七章『北極ギツネはアデリーペンギンの夢をみる』21
最初の一発目が口火を切ると、後はもう雪崩を打ったように自動報復システムが作動してしまう。
地下深く秘匿されたミサイルサイロから、海中に身を隠していた戦略原潜から、そして大型貨物船内に秘匿されていたスーツケース大のそれに至るまで、ありとあらゆる核攻撃プランが実行されつつあった。
すべてはメサイア・プランに属する古代トゥーレ人たちがその異能を用いて暗躍した結果だったが、一部の国家がVA艦とVA兵器という新たな力を得たことで、核という力への関心が弱まり、保安体制がおろそかになっていたことも原因だ。
世界各国の首脳の大半仮想敵国への罵倒の言葉を口にしながら安全なシェルターへと移動し、そこで核戦争をどう生き延び、戦後の自国権益をいかに確保するかの算段に頭を悩ませる。
一般市民には熱核兵器による世界規模での破滅が到来することは秘匿されるはずであったが、ごく少数のリーク情報がテレビやラジオ、そしてインターネットなどの手段で流布された。
情報漏れに気付いた各国政府はやむを得ず、敵対国家からの核ミサイルが迫っている事実と着弾するまで数分の猶予があり、可能であれば地下やシェルターへの避難を勧告するが、それはさらなる混乱を呼ぶ。
その結果は、人々をパニック状態に陥れて混乱と暴力を拡散するだけであり、何の意味も持たなかった。
「つまり、この際だから、まとめて全部、ぶっ壊しておこうかと思うんだ」
KGMを介して一文字キクカと接触しようとしたハヤトは、星の光も見えない宇宙に浮遊している自分を認識しながらそう伝えた。
「たとえ世界中から武器を奪っても、すぐに新しいものを作るだけですからキリがありませんの」
記紀神話にて語られるような古代の装束をまとう少女――死せる皇女として存在する一文字キクカは、ハヤトとは天地をさかさまにして浮遊している。
彼女の周囲には刀や槍、弓やら剣やら、とにかく無数の武具が浮かんでいた。
「仕方ねーな。じゃあ話はこれで終わりだ。光速機動で全部消し飛ばす。衝撃波に巻き込まれて死んだやつらは運が悪かったとあきらめてもらおう」
「お待ちなさいなハヤトさん。わたくしは愚痴を言っただけですの。この地球上という戦場に存在するすべての核ミサイルと、まーず・ふぉりなーを、どう再配置すればよろしいんですの?」
「さすがキクカねーちゃんだ。やればできる、頼りになる、いつもあんパン喰ってるだけの、ぐうたら皇女殿下なんかじゃなかっんだな」
「……ハヤトさんの機体も核ミサイルも、まとめて太陽のまっただ中に再配置するというのでよろしいんですのね?」
「悪かねーが、それだと太陽の活動に影響を与えて異常気象を誘発しちまう。大気圏外にまとめて叩き出して、マーズ・フォリナー目がけて全弾突っ込んでくれるようにしてくれたら、まとめて始末する」
「わかりましたわ。でも、ひとつお約束なさい」
「うん?」
「これが終わったら、東京のどこかのコンビニで、つぶあんのあんパンを買ってきてくださいな。それとミシェルさんを回収して、わたくしがいるマリー・アントワネットにいらっしゃい」
「心配すんな。俺は大久保ハヤトだぜキクカねーちゃん」
ハヤトにはキクカが約束させようとする意図がわかる。
要は約束を果たすためには死なずにこの鉄火場を切り抜けろ、そう言いたいだけなのだと。
「ええ、わたくしの背の君の血を引く、とっても強い子ですの。ご武運を」
次の瞬間、ハヤトの意識はマーズ・フォリナーのコクピットに戻っていた。
メインスクリーンに映るのは星々の光と地球。
そして無数の核ミサイル群。
キクカのキャリバースキルを借りたことで、自機と核ミサイル群の位置座標とを大気圏外に移し替えることに成功していた。
「玖堂流廃刃剣――」
外部強化装甲となっている獅子王機の一部が変形して、KGMと酷似した形状となり、それを分離させるとマーズ・フォリナーは抜刀した。
「紅蓮斬ッ!」
超高速で突進してくる巨大な大陸間弾道弾を切り払うと、それは爆散していくが破片となって飛び散るのではなく、そのまま熱エネルギーに転化して消滅する。
そのエネルギーを浴びて吸収しつつ、白と黄金の機体は無数のミサイル群をひとつひとつ、信じがたい速度と精密さで処理していく。
「すごい! ハヤトすごい! こわくてきもちわるいやつ、ぜーんぷ、やっつけてくれた!」
「大久保ハヤトの名は伊達ではないようじゃな」
無言のままだったサロメとイシスは、すべての核ミサイルが消滅してから、そう呼びかけて少年を褒めちぎる。
「サロメはいいけど、イシスはあんパン代、払えよ」
「あんパンとな? もしや例の姫君か? わしがユウゴたちと組んでいた頃も確か先々代の姫君がそのような貢ぎ物を強要したことがあったかのう」
「配置換えしてもらうのにあの人の力を借りた。つぶあんのやつをご所望らしいから東京にいるミシェルを回収するついでに買ってってやる――」
緊張を解いて軽口を叩いたハヤトだったが、ぞくりと背筋を走る寒気に眉をしかめた。彼の中の何かが、まだ危険が去ったのではないと警告しているのだ。
「イレギュラーには消えてもらうよ」
それはハヤトだけでなく、サロメやイシスにも感応波として、直接意識に語りかけてくる声だった。
「誰だ、おまえ?」
その黒い機体は獅子王を鎧としてまとう前までのマーズ・フォリナーと同じ形状でありながら、禍々しい雰囲気を漂わせている。
「……アレス、とでも名乗っておくよ。大久保ハヤト、いや宮川イサミ」
メインスクリーンには黒い機体の乗り手からの通信があり、その姿が映し出されている。
「世界を救うなんて無駄に大それた務めは失敗するんだから、ここでぼくが引導を渡してあげるよ」
白い髪で赤い眼、そして繊細そうな細面の美少年は、宮川イサミに似通う風貌の持ち主だった。




