七章『北極ギツネはアデリーペンギンの夢をみる』4
「宮川ユウゴは戦友……その剣を継ぐおぬしにも……今一度だけ機会を――」
「いらねーよ。前世が悪の大魔王とか邪悪な魔女とか、そーゆー理由だけで本人がどんなやつかも関係無しに殺るってんなら、俺が相手だネコミミ女」
左肩に全裸のサロメを抱え上げたまま、右手で抜刀したKGMを握るハヤトは、イシスの言葉が終わる前に即答した。
「ならばその娘と共に……死ねェいっ!」
イシスが右腕を大きく掲げた。
ハヤトの目には彼女が霊力を爪の先端に集中させているのが見える。
思念の力を束ねて鋭利な刃物に匹敵する効果を実現する異能だった。
ハヤトが知るそれは修練によってそれを自在に操る技法だが、イシスのそれは生来の異能として発現させるもの。しかもそれは、本来なら届かぬ離れた距離にある敵に対しても作用する。
「せああああッ!」
右手だけの一閃でハヤトはそれに立ち向かう。
天尽夢想流においては〈刀気〉とも呼ぶ波動に対して、ほぼ同質、同程度の威力のそれを打ち込むことで中和する。
「その程度は予測しておるわッ!」
イシスは5つの爪から伸びる斬撃を放った直後、自身も猫のごとき跳躍でハヤトに接近して今度は左手から刀気を打ち込んでくる。
大きく横凪ぎに一閃したハヤトがそれに対応するには挙動が追い付かない。それを見越して狙うのは、サロメの首筋――
「それはこっちも同じだっつうのッ!」
ハヤトは空手の蹴りを模した動きで右足をコンパクトに折り畳んでからひねりを加えつつ、足首から先に集約させた思念の波を爆発的に放射した。
「くッ?」
圧縮された空気の爆発を伴う衝撃波に吹き飛ばれたイシスは空中を回転してその威力を散らしながら後退し着地する。古風なセーラー服はズタズタに裂けていた。
「……さすがはユウゴの後継者か。手ぬるい攻めをしていては勝てぬか」
「俺はサロメっていう美人を捜して助ける仕事があるんだ。初代の知り合いだろうがなんだろうが、これ以上邪魔するんなら手足の二、三本はぶった切って大人しくしてもらうことになるぜ」
ハヤトが不機嫌そうに言ったその直後、左肩の上でサロメが身じろぎする。
「ん……うう…………おとうさん……おかあさん……みりあむ……えりざ……」
「おい、ちびっ子? 起きたのか? サロメとかいう美人、知ってるか?」
「う……うん……おにいさんは……だれ? アメリカぐんのひとじゃないの?」
「俺はハヤト、大久保ハヤトっていう。サロメとかいう美人を助けろっていう仕事で来た。おまけでおまえも助けてやるから知ってるならどこにいるか教えろ」
「ミリアムとエリザもたすけてくれるなら……おしえてあげてもいいよ」
「いいぜ。ミリアムとエリザ、それとちびっ子、おまえもついでに拾ってく。これで契約成立だ」
「……サロメは、ここにいるよ」
「わかってる、それで来たんだからな。で、ここのどこにいる? あの凶暴そうなネコ女の後ろの方にある通路の先か? それとももっと地下の深い階層か?」
イシスの動きは止まっているがハヤトは警戒を解いてはいない。
それでも左肩に抱え上げた子供と会話できる余裕はあった。
「わたしがサロメだからだよ、ハヤトさん。チカナの民のサロメは、いまはサロメひとりだけだから」
「おまえが……サロメっていう美人か?」
「うん」
「しれっと自分が美人だと肯定するところ、まるで某一文字ヒナギクとかいう女みたいだけど……まあ同じ獣人種だし遠い親戚みたいなもんか。オーケー、わかったサロメ。俺はおまえを助け出して安全な場所まで連れてく」
「エリザとミリアムもだよ、ハヤトさん。それとまだいきてるほかの人たちもみんな、まとめてぜんぶ!」
「……そいつは荷が重いな。とりあえず確約するのはサロメとエリザとミリアム、他はケースバイケースだ。歩けるか?」
「サロメはへいき……でもなにか……ふくがほしい」
「へいへい、ますますヒナギクじみてきやがったな」
ハヤトはサロメを降ろすと自分が着ていた黒い学生服の上着を脱いで、それを渡した。圧倒的にサイズ違いで、ぶかぶかだったが、5歳児の全身を覆うコートとしては問題ない。
「それと、こいつを持ってろ」
イシスがこちらを見つめているのに関心を払いながらハヤトは左肩に吊り下げていた白銀のハードケースを外して、サロメの手に革のベルトを握らせた。
「なんだかふしぎ……ぴかぴかしてるはこのなかに……だれかいる?」
「お守りだ。こいつをずっと持ってる限り、俺の相棒がサロメを守ってくれる」
そう言い含めて自分の背中にサロメを下がらせると、無地の黒いTシャツだけになったハヤトは両手でKGMを握り、イシスの出方を待った。
「なんだよネコ女、俺はてっきり、あんたが仕掛けてくると思ってたんだが拍子抜けしちまったぜ?」
「わしの技は、おぬしのそれとは少々種別が異なる。大技に備えて休憩させてもらっていたまでのこと」
「へええ……そいつは楽しみだ。どんな技か教えてくれよ」
「あの白銀の鞘をサロメという娘が預かってしまった以上……おぬしなりそのKGMを潰さぬ限り、こちらからの干渉は極めて困難じゃ。であるからして大久保ハヤトよ、本格的におぬしを仕留められるだけの……そういう技じゃよ」
「宮川ユウゴの戦友だって話は本当みてーだな」
精神集中しているらしきイシスの身体から、ほとんどの霊力が感じられなくなっていることにハヤトは気付く。
「ハヤトあぶないッ!」
背後からのサロメの声に反応して、とっさにKGMの刀身に霊力を集束させて、斬撃を前方180度近い角度に放射する。
「さすがは天空の女王の器……霊的知覚も半端ではないか……じゃが、これでもう詰みじゃぞハヤト……獅子王来臨!」
ハヤトの斬撃によって、それはほんのわずかではあったが地面を削り取る位置を後ろにずらしていた。 自分の足のつま先スレスレに出現した亀裂にハヤトは息を呑む。
「手持ちの霊力だけで……転送したのかよ。冗談……だろ?」
ハヤトの眼前にはライオンを意匠としているのが一目瞭然の巨大な鋼の獣神が雄叫びを上げ闘志を示していた。




