断章『見えざる剣』6
少なめですが、年末進行という難敵の目を盗むのが大変難しく――
「私にも務めがあるのでね、先を急がせてもらいますよ」
カインは胸に掛けていた十字架を右手で引きちぎって力強く握り締めた。
同時に中空を駆け抜けていき、あえてタマモの真横を通過しようとする。
「敵対者とみなすわ」
呪符が変化した木刀でタマモはカインに切りかかった。
霊波動を流し込まれアルケミックチャージされたそれは神父服のみぞおちに突き刺さるはずだったが、天尽夢想流の剣理に則った完璧な突きは逆手に持った黒い十字架――まるで短剣のように使われたそれ――により、防がれてしまう。
「ッ?」
タマモは相手の技量を見誤っていた自分を恥じる。
下手に動けなかった。
「あの人やお父さんと……同じ?」
剣を引いて後退するのもさらに強く力で押し切ろうとしても、その行動すべてがカインによる反撃を誘い自分が大きくダメージを受けてしまう可能性しか予測できないのだ。
「自由時間であったなら、あなたの真の実力とやらはこんなものではありませんよね、とでも言って挑発してから一戦交えたいところですが……何度も言うように先を急いでいます。危機がに瀕している友人を助けたいのですが通してもらえませんか?」
「あなたは何者?」
戦意が無いのはもうタマモにも理解できた。
だがカインの霊波動はひどく受動的であり安定しているのだ。
タマモと接敵してから一切、乱れがない。
これに近い状態の異能者あるいは剣客を彼女は2人だけ知っている。
ひとりは、九重タマモとして接した前世の自分の死に際に、超越者の呪縛から解放してくれた父・藤原ヒロミ。
もうひとりは今の生で五歳児だった頃に、やはり超越者の干渉から解放してくれた赤い髪で黒い学生服の少年――大久保ハヤト。
単なる戦闘能力と定義するには危険な力の使い手に共通する静けさと隠された凄みのような何かをタマモは皮膚にチリチリ吹き付けてくる危機感として受け取っていた。
「もう名乗りましたがカイン・エピファネスという神父ですよ。妙ですね、あなたが前世すべてを認識しているのなら、私のことも記憶しているはずでしょうに」
「そうすることが必要な場合は前世のわたしたちに問いかけはするわ。でも勝手に前世の誰かの記憶をのぞいたりしない。だってここに生きているのは玖堂タマモというわたしだもの」
「……失礼したようだお嬢さん。重ねて言うが先を急いでいる。通っていいね?」
「わたしにあなたを押し留める力はないわ。できるのは、せいぜい追跡してその動向を監視することだけでしょうね」
タマモは木刀を引いて自身も軽く跳躍しつつ交代して間合いを取った。
カインが反撃することはなかったが、タマモはまだ彼がその気になれば自分を瞬殺できるであろう間合いにあるのを察して警戒を解けない。
「感謝する。今生のキツネどのとは美味い葡萄酒を酌み交わせそうで楽しみですよ。はははは!」




