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七章『北極ギツネはアデリーペンギンの夢をみる』16

さすがにちょっと短いので明日以降に追記します。

夏風邪……かなりキツいですね。


追記しました。

 生ぬるい液体に包まれている不快な感覚を取り戻して彼は目を開けた。

 半透明のカプセル内に浮遊している若い男は目を開けたその瞬間からそれまでの自我を上書きされて、ジュゼッペ・バルサモという存在に生まれ変わっていた。


「……グルーム・レイク基地はどうなった?」


 声ではなく精神感応でバルサモは配下に問う。

 無数に林立する同様のカプセルには男性であるという共通項を除けば人種も年齢も異なる者たちが眠り続けている。

 すべて彼の意識を投影するための器たちだった。

 

「おいたわしやアルハザード様。また、あの野蛮な剣の使い手に煮え湯を飲ませられてしまったのですね」


 そこは、グルーム・レイク基地地下の実験施設と酷似した真っ白な空間だった。

 アブドゥル・アルハザード――今はジュゼッペ・バルサモと名乗る彼が器とするために確保した肉体を保管し、活動中のその落体が死亡すると瞬時に切り替わるリザレクション・システムの中枢だった。


「私の質問に答えるのだメザレマク」


 いらだちを感じさせる思念の波を受けて、バルサモの新たな器の前に立つ軍服の青年が軽く会釈する。

 精悍な体躯の黒人青年で、どこかイースター島のモアイを連想させる面長の顔だ。


「ルードヴィヒは敗れ、あの少年が被験体を解放しました。キュクロプス2の部隊を差し向けましたが、やはりそれらも――」


 メザレマクが腕を伸ばすと中空に一連の映像が浮かび上がる。

イシスの窮地とそれを救うハヤトの戦いだった。


「大久保ハヤトめ……まさか超越者どもの使いではあるまいな。我らに先んじてあやつらの都合に合わせて世界を解体するつもりで……いるというのか?」

導師(マスター)アルハザードよ、それは杞憂でありましょう。真に超越者の尖兵であるのなら、我らを手駒とする方が手っ取り早く効率も良いはず。むしろ私は、あのミシェル・バーネットという女の方こそ超越者どもの差配で動いているふしがあると見ております」

「いずれにせよ計画は早めねばなるまい。メザレマクよ、アッシュール陛下の覚醒は近い。それに先立ち、サンディエゴではなくグルーム・レイクに火を放つのだ。メサイア・プランを発令する」


 メサイア・プラン。

 それはバルサモが属する秘密結社的集団の名称であると同時にそこに属する者たちが悲願とする計画の名でもある。


「……かしこまりました。秦帝国とソヴィエト=ロシア、そして合衆国と統合ユーロに潜伏するトゥーレの同志たちも喜ぶことでしょう」

「37年前は先代に邪魔をされたが……今度はどうあがこうとも……世界を終わらせ新生させる戦いを……止めることはできぬ、いやさせぬぞ大久保ハヤト」


 生身のままシルエットキャリバー部隊を翻弄し、破壊していく大久保ハヤトの姿を見つめながら、バルサモはおのれの勝利を確信していた。






キュクロプス2のパイロットたちはそれなりには慎重であった。生身でシルエットキャリバーを破壊する超常の力使い手に対して警戒し、味方の犠牲者を捨て石にしてすべてのセンサーでその行動パターンと発現する能力を解析した上で攻勢に転じたのだ。


「……なぜだあッ!!」


 だが、そんな小手先の浅知恵で対抗し得ないのが現実だった。

 また一機、キュクロプス2が装甲ごと切り裂かれて半壊する。


 KGMの刀身はせいぜい1メール弱であり、全高20メートルのキュクロプス2を切断することなど非現実的だ。

 ハヤトの霊力を増幅・集束させるその剣は、彼のイメージそのままに対象を切断破砕するという現象を具現化しているのだ。


「ひいッ!」


 当初は圧倒的多数、絶対的な力の差を背景にして余裕の態度だったパイロットたちだったが、もうそんなものはどこにもない。

 

「生身でシルエットキャリバーを撃破……いくらハーメルン症候群の発症者だとしても……せいぜい1機か2機を潰すのがやっとで消耗するはず……」

「そいつは希望的観測ってやつだ」


 その1機の胸部近くまで、大久保ハヤトが中空を蹴って跳躍する。

 

「消えろおーーーーッ!」


 キュクロプス2の右腕が羽虫でも追い払うような仕草でハヤトを吹き飛ばそうとするが、彼は再度、ごく短距離だけの跳躍を追加して、巨大な拳の上に着地。そのままキュクロプス2の腕を伝い肩まで駆け上がり、そこでKGMを一閃した。


 人間でたとえれば肩から斜めに両断されたシルエットキャリバーが機能を停止し荒野に砕け散る。

 

「さて、これで残りは……3機か」


 地表にゆっくりと降下していきながらハヤトは、固まって密集する残り3機を一瞥する。キュクロプス2の右腕部分に内臓された機関砲を撃たれるが、ハヤトはそのすべてを虚空を駆けることで回避しきっていた。


「そんなに死にたいなら……さっさと殺してやるよ」


 着地したハヤトは霊力を刀身に流し込んで増幅させ、大きく剣を振るう。

 すると、キュクロプス2の両手両足は鋭利な切断面をのぞかせて切り離された。 そして残った胴体部分も完膚無きまでに切り刻まれて分解してしまう。

 

 アメリカ戦略機甲軍が誇る最新鋭シルエットキャリバーはついに、生身の人間ひとりの手で無力化されたのだ。


「……」


 無言のまま息を整えつつ、KGMを白銀のハードケースに納刀するハヤト。

 その近くの空間が一瞬だけ陽炎めいた歪みを生じさせる。

 わずかな機械音が響くと、そこには片ひざを地面に付けて駐機姿勢となっている白い細身の人型機体――マーズ・フォリナーが出現する。


「ハヤト!」


 胸部装甲が複数展開してからコクピットハッチが開く。

 飛び出してきたのは白いベッドシーツをドレスのように身体に巻き付けたサロメだった。


「どーしたサロメ?」

「あつくて、こわくて、いたいことする、わるいほしがふってくるよ!」

「アルハザードは……サロメの始末と……おぬしへの復讐……それにかこつけて、ここに核を落として……最終戦争の狼煙にするつもりのようじゃな」


 多少は回復したのか、ボロボロのセーラー服のままイシスも顔を見せた。


「宮川ユウゴはキューバ危機を止めたっていうぜ。なら、俺にだって同じ真似ができるはずだ」


 ハヤトは不敵な笑みを浮かべると何もない中空を駆け上がりマーズ・フォリナーのコクピットに入り込んだ。

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