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七章『北極ギツネはアデリーペンギンの夢をみる』22

「てめえ超越者オーバーロードか?」


 半ば強制的に通信を押し付けてきたその相手と黒い機体を認識した途端、ハヤトは頭痛に見舞われて顔をゆがめた。


「ご名答。きみに引導を渡すのが最初の務めらしいよ大久保ハヤト」


 アレスと名乗った白髪の少年は愉快そうに答えた。

 

 サロメは、ハヤトにそっくりだ、と思って驚き顔になる。

 イシスはそうではなかった。

 彼が名乗ったアレスという名に反応して、食い入るように通信相手の顔が映るサブウインドウを見つめている。

 だがそのアレス当人はそれを知りながらあえて無視し、ハヤトだけを見ていた。


「あいにく俺が死ぬのは、今からきっちり16年後らしいぜ?」


 バギルスタンで告げられた死の予言を思い出しながらハヤトは呼吸を整える。

 本能はこの敵との戦闘を回避せよと伝えてくるが、同時に、ここで退いてしまえば何か決定的な危機に陥るという矛盾した予感があった。


「それはミシェル・バーネットが画策する、ふざけた可能性の一部に過ぎないよ。ぼくはそれを否定して、世界をあるべき秩序に統合する。この統合具象機(アヴァターラ)でね」


 黒いマーズ・フォリナー――アヴァターラは軽く腕を振るうと、その右手には黒曜石のごとき輝きを放つ剣が出現する。


「さっき核ミサイルを焼き消した玖堂流廃刃剣だっけ? あれ、破壊力だけは見事だったよ。だからまずは、こっちも見せてあげる」


 アヴァターラが黒い剣を両手で構え、その切っ先をマーズ・フォリナーに向けた。サイズ的には全高10メートルのはずだか、その禍々しい気配がハヤトを緊張させる。


 アヴァターラは左手に握る黒い結晶刃を頭上高く掲げた。


「天尽夢想流――」


 黒い剣の表面を青白い火花の龍が走る。

 地球の青を見下ろす虚空を踏み込んでアヴァタールが大きく横凪ぎに一閃。

 マーズ・フォリナーは回避せず、むしろ自ら敵に向かい突進し、正面から組み付いた。

 いつの間にかKGMを手放していたマーズ・フォリナーは右手の五指を束ねた手刀で抜き手をアヴァタールの頭部に放つ。

 しかしその試みは不可視の障壁によって妨害される。

 結果としては、指を開いた掌打の形でマーズ・フォリナーは障壁を突破して接触するのだが、攻撃はそこまでだった。


「轟雷閃」


 黒い剣から放たれた紫電は、白と黄金の機体を捉えていた。

 機体は真っ向から組み合う形となったが、伸びていった雷撃がマーズ・フォリナー背面に接触したのだ。

 接触した部分から霊波動を帯びた雷撃が機体を直撃する。

 アルケミックチャージされていない攻撃を実質的に無効化する神霊的(アストラル)防御障壁(コート)は同等の力をまとう相手には意味を持たない。


「うおッ?」


 背面の一部が融解し爆散する。

 コクピット内も激しく揺れたが、サロメとイシスには振動と閃光による衝撃だけでダメージはなかった。

 だがハヤトはそうではない。


「悪くない判断ではあったけれど、その程度のレベルでこのアヴァタールの神霊的(アストラル)防御障壁(コート)を突破できると勘違いしたうぬぼれが敗因のようだね」


 アヴァタールは組み付いたマーズ・フォリナーを軽く突き飛ばして距離を取る。その手に握られていたはずの黒い剣が消えている。


「さすがは超越者様……味な真似をしやがる」


 マーズ・フォリナーの背中には黒い剣が突き刺さっていた。

 紫電そのものに変化して直撃したそれは剣として実体化していたのだった。


「……無駄口を叩くなハヤト」


 サロメはまだ気付いていない。

 だが操縦席に座すハヤトの傍らに立つイシスには見えていた。

 マーズ・フォリナーが受けたダメージと同じ身体部位からは、じわじわと赤い血が染み出ている。

 機体と文字通り一心同体となる完全同調者たるハヤトの宿命だった。


「いいや叩く、叩くぜ俺は。そもそもこいつらが好き勝手に自分の都合を隣近所の世界に強要しやがるから、古代トゥーレ文明も滅んだわけだし、トラブル全般の種になってる。南極のラスボスをぶっ壊す前座に、遊んでやるよ超越者」


 アレスという名、そして自分と酷似する敵の容貌に、ハヤトは苦しげな呼吸で、虚勢を張った。

 

「残念だけど、きみは目的を果たすことはできないよ大久保ハヤト、いや宮川イサミ。なぜならこのぼく――ぼくであった一部は、きみという前世を思い出して迷惑した宮川ユウという存在なのだからね」

「いいや、俺はあんたとは違うぜ、おじさん。なぜなら、あんたは――いや、まあそれはいい……とにかく、遊んでやるよアレス」


 マーズ・フォリナーは背中から貫通して腹部を貫通している黒い剣を強引に引き抜くと、それをアヴァタールに放り投げた。


「ハヤトっ! ちが、いっぱいでてる!」

「そのうち止まる。そうわめくなサロメ。俺はケンカを売られたんだ。きっちりと相手してやらねーとな」


 手放してしまっていた剣は宇宙に漂っていた。

 マーズ・フォリナーが左手を伸ばすと、KGMを機体サイズに再現したサクリファイザが手元に戻ってくる。


「超越者となったぼくを相手に、フェアプレイ精神で武器を戻すとは……前世の自分がそこまで能天気だったとは思いたくないが……まあ、いいだろう。付き合ってあげるよ。同じ転生を共有するよしみだ」

「ちなみに聞いておいてやるぜ。あんたが俺と同じで生きてた最後は……どういう死に方したんだ?」

「なに?」

「あんたの死に方を聞かせろ、そう言った」


 圧倒的に不利な状況下に陥りながらもハヤトは不敵に笑う。

 イシスは遠いトゥーレの頃にあこがれて慕った偉大な反逆者の面影をそこに見いだすのだった。

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