断章『見えざる剣』11
ぼくはこの先に何があるか知っている。
宮川イサミはユイリンと手をつないでその地下通路を走りながら、自分のものではないはずなのに自然と脳裏に浮かび上がる前世の知識を認識していた。
漆黒の泥濘とも言うべき怪異に追われてきたラネブ・テクフールとミシュレット・バーネットは、新宿中央公園に設置された古い地下シェルターへの入り口を示し、イサミを含むその場に居合わせた人々は二人に誘導される形でその地下通路へ避難している最中だった。
マグナキャリバー。
古代トゥーレ文明の精髄ともいうべき12とひとつの拠点の要でもあった高次元波動励起結晶。
それを中核とする最終兵器。
その不完全な複製がこの通路の行き着く先には封印されている。
2025年という現在からは過去となる1999年当時において、宮川ユウという男児が再構築を試みた果てに失敗し、封印することしかできなかった代物だ。
宮川ユウにとっての祖父、宮川イサミにとっての曽祖父となる宮川ユウゴが1962年に駆ったシルエットキャリバーの原型は天狼機といい、こちらは機能を限定することで部分的復元が成功した例。
1999年にイシスが持ち出し、マーズ・フォリナーと一体化した獅子王機と天狼機は兄弟姉妹の関係にある。
どちらもマグナキャリバーの能力を限定的な戦闘兵器として復元したことで、使い手が御せるだけの存在となっている。
だがこれらの複製の原型となった産まれかけのマグナキャリバーは――伝承院を奉じるこの国の古来からの者たちがイザナミと呼ぶそれは使い手を選ぶのだ。
お母さんがお姉ちゃんだった時に……ぼくは最後にはどうなって死んだんだっけ?
ユイリンの手が温かい。
それは姉や母のものと同じように、ごく親しい間柄であるゆえの共感――愛情であり、自我としては未だ幼児のイサミには頼りになる相手であり、時には自分が相手の頼りになる必要がある大切な存在だ。
「あなたは……誰を守るの?」
不意にイサミは視界が真っ白な世界に代わる。
ユイリンではなく別の誰かの手を握っていることに気付く。
「お姉さん、だれ?」
白いドレスをまとった美しい乙女。
その顔に獣人種たるしるしのキツネ耳と、足元まで伸びたふさふさの尻尾。
「あなたは忘れてしまうのでしょうけれど、わたしはサロメというのよ。大久保ハヤト」
「ぼくはイサミだよ。宮川イサミっていうんだ」
「ええ、教わったから知っているわ。あなた自身の可能性のひとりから」
彼女の存在が自分にとって、どれだけ重要となるのかを知らない男児でしかないイサミは、ただ単にきれいな女の人だと思い、無防備に近付いていった。




