冷戦の中で革新を続けて更新されていく異能の力に順応せんとして、近代化を図っていた。
だが彼らの祭祀王にして、いけにえの供物たる姫君は、ごく少数の限られた少年少女たちに、奇跡の一端を示すだけに留めたのだ、
その理由は――
「VA兵器がある程度普及して、12隻のVA源動基が活性化している状態で第三次世界大戦が勃発する必要がある……それが、先代のわたくし――時の果ての世界で悲嘆に暮れていた別のわたくし――と、ミシェルさんが導き出した、彼を1999年のあの時空連続体に招く前提だと……そういう風に、うかがいましてよ」
殊勲艦ではあるが、もはや近代改装も不可能として、戦力的には機体されることもなくなったマリー・アントワネットのVA源動基。
その高次元波動励起結晶の内部に宿る意思は、彼女を補佐する役目を帯びた非有機型の自立知性体シャルルマーニュとの語らいを続けながら、高く飛翔していく黒い翼のシルエットキャリバーを見上げた。
宮川イサミと玖堂タマモ。
その両親たちと共に短い間だが学生としての生活を過ごした少女、一文字キクカの心は、未だ彼女の認識でさえも明瞭とはなっていない世界と世界のもつれ合った結びつきを、みずからも噛み砕いて理解しようと努めているかのように、ゆっくりと、優しく、語り続けるのだった。




