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断章『見えざる剣』10

ちょっと時間が浮いたので短いですが更新します。

最近、寝泊まりする場所で小説を書く時間がなかなか確保できないので、書ける時に少しずつでも。

新宿区のある地点で急激に活性化した〈年代記(クロニクル・)収穫者〉(ハーヴェスターズ)を認識したことで、東京都24区の治安機関や軍は一挙にあわただしくなった。


先の大戦を集結させるにあたり多大な貢献を果たしたVA艦マリー・アントワネットはこの時、軍港である横須賀に停泊していた。


「デシャルム提督、どうやらお別れの時が来たようです」


甲板に置いたデッキチェアーに座り、パイプたばこをたしなんでいた老人の前でミシェル・バーネットは海軍式の敬礼をする。


「いつぞや言っていた長い旅というやつに出るのだねミシェルくん」


カミーユ・デシャルムはすでに、1999年から2025年までの時間の大半を共有してきた戦友からは彼女の真の出自と目的、そして使命について説明を受けていた。


「はい。次にわたしがこの時空連続体に戻ってきた時に、提督がお元気だといいのですが」

「我々にとっては実時間として十数年。だが、無数に枝分かれする時空連続体を進んでは戻るきみにとっては数倍、数十倍、あるいはもっと……か」

「それがわたしのつぐないであり、務めですから」

「私があと50年、いや30年は若ければ、ミシェルくんを口説いて離さないと断言できるのだが」

「それはあきらめてください。わたしの恋人は唯一無二ですので」

「美しい女性を口説くのは男の務めなのだよ。あいさつのようなものさ。さて、あいさつが終わったところで餞別だ。受け取りたまえ」


デシャルムが放り投げたのは角砂糖のようなサイズと形の透明な立方体だった。

少女の身体には不釣り合いな白銀のハードケースを左肩に吊り下げて不自由そうなミシェルは、なんとかバランスを保ったまま手を伸ばし、それを受け取って見つめる。


()()()()フェザー・シュバリエの起動鍵キイ! よろしいんですか?」


ミシェルが言ったそれは、西暦2000年のボストーク基地での最終決戦時に彼女が搭乗したシルエットキャリバーの機体名だった。


マリー・アントワネット建造のついでに開発予算を確保して製作した試作実験機であったそれも、今現在では、より性能が向上・安定化された量産モデルが普及している。


「名目上は、普及型VA源動基からのエネルギー伝達式に動力を換装した上で演習時の標的として破壊した……ということになっている」


「ボストークでの戦闘後、戦闘記録だけ吸い出して破棄されたとばかり」


「知り合いに、やり手の故買屋がいてね。いずれ必要になるはずだと言うので、廃棄名目で鉄くずとしてオーストラリアに売り飛ばしておいたのだよ」

「エワルド財団のあの人ですか。できればあまり、借りを作りたくは無かったのですが……今は感謝しておきます」

「民間人の金持ちが趣味で外装も含めてそっくりに組み上げたレプリカ、という設定などが適当だろう。もちろん機能はあの当時と同等だから、生きたVA源動基でもあるミシェルくんが乗れば、限りなくマグナキャリバーに近いシルエットキャリバーとなってくれる」

「たったの180秒だけですが……それだけあれば、なんとかなるでしょう」


暗雲が立ち込めている空を見上げてミシェルが言う。


「預かったそのKGMを託されるのは……我々が知る大久保ハヤトという少年なのかね? しかし彼は――まだここでは宮川イサミという小学生なのだろう?」

「いえ、彼の肉親で……玖堂タマモといえば、おわかりでしょうか」

「無論だとも。閑職に甘んじてこそいるが目と耳はまだ現役のままなのだから」

「わたしが去ってからは……少なくとも提督がご存命の間だけでも、彼女の力になっていただけると助かります」

「他ならぬミシェルくんの頼みであり、共通の戦友であるハヤトくんの姉だ。安心したまえ」

「ありがとうございます。それでは――」

「待ちたまえ。最後に一言。私は……きみを自分にできた最後の娘のように……いつしかそう思うようになっていた。きみの旅路の果てにやすらぎがあらんことを心から祈るよミシェルくん」

「わたしも……人間に生まれて口やかましくて頑固な父親がいたら……きっとそれは、あなたのような人なんだろうなと……思っていました。お元気で、デシャルム艦長」


ミシェルは老人の握るパイプを取り上げると、その手の甲に顔を寄せてキスした。

今現在の役職に沿った提督、ではなく、馴染み深い艦長、という役職名でそう呼んだ。


「休暇は終わったということか。では戦支度を始めようかミシェルくん」


はい、という副官の当たり前のような言葉は返ってはこない。

ミシェルの姿はもう甲板の上にはなかった。


そういえばパイプの煙をくゆらせていて文句を何ひとつ言われなかったのは、長い付き合いの中でもこれが最初で最後なのか、とデシャルムは苦笑した。


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