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七章『北極ギツネはアデリーペンギンの夢をみる』13

 サロメを抱え上げて地上への通路を進むハヤトだったが、違和感をおぼえて足を止めた。


「……さっきから、おんなじところを、ぐるぐるまわってるよハヤト」


 泣き疲れて眠っていたはずのサロメがそう言って、自主的にハヤトの腕から降ろして欲しいような仕草を見せた。


「どうも、そうらしいな。ジュゼッペ・バルサモも、ルードヴィヒとかいう野郎も消えたはずだってのに誰が邪魔しやがるんだかなあ」


 五感に訴えかける錯覚を利用した罠ではない。空間に作用する術なり装置の機能が堂々巡りの原因なのだとハヤトは推測していた。

 耐爆扉を破壊して実験施設に侵入するまでの間の距離を体感として把握しているにも関わらず、それとのズレが生じたことが足を止めた原因だったからだ。


 サロメを降ろすと、ハヤトは目を閉じて軽く腰を沈める。

 左肩に吊り下げたKGMの位置を変えると、主の意に応えるように柄の部分が展開してポップアップする。


「雇い主との合流予定もある。ここで時間潰しに付き合ってるヒマはない。俺の後ろに下がってろよサロメ。強引にでも出口を切り開いて――」


 居合いの構えで呼吸を整えていくハヤト。

 サロメにもその白銀のハードケースに霊力が集まっていくのが見えていた。


「まって!」


 サロメが制止する声が響かなければ、ハヤトは抜刀するところだった。

 空間のゆがみそれ自体を引き裂くことで無限ループする通路から脱出しようとしていたのだった。


「どうしたサロメ?」

「みちをあけるところ、まちがえたらたいへんだよハヤト……」


 後ろに立つサロメが手を伸ばしKGMを納めたハードケースに触れる。

 それと同時に――


「……っ!」


 目を閉じたままのハヤトの認識が拡大する。

 五感を超越した無明の世界が広がっていく。

 歪曲した通路のただ中に立つハヤト自身と後ろに立つサロメの姿が見える。

 周辺の空間の歪みは地下深くに設置された疑似霊結晶が制御を失い暴走しているからなのだと理解できる。


「おまえの力なのかサロメ……」


 ハヤトにはこれと近い透徹とした感覚を自分のものにした経験があった。

 だがそれは、大久保ハヤトとして、そして宮川イサミとしての戦いの中でもまだ数えるほどしかなかった。


「あのひと……」


 そして夕暮れの廃墟で戦う鋼の獅子とイシスの姿が見えた。

 アメリカ戦略機甲軍が緊急展開させた緑色のシルエットキャリバー20機ほどがイシスを取り囲み間断無い攻撃を繰り返している。


「サロメたちが……でてくるとあぶないから……かぎをかけてくれた?」


 サロメにはハヤト以上の認識の拡大が生じていた。

 疑似霊結晶を意図して暴走させたのはイシスなのだと。


「どうだかな。サロメを確保するつもりで閉じこめてるってだけかもしれねーぞ」

 そうは言ったが、ハヤトも内心ではサロメの意見を肯定していた。

 ただ、素直にそれを認めるにはイシスのあからさまな上から目線の態度が気に食わないというだけの理由で反発しているだけだった。


「あっ!」


 サロメとハヤトには、重火器を装備したシルエットキャリバーたちをその爪牙で引き裂く獅子王とその頭上のイシスが勝利するだろうと思えたか、4機ほどが破壊された時点で起きた変化に息を呑む。




「ふんっ、その程度のガラクタでわしと獅子王を仕留められると思うたか? アルハザードの走狗どもめ」


 全高20メートルほどの巨人たち――アメリカ戦略機甲軍が誇るシルエットキャリバー・キュクロプス2は、配備済みの一般機となったキュクロプス1のほぼ等倍の速度で行動することが可能だったが、それでもイシスには鈍重そのもの。


 この機体がまともな兵器として運用されるに至ったのは、まがりなりにも機体と武装を低レベルながらアルケミックチャージできるからだった。


 バッテリーあるいはエネルギー供給が続く限りは、非アルケミックチャージ兵器以外から事実上ダメージを受けない。


「そちらの電池が切れるまで遊んでやっても良いが、それではこのわしと獅子王の恥となる」


 キュクロプス2のライフルをかわしながら、また1機を前脚の爪で胴体ごと引き裂く獅子王。


「あのミシェル・バーネットめに、まんまと乗せられたわしもわしじゃが……乗りかかった船、あの者たちに同行――」


 さらにもう一機を獲物に美座メタその時、イシスは残存するキュクロプス2が、自分と獅子王を包囲の輪に包み込んだことに気付く。


「?」


 キュクロプス2のライフルが、一斉にその内部で術式を展開させた。

 対面の僚機を撃つ危険性を侵すはずもないだろうし、それはどうせ捕獲用のネットなり拘束するためのものなのだろうとイシスは甘く考えていた。


「こ、こんなものをっ!」


 だが、キュクロプス2たちが放ったそれは銃弾でもなければ捕獲用ネットでもなかった。ある特定の存在に対してだけ反応し、その能力を制限する太古の術式を再現した奇怪な触手だった。


「お、おのれええええッ!」


 粘液をしたたらせる不気味な触手は鋼の獅子とその頭上にあったイシスを拘束していた。古風なセーラー服の生地が化学反応を起こしたかのように焦げ臭い匂いを放ちながら溶けていく。


 それはタイプBと定義した古代種族の末裔たちを捕獲、洗脳するための移動拷問室〈野獣の檻〉(ビースト・ケイジ)だった。

 サロメたちカチナの民が、ほとんど抵抗らしい抵抗もできずに捕らえられた時と同じ状況にイシスは追い込まれたのだった。


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