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七章『北極ギツネはアデリーペンギンの夢をみる』7

 真っ白な壁面とドーム状の天蓋の中に広がる墓地。

 だがそこに林立するのは獣の徴を帯びた老若男女たちを実験材料として格納する無数のカプセルが林立する実験施設だった。


「ミリアムっ!」


 サロメが駆け寄ったそのカプセルの内部には脊髄と首だけとなった犬耳の女児の残骸が浮かんでいた。


「エリザっ!」


 ミリアムを納めたカプセルのすぐ隣りには左半身だけは全裸、右半身は骨格と神経繊維だけとなっている女児が浮かんでいた。


「どうして……どうして……こんなひどいこと……」


 呼びかけに応えない仲良しの2人の前に泣き崩れてしまうサロメ。

 ハヤトは何も言わずにサロメの隣に立つ。


「あなたがたチカナの民が素晴らしい秘宝を独占し、偉大なる合衆国のために貢献することを拒んだからですよ」


 ハヤトたちとは正反対の側から白い墓所に入ってきた男が言う。

 カトリックの黒い僧服を着た白人の青年だった。

 長身で灰銀色の髪が長く伸びている。

 だがその歩みにはハヤトを警戒させる何かがあった。


「不老不死に限りなく近いタイプB……おっと失礼、獣人種の秘密の解明に役立ち、来るべき戦いの礎となったのだから喜ばしいとは思いませんか?」

「……悪趣味な人体実験だろーが」

「タイプBはヒトではありませんよ大久保ハヤト。現代においても、そしていにしえのトゥーレの代においても」

「あいにく俺の前世の記憶は不完全なんでね。諸悪の根源になってる古代人の話に付き合う義理はない」

「いえいえ付き合ってもらいますよ大久保ハヤト。彼らという犠牲の上に結実した我ら合衆国戦略機甲軍の新たな力の実験にッ!」


 僧服の男が指を鳴らす。

 すると、犠牲者たちを格納したカプセル内の保存液が沸騰する。

 同時に、欠損したはずの身体部位が信じがたいほどの速度で増殖して再生を果たしていく。


「あ……ああ……みん……な……?」


 エリザやミリアムだけではない。

 サロメが知る隠れ里の住人たちの大半がその本来の肉体を取り戻して、内部からカプセルを砕き割り拘束を振りほどいた。


「この施設の疑似霊結晶とアストラル・リンクしたことで彼らは不老不死の戦闘兵器という、本来の在り方に戻ったのです。制御装置たる疑似霊結晶を破壊されぬ限り永遠に、我らの兵士として戦うことでしょう! この私、ルードヴィヒの思うがままにっ!」


 自らをルードヴィヒと名乗った僧服の青年が愉快そうに笑う。


「KGM――」


 ハヤトは左肩に下げた白銀のハードケースの位置をずらして腰を落とし、居合いの構えを取る。


「ころさないで! こわさないで!」


 だが、サロメの泣き叫ぶ声がわずかに反応を鈍らせていた。

 僧服の男の口元が残酷な笑みにゆがむ。


「くッ!」


 二足歩行のまま全身を中途半端に獣化させたその個体が、かぎ爪となった右手でハヤトの肩を切り裂いた。


「くあーははははははッ! バギルスタンでアルハザード様を一度は退けたと聞くから、どれほどの使い手かと思っていましたが……ただの小僧っ子ではありませんか。悪いことは言いません、素直にその奇妙な剣と天空の女王の器を置いて立ち去りなさい。目こぼししてあげましょう」

「訂正しとけ」

「むう?」


 獣人の爪に引き裂かれて、ひざを落としダメージを負ったかのように見えていたハヤトは無事だった。わずかに黒い学生服の生地が裂けているだけ。


「ハヤト!」


 顔を伏せていたサロメが少年の背中を見上げた。


「アルハザードとかいう逃げるのだけ上手い野郎はついさっきも身体を半分にしてやった。次はおまえの番になる」

「無傷……だと? タイプBの進退動作には自動的にアルケミックチャージが施されるはず。生半可な防御の呪符や思念防壁など――」

「アルハザードが盗み出そうとしてたのを先にバギルスタンの宮殿から横取りしたのが俺なんだぜ。自殺する気になっても死なせてもらえねーんだよ俺は」

「ま……まさかその防御能力……アルハザード様が長きに渡ってお探しになられていたマグナキャリバーとの〈完全(パーフェクト)同調者(ユニゾナー)〉ッ!」


 ハヤトはルードヴィヒの問いに応えず、呼吸を整える。

 わずかな刹那ではあったが、彼にはおぼろげな前世の記憶と二重写しになった眼前の光景に力を借りて思念を集束させ、気勢が全身に満ちるのを待つ。


「みたま……しず……め?」


 力を発動させる支えともなる言霊を無自覚に感応してつぶやいたサロメに委せ、無言のままハヤトが抜刀する。

 殺風景な白い風景の中で再生した獣人種たちの身体を、紅の炎と風が吹き抜けていく。


「よかった……サロメは……ぶじだったのね?」

「ミリアム? エリザも?」

「そのおにいさんに……ありがとうって……いってね……」


 サロメの前には仲良しのミリアムとエリザがいつものような姿で立っていた。

 狼の獣人種の血を強く引くミリアムは同い年の中ではお姉さん格で、早くに両親を亡くしたサロメにはお姉さん代わりでもあった。


「なきむしのままじゃダメだよサロメ?」

「エリザひどい……げんきになったからって、また、おせっきょう?」


 ひとつ年下のはずなのにおませさんで勉強熱心なエリザはサロメの妹分を気取りあれこれと忠告するのが常だった。


「あたしたち……これからは……」

「おばけになってサロメのこと……たすけてあげるね」

「え? ふたりとも、なにをいってる……の?」


 サロメが手を伸ばして2人の仲良しに触れようとしたその瞬間、時計は逆戻りして醜悪な実験素材と化した亡骸は砂粒のようになって散っていく。

 彼女たちの気配を宿すぼんやりとした何かが白銀のハードケースに溶け合っていくのがサロメの視界に入ったが、はっきりと認識できる余裕はなかった。

 

 戦闘兵器として魔獣めいた姿に変化した他の者たちも同様だった。

 その生前の健やかな姿を取り戻して安堵の表情を浮かべると、最後は砂粒のような何かに変じて散ってゆく。


「あ、あり得ない! ただの一閃で……これほどの数のタイプBを! しかも不完全とはいえ戦闘兵器としての調整を施し疑似霊結晶と連結した状態で!」

「ごめんなサロメ……俺の親父なら……姉貴なら……俺でももう少し早くここに来てれば……なんとかできた。けど今は……楽にしてやるのが精一杯だった」


 驚愕して呆然とするルードヴィヒを無視してハヤトはそう呼びかけたが、サロメは目の前の現実に打ちのめされて言葉を失っていた。


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