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七章『北極ギツネはアデリーペンギンの夢をみる』14

 〈野獣の檻〉(ビースト・ケイジ)の発動が終了すると、残存していた17機のキュクロプス2は保持していたライフル先端を爆砕して切り離す。

 アルケミックチャージした砲弾すべてを消費し尽くして、もはやそれは火器としての意味を持たなくなったからだ。


 キュクロプス2は腰部に装着していた高速振動ブレードを取り出すと、それをライフル下部に装着して、近接戦闘スタイルに装備を変更した。

 そして、触手に囚われて身じろぎする獅子王に無慈悲な打撃を加えていく。


「くッ! 卑怯者めっ!」


 血走った目でイシスは怒鳴るが、アルケミックチャージさえも希薄になった獅子王はその打撃の前に装甲を削られ、内部機構にまでダメージを受けるばかり。

 黒と黄金の獅子は今や緑の巨人たちによって打ち砕かれようとしていた。


「もはや手段は問わぬぞ……偉大なる太祖ネフェティティの名において我は砂漠の風を呼ぶ――」


 イシスの全身から急激に霊力が放射された。

 それは物理的な力となって、彼女の豪奢な髪を逆立たせ、夕暮れの荒野に張り詰めた空気と緊張感をもたらす。


 だが――


『そなたらはトゥーレの民にかしづく奴隷……しもべなるぞ。獣の徴を与えられしは……いくさのためなり……たわむれのためなれば』


 〈野獣の檻〉(ビースト・ケイジ)の術式が作用して、イシスの精神に干渉してくる。それは獣人種そのものがトゥーレの時代に創造された従属種族、使役するためのものだという刷り込みを喚起して屈服させるものだった。


「のあああああああああああッ?」

 

 精神干渉の結果は激しい頭痛と全身を苛む痙攣、そして霊力の抑制。

 無理を押し通そうとしてイシスが発動させようとした破壊の術はそれが集束するまえに散らされてしまっていた。


「こ、このようなっ……ものに……わしは負けぬッ! アレス様と共に立ったわしらは……最後には勝った……のじゃからあっ!」


 遠い遠い前世の記憶を頼りにイシスは目を血走らせて獅子王の頭上で立ち上がる。彼女が操り人形となって自我を失わずにいられるのはその霊能の強さだけでなくトゥーレ末期の戦いで勝利したという記憶とそれが産む自負に起因していた。


「光の爪牙(そうが)よこの手に宿れえッ!」


 もがくようにイシスは右腕を振り上げてなぎ払う。

 五指の爪先に霊力が集中して、それは獅子王と彼女を拘束する触手を引き裂く。続けて彼女は左腕をかかげて新たな術の為の詠唱を開始しようとしたが、そこまでだった。


「なうッ?」


 キュクロプス2の一体が腕を伸ばして、その右手で直接、彼女を握っていた。

そのまま機体の胸元近くまで持ち上げると、顔のフェイスガードが展開する。

 単眼のメインセンサーが赤黒く発光してイシスを走査していく。


「は、離せええええいッ!」


 イシスにはもう戦う力は残されていなかった。

 能力を制限された中で強引に霊力を引き出した反動で心身ともに疲労と消耗の極致にある。そもそもそれ以前に、この場に獅子王という切り札を転移させるために相当な消耗をしていた。


「タイプBを確保した。こいつ……まだ暴れるとはな」


 イシスを握った機体から、精神感応波を利用したチャンネルで通信として僚機にその声が届く。きわめて高い霊能の持ち主であるイシスにも聞こえていた。


「バルサモ特務少佐どのが言っていた希少種だろう。このケダモノ型のシルエットキャリバー……古代トゥーレ文明の原型機を使役するようなやつだ。念のために、もう少し強くハグして身動きできんようにしておけ」

