七章『北極ギツネはアデリーペンギンの夢をみる』23
「愚問だな大久保ハヤト。ぼくから死ぬ経緯を教わって、それをヒントにして起死回生を図るつもりかい?」
アヴァタールのコクピット内でアレス――かつて宮川ユウという五歳児であった意志が嘲笑う。
「いいや。あんたが俺を前世として思い出したってなら、メチャクチャ矛盾があるような気がするんでね」
ハヤトは深傷ではあったが、マーズ・フォリナーの自己修復術式が機体に作用するとそれが彼の肉体にも反映て出血は止まっていた。
ただし、それはあくまで一時的な応急措置に過ぎない。
古代トゥーレ文明において絶対的な存在であったマグナキャリバーといえども、現代の人類はそのすべての能力を解析できているわけではないのだ。
自己修復の許容限界を超えて損傷してしまえば、不完全活性化状態にあるVA源動基からのエネルギー供給は停止し、完全同調者たるハヤトの生命も朽ちる。
深傷を負ったこの状態は、その一歩手前といったところだ。
「あんたが俺なら、死にかけながら体得した技を、玖堂流廃刃剣だっけ、なんて、他人事みてーに言えるはずがない!」
マーズ・フォリナーが虚空を踏み抜いて駆ける。
推進剤を噴出して加速しているのではない。
目には見えぬ微少な念動力の場を造り出して、それを踏み込んでいる。
左手に握るKGMの切っ先がアヴァターラの胸部を狙う。
「言えるさ」
それに対してアヴァターラは黒い剣の切っ先を正確に合わせてきた。
切っ先と切っ先とがアルケミックチャージされた霊波動を激しく放射させながら激突する。
「なぜならぼくは、あんな邪剣を認めてはいない。あれに手を出したことで宮川ユウだったぼくの家族は……父も母も妹も死んだからだ!」
怒気に満ちた叫びがアレスの気勢を高めたのか、マーズ・フォリナーは押し合いには負けて後方に突き飛ばされる。
「思った……通りだ」
跳ね飛ばされながらも機体のバランスを巧みに操り、マーズ・フォリナーは体勢を立て直す。
しかしアヴァターラが先刻とは逆に突進して大きく横凪ぎに黒い剣を振るう!
「何が……だ?」
霊波動を集束させた肘に斬撃をガードされたアレスは忌々しげに問う。
「あんたは……別の俺だ。俺には……姉貴がいる。だが、あんたにはいない。別な運命と世界を生きた別の宮川イサミ……だったんだろ?」
「姉……だと?」
アヴァターラの動きが一瞬、硬直する。
その隙を衝くことは容易だったが、ハヤトもそれに合わせて攻撃の手を止めた。
「そうだ。姉貴だ。姉貴がいないってんなら、あんたは何のために、1999年に跳んだ?」
「決まっている! 家族と仲間のためだ! だが、ぼくは忌まわしいあの天空の女王の手で討たれて……死んだ。使命を果たすこともできずに」
アレスの言葉を聞いたイシスは、天空の女王の新たな器となる可能性を秘めている存在――サロメに視線を向ける。
そのサロメ本人は、ハヤトの後ろの席から彼にしがみつくようにしていた。
「サロメは……そんなのに、ならないよ」
「つまり、この1999年は、あんたが宮川イサミとして体験して、死んだ世界とは別ってことだと俺は思うわけだが」
「それがなんだという!」
アヴァターラは不意打ち気味に黒い剣で襲いかかるが、マーズ・フォリナーは、ひざを折り畳んだコンパクトな動作の蹴りで、それをはね除けた。
「もと超越者だっていうミシェル・バーネットという女を知ってるか?」
「知っているとも! ぼくをこんな狂った運命に導いた張本人さ!」
アヴァターラはその黒い剣を握り直すと、今度はその先端からエネルギーの塊を鞭状にした間合いの長い攻撃に切り替える。
「俺にとっても憎たらしい女だ。なあ、ユウおじさん。共通の敵がいる場合は手を組んでそいつを倒すってのは悪くない提案だと思わねーか?」
変幻自在に軌道を変えて迫る光の鞭を、マーズ・フォリナーはほぼ見切って回避して最後にはKGMで叩き落とす。
「何が目的だ」
「あんたを俺の大久保警備保障の臨時社員として雇い入れたい。南極のヴォストーク湖地下に眠ってるアッシュール王のマグナキャリバーをぶっ壊すのに手を貸せ。別の俺だった時のあんたの使命ってのも同じなんだろ?」
アヴァターラの攻撃をかわしながら口説き文句を続けるハヤト。
イシスは彼の言動に、古代トゥーレの時代において自分たち獣人種やヒューマニッカたちの守護者であった男を強く意識せずにはいられなかった。




