五章『ソードマスター・シルエット』2
水上に建つコテージに置かれたデッキチェアーにカミーユ・デシャルムという老人が横たわっている。
水着姿にアロハシャツ、そしてサングラスといういかにもな姿だが鍛え抜かれた身体だというのは一目瞭然。
傍らのテーブルには良く冷えたカクテルグラスがあり、南国のリゾート地らしい雰囲気を形作っていた。
フランス領ポリネシアの著名な観光地であるボラボラ島においては、特に珍しくもない風景ではあるが、彼の経歴と公的身分が存在を特殊なものにしている。
「……私は夢でも見ているのかね、かわいらしいお嬢さん」
デシャルムは口にしていた葉巻を右手で持ち、煙を吐いてから言った。
「世捨て人気取りで飲んだくれているより、刺激的な経験になることだけは保証しますよ。デシャルム准将」
露骨に葉巻の煙を嫌悪する表情で腕を払い、軍服姿の少女が言った。
その背丈は極端に低く、デシャルムからすれば小学校に通う孫娘と大差ない。
だが、その瞳に宿る老成した何かはデシャルムを警戒させた。
「私にヨーロッパ統合という理想に反逆する罪人になれ、きみはそう言うのだな?」
「いいえ、大罪人です。閣下は人類の恒久平和と秩序のために用意された最新鋭のVA艦を奪取し、全世界に宣戦布告するのですから」
「正気とは思えない。そんなことをして何の意味がある?」
「我々が、造物主気取りのエセ超越者のオモチャではないと証明するためです。それとあと、わたしの恋人の復讐も兼ねています」
「つまり、私情からの行動だと?」
「はい。結果としては第三次世界大戦での人類の総死亡者数は減少するでしょうが、別にそれが目的ではありませんから」
「昔、似たようなセリフをほざいた友人がいたな。アヤト・オオクボという日本人の男で、ひどい下戸だった」
「閣下の身辺はその大久保ハヤトが警護します。当代のハヤトからは、初代への借りを返してもらう、との伝言を預かっています」
「きみの名は?」
「ミシェル・バーネットです。ちなみに軍歴は本物ですよ閣下」
これが、カミーユ・デシャルムにとって第三次世界大戦を共に戦い抜く自律型知性体の少女ミシェルとの出会いだった――
カミーユ・デシャルムは死に際の走馬燈というやつだな、と、この回想が幻影である事を自覚していた。