「了解。どうせこいつらタイプBは化け物で、2、3日もすれば再生するしな」


 イシスの身体はキュクロプス2という巨人の拳の中で圧搾されつつあった。


「むぐあああああああッ!」


 一応は殺さないように調整してはいるようだったが、それでも彼女に加わる苦痛には変わりがない。


「どうせなら生身の身体でお楽しみと行きたかったもんだぜ。こいついい身体してるしなあ」

「あくまで任務だ。殺すなよ。生身のままでサンディエゴまでこのガラクタごと、連れてこいとの特務少佐どのからの命令だ」

「いいじゃねえかよ。こいつに殺された……戦友の分まで楽しんでも大した遅刻にはならねえって」


 身体ごと握り潰されながらその会話を認識したイシスは、その身が凌辱されるのならこのまま舌を噛んで自害――そう考えた。


「グルオオオオオオオオっ!」


 その時、猛々しい咆吼が響き渡った。

 傷付き、朽ち果てようとしていたその鋼の獣――獅子王が立ち上がり咆吼していたのだ。


「こ、こいつ?」


 獅子王はキュクロプス2に突進すると、その右腕を食いちぎって、イシスごと、その場から疾走して離脱する。


「す、すまぬ……獅子王……わしが慢心したばかりに……」


 気にするな、とでも言いたげに獅子王は短く吼えた。

 〈野獣の檻〉(ビースト・ケイジ)の効果が及ぶ場から遠ざかるにつれて激しい頭痛は薄れてくる。変わって、砕かれた全身の痛みがイシスを襲う。


「ひとまずは――」


 なんとか霊力を振り絞って同胞に連絡を取ろうと考えたその時に、獅子王の脚が砕ける。大きく体勢が崩れ、イシスの視界も暗転する。


「手こずらせやがって」


 キュクロプス2の1機が、高速振動ナイフを投擲して、獅子王の脚を破壊していた。引きちぎられた右腕の拳に拘束されたままのイシスは自分を守るように横転した鋼の獣を見上げていた。


「可能な限り、保存状態は良好にとの命令だったが……仕方あるまい。全機、ブラストスマッシャー着装せよ。原型機シルエットキャリバーの移動能力をここで完全に奪う」


 了解、との復唱があって、右腕を食いちぎられて横転したままの1機を除く16機は獅子王を包囲すると、左足に装着されていた長方形の武装を左腕にセットしてから一斉に殴りかかる。


「獅子王ーっ!」


 鈍い爆発音と共に長方形の装備からは黒い円錐状の突起が射出されて獅子王の全身を撃ち貫いていた。飛距離は短いが、アルケミックチャージしてあることで貫通力と破壊力に優れた火薬射出型の杭打ち装置(パイルバンカー)だった。


「グオオオオオ……オ……オア……」


 悲しげな断末魔の叫びを残して獅子王のアルケミックチャージは完全に消え失せてしまい、霊力もまた感じられなくなっていた。


「さて、タイプBをスティーブの機体の右手から引っ張り出すわけだが、その過程で抵抗された結果、制圧するのに時間がかかっても仕方ないですな隊長?」

「……好き者め。だが手短に済ませろよ。そんな耳つき尻尾つき、しかも全身の骨が砕かれて痛がるだけの女を相手に……よくその気になる」

「女なんてのは黄色いのも黒いのも耳つきのも、ぎゃあぎゅあ泣きわめくのを犯すのが一番おもしれえんですぜ。げはははっ♪」


キュクロプス2の1機がイシスを鋼鉄の拳から解放して荒涼とした地表に転がり落とした。


「ッ!」


 苦痛は甚大だったが、彼女は悲鳴をこらえた。

 降りてきたパイロットが迫ってくる。

 その前になんとか舌を噛んで自決しようと決意した。

 だが、その力さえも今のイシスにはなかった。


「子猫ちゃーん、俺様が遊んでやるからなー♪」


 がっしりとしたアメフト選手を連想させるその男は典型的な南部の白人だった。有色人種はすべて奴隷で、獣人種はそれ以下という価値観の持ち主。

 素行にも問題があるが、候補者の中ではそこそこ霊的能力が高くシルエットキャリバー適性があるという一点で選抜された兵士だった。


「まずは、その変な服を脱ぎ脱ぎしましょーねー♪」


 脂ぎった体臭に嫌悪し顔をしかめるだけで何もできない。

 イシスは苦痛と悪寒にのたうち回りながら、その兵士に着衣を引きちぎられては地面に転がされ、蹴り飛ばされるだけだった。


「おいおい、もっと鳴いてくれよ? 俺さあ、泣きわめいてもらえないと本格的には勃たないからさあ」


 尻尾を踏み付けながら男は笑う。

 イシスは遠い昔――前世でも似たようなことがあった気がしていた。


「知ったことか。死ね」


 風が鳴った。

 尻尾を踏み付けていた加重が消える。

 イシスの目の前で太った兵士が首と胴体を切り離されて倒れていくのが見えた。

「悪い……少し手間取っちまったイシス」


 黒い学生服の少年――大久保ハヤトが左肩に吊り下げた白銀のハードケースにKGMを納刀して振り返る。サロメの姿は近くにはなかった。


「アレス……様……」


 イシスには赤い髪の不敵な笑みを浮かべる青年の姿がだぶって見えていた。

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