七章『北極ギツネはアデリーペンギンの夢をみる』15
キュクロプス2に登場する兵士たちは突如として出現した黒い学生服の少年に意表を衝かれていた。
アメリカ戦略機甲軍の兵士であり、しかもシルエットキャリバーの乗り手という選ばれた彼らは、その精神性はともかく肉体的には常人を凌ぐ強化を施されている。背丈の低い東洋人の少年が奇妙な刀を使ったとしても、易々とそれに仕留められるようなことはあり得ないはずだった。
「しばらく休んでろ。身体の傷が癒えるまでは面倒見てやる」
「サロメという娘は……どうした……のじゃ?」
「マーズ・フォリナーのコクピットに入ってもらってる。あんたもそこで大人しくしててくれ」
ハヤトがそう言うとイシスの身体が見えない何かに砂礫ごと持ち上げられて宙に浮かぶ。4メートルほど地表から上がったところで虚空に小窓のような亀裂が生じイシスはそこに不可視の力で持ち上げられたまま放り込まれた。
彼女の姿が見えなくなるのと同時に小窓のような亀裂も見えなくなった。
「さて、と」
殺気をみなぎらせたキュクロプス2の乗り手たちを尻目に、ハヤトは眠たそうな顔でKGMの束に右手を伸ばす。
「念仏……おっと、あんたらの宗教の神様にお祈りでも済ませたら、かかってくるといい」
この時点でキュクロプス2の乗り手たちは衝撃から回復しており、センサー類で走査したハヤトの身体データをデータバンクから参照していた。
だが、この時と場において未だ存在してはいない彼に該当する異能者は存在していないし、バギルスタンでの戦闘はジュゼッペ・バルサモがまだその実情を明かしてもいないので一致する者がいるはずもない。
「その奇妙な武器……サムライソードは……大久保ハヤト? だがデータバンクにあるこの傭兵が……こんな若造ではないぞ?」
「さしずめ大久保ハヤト二世といったところか。どちらにせよ、あの武器を持ち帰れば手柄にはなる。多少は腕が立つとしても、巨人とアリだ。負けるはずがない」
キュクロプス2の一機が右肘に内臓された対人制圧用の機関砲を、わざと当てずにハヤトの足下近くに撃った。
「投降してその御大層な武器を捨てろ。とりあえずは生かしておいてやる」
外部スピーカーの音声でそう呼びかけた。
他の機体も呼応するように威嚇射撃をして、外部スピーカーで投降を促す。
「俺さあ、自分よりも格下の相手に降伏する趣味はねーんだな。じゃ、始めるか。シルエットキャリバー乗りらしく死んでくれ」
「調子に乗るなよ小僧がァ!」
ハヤトの上から目線の言葉に激怒した一機が突進して、キュクロプス2の拳そのもので殴りかかってくる。殺すのが目的ならば、そのまま蹴り飛ばせば済むのに、わざわざ拳で上から殴りつけるというところにその男の野蛮な攻撃性が垣間見える。
「調子に乗ってるのはあんたらだ。俺は大久保ハヤトで相棒のKGMがここにあるのに……そんなので勝てる気でいるんだからな」
ハヤトは抜刀していた。
KGMを左手だけで握り、その切っ先をキュクロプス2の拳に突き刺して、力と力で拮抗していた。
「こいつの能力は怪力?」
「いいや、単にそっちの力を地面に逃がしてバランス取ってるだけ」
「ふざけやがってえッ!」
兵士はキュクロプス2右肘の機関砲の目標をハヤトの身体に設定すると、殺す気で撃った。
が、その瞬間にキュクロプス2右拳を起点として、装甲や内部フレームをも含む全身を、螺旋状の衝撃波によって揺らされてしまう。
「な、なんだこれはッ!」
キュクロプス2の胸部にあるコクピット内にもその振動による衝撃が走る。
やがてその螺旋状の波は鋭利な無数の断面となって機体そのものを無惨なガラクタに変貌させてしまう。
「あがあ……ああ……あ……俺の……身体……が?」
両手両足を機体と同様に切り刻まれて荒野にのたうち回る兵士。
その彼の前に大久保ハヤトが立つ。
「なんだよ機体と完全に同調してたのは両手両足だけだったのか。せっかく同じ傷で死ねるように細工してやったのに」
酷薄な笑みを浮かべて凄むハヤトの顔は兵士には悪魔としか思えなかった。
この間、残りのキュクロプス2は警戒しつつハヤトを包囲しつつあったが、そのセンサー群は彼の能力に注視していた。
「た、助けてくれ……と、投降する……捕虜にしてくれ」
「殺すって言ったぞ。武器持って殺し合ってるくせに寝ぼけたこと抜かすなよ」
ハヤトは躊躇無くKGMを一閃し、男の首を斬り飛ばした。
借りを作った形になったイシスを傷付け、苦しめた兵士たちに対して彼は情け容赦なかった。
「面倒だな……まとめて仕掛けてこいよ。ひょっとしたら勝てるかもしれねーぜ。ほら、早く来いよ」
隊長機だと見当をつけた機体を見上げたハヤトは挑発するようにそう言った。
「ハヤト……こわいかおしてる……」
ステルス化して距離を取ったマーズ・フォリナーのコクピット内の後部座席に座ったサロメは、イシスの介抱をしつつ、メインモニターに映る彼の姿を見つめて、悲しげな表情でつぶやいた。




