表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/138

七章『北極ギツネはアデリーペンギンの夢をみる』6

 左手でサロメと手をつないだままハヤトは右手を耐爆扉にかざす。

 獅子王の頭上からイシスはそれを観察していた。

 分厚い金属の防壁は手首を軽くひねる動作だけで、支えを失って倒れ、あっさりと道を開ける。

 武器や道具を用いず〈切断〉という現象だけを任意の場に対して発生させたのだ。

 天尽夢想流という武術体系を通じて大久保ハヤトが獲得したそれは〈刀気〉という呼び名で定義されている。思念もしくは呼吸法を用いる身体動作で呼び覚ました霊力を特定の性質に特化した力として発現させたものだ。

 最初に大久保ハヤトを名乗った宮川ユウゴ。

 その最盛期を知るイシスの目から見ても、サロメと手をつなぐ少年のそれはユウゴに匹敵するかそれ以上に思えた。

 

「果たして……わしの選択が吉と出るか凶と出るか」


 イシスは、2035年からやってきたというハヤトの言葉を信じたわけではない。

 天空の女王の器であるサロメの精神に強い衝撃を与えるであろう同胞が苦しむ姿に立ち会わせるという行為も賛成できなかった。

 だが、彼が名乗ったトゥーレにおいての前世の名はイシスにとっては特別なものだった。

 かつてイシスや宮川ユウゴを含む仲間たちが死力を尽くして討ち滅ぼし封じた、(ホアン)玉鈴(ユイリン)という器に宿った天空の女王が、彼女にとっての絶対的存在アッシュールの再臨を強く願ったのと同じように。


「年若い娘らしい態度と言葉で接しておれば……アレス様としての前世の記憶にも目覚めて……いかんいかん、未練じゃぞイシスよ」


 自嘲気味にくちびるをゆがめてからイシスは西の空に落ちていく太陽を見上げる。その日輪の中には接近しつつある大型輸送機の機影が複数存在していた。




「……あ」


 侵入した通路を進むハヤトとサロメだったが、その瞬間に幼子の足がぴたりと止まった。同時にそれまで維持されていた入神状態の異様な雰囲気も消えていた。


「落ち着いたかサロメ?」

「エリザとミリアムのこえ……きゅうにきこえなくなっちゃった……」

「……そうか。けど問題ない」


 ハヤトはミシェル・バーネットから、この地がメサイア・プランの息がかかったアメリカ戦略機甲軍の研究施設だという情報を提供されている。

 タイプBと蔑称で呼ぶ獣人種たちが人体実験を受けている場であるからには意識の消失が死あるいは気絶だと考えられる。


「ハヤトにはエリザとミリアムのこえがきこえるの? わかるの?」

「細かくはわかんねーよ。けど、誰かがいるって気配を感じ取ることはできる。だから、たぶん、こっちだ」


 サロメの手を引いて歩きながらハヤトは、自身の〈刀気〉を流した爪楊枝を右手で投げるという手裏剣めいた使い方をして立ちふさがる兵士たちを無力化していく。隔壁に前後をふさがれても、イシスが見送った際と同様に手をかざして強引に突破してしまう。


「ハヤト……すごいね」

「ん?」

「もしかしてハヤトはかみさま? それともだいせいれい?」


 ネイティブ・アメリカンの神話伝承とプロテスタントの一派の教えが奇妙に混淆するチカナの民の限られた知識からサロメはハヤトの超人性をそう評する。


「ただの男子高校生で社長ってだけの大久保ハヤトだよ」

「こうこうせい、すごい! しゃちょう、すごい!」

「……まあ、だんまり決め込んでるKGMのお陰ってのもあるけどな。こいつが、俺の霊力を半端なく増幅してくれてるからな」


 ミシェルに案内されてこの1999年に転移してからずっと、KGMは精神感応でハヤトが呼びかけても一切反応しなくなった。


「そろそろなんか返事しろよ相棒」

「ハヤト?」

「どうやら相棒は照れ屋で、サロメみたいな美人相手にはなかなか声をかけにくいみてーだな」


 軽口を叩きながらハヤトは、おそらくはこれが獣人種たちを捕らえている実験施設の中枢であろう区間の扉を破壊する。

 サロメが地表に近い階層で拘束されていたのは、おそらくジュゼッペ・バルサモがどこかへ移送するつもりだったのだろうと判断している。

 イシスがサロメを天空の女王の器として抹殺しようとしたことからも、サロメの重要性は理解できる。


「……サロメ、たぶんこの先にミリアムとエリザがいる。最悪の場合も覚悟はしとけ……できる限りのことはしてやる」


 サロメは言葉ではなく、ハヤトの手を強く握り締めることで返事をしてきた。


「あいまいなままで……何も知らずにいると……結局はあとで心の傷になるんだ。派手に血を流して……大ケガしても……そいつと向き合う方がまだマシだ……俺の経験からの忠告だ……」


 死臭が伝わってくる。

 そのおぞましさにハヤトは顔をしかめた。

 それは物理的な嗅覚を刺激するものではなく、合理性と効率だけを優先して維持されてきた……獣人種たちを文字通り解体して研究素体とするための清潔な環境が保たれた工場だった。


「あ……ああ……」


 サロメの目にはハヤトに助けられる直前までの自分と同様に半透明のカプセルに収納されている男女や……身体部位それぞれごとのカプセル……保存液の中に首から上だけと脊髄だけ……その他ありとあらゆる獣人種たちの標本か図鑑のような光景が広がっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