断章『見えざる剣』13
白い僧服の男カインが疾走していくのを追尾する玖堂タマモだったが、漠然と予感していた危険は、新宿駅西口前に差し掛かったあたりで現実のものとなって視界に入った。
「あの場所には……この国で奉じられる異教の女神の名で縛った大悪霊が封じられていると聞く」
パチンコ屋前の自動販売機にコインを投入したカインは果汁入り炭酸ジュースのボトルが落ちてくると、それを実にうまそうに飲んで、のどをうるおす。
「ええ、そうよ。わたしの母方のおじが、若い頃に何かやらかしたらしいとだけ聞いたわ」
もはや警察の手に余る大きさに成長した黒い怪異に対して、人々は先を争ってなるべく遠くへ逃げようとしていた。
妨害装置の発動やシェルターの開放、避難誘導アナウンス音声も政府広報としてスピーカーから流されているが、かえってそれは人々の不安を増幅していた。濁流のような人の流れの中で、カインとタマモが立つ自動販売機前だけは奇跡的に空間の広がりがある。
「こうなってしまっては、友人の救出よりも自己保身の方が大事になりそうだ。下手をすると、あれと戦って世界を救えだなんて言われかねない」
「そうですか。話に聞くキリストを刺殺した槍やら死体を包んだ布といった聖遺物に宿る神秘の力で戦うのかとばかり思っていました」
あまり興味が無さそうに受け応えながらタマモはスマートフォンを取り出す。
もう通常回線どころか軍事用の回線ですら通信が途絶していることは知った上でだ。
「ほう……そういう使い方は便利そうですね」
タマモは胸元に手を差し込むと、一枚の呪符を新たに取り出す。
それは、スマートフォンの表面にぴたりと張り付くと淡く光ってから同化していき溶けていった。
「もしもし伝承院様? わたし……玖堂タマモです」
タマモは心霊的なアプローチで電話回線が通じているのだと現実を歪めてしまうことで、一文字流符法の師である一文字キクカとの通話を成立させた。
『状況は理解しておりますわ。もうじき、そちらに頼もしい助っ人さんが着きますから、タマモさんはそのままそこで……待機できるような子ではありませんものね』
横須賀に寄港中のマリー・アントワネット中枢VA源動基そのものとなっている今のキクカは、愛弟子の正確と彼女の弟への偏愛じみたところは認識できていた。
「お気に召されないようでしたら破門でもなんでもしてください。イサミを助け出すためになら……わたしはあらゆる手段を試してみるつもりです」
電話の向こうにいる相手にそれを伝えたタマモの強い決意は表情にも表れていた。
もし、最初に交戦した時点での彼女に、ここまで覚悟があったのなら、最悪の可能性として自分は討ち取られていたかもしれないな、と番外である13人めの聖堂騎士は思った。




