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七章『北極ギツネはアデリーペンギンの夢をみる』1

 白い闇が世界すべてを埋め尽くしていた。

 結晶のまま降り積もる雪は氷原をやわらかい形に覆ってこそいる。

 万物が死に絶えた静寂。

 虚無にも似た空々しさに包まれている白夜。

 

「ここ……どこ?」


 純白の死の領域。

 そこに立つひとりの幼子は、なぜ自分がこの場に存在するのかを疑問に思う。

 粗末な寝間着で裸足という状態にも関わらず、極寒の地を支配する冷気はその身体を傷付けてはいない。


 人種的にはモンゴロイドのそれではあるが、まだ幼いその娘は雪の様に白い肌と黒髪、そして赤い眼という非凡な麗質を備えていた。

 特筆すべきはその頭部には獣の徴――キツネ耳があり、着衣には尻尾が出ても、邪魔にならないような作りになっている。


 1999年のその頃、一部の国家機関や組織などではタイプBあるいは獣人種と呼称されていた、古代種族の末裔である証だ。


「へん……なの。ゆき、ふってるのに……はだしなのに……さむくない」


 サロメは隠れ里の祭祀を司るまじない師からの言葉を思い出した。


 そこでおまえは自分に待ち受けている運命と出会うであろう。

 未だその時は至ってはいないがゆえに、そこは熱くもなく寒くもなく、いかなる脅威が起きようとも、おまえを傷付けることはできない。

 おまえも何もできず、ただ運命を垣間見るだけだ、と――


「なんだか……さびしい……だれかいないの? サロメのうんめいっていうのは、真っ白いところで、ひとりぼっちなの?」


 独白に応えるのは氷雪を揺らす、かすかな音だけ。

 その時、白夜の空に七色の光芒がきらめく。


「わっ?」


 サロメたちチカナの民が暮らす隠れ里でもオーロラはごくまれに観測されることがある。だが、ここまで大規模なものを目にしたのは初めてだった。

 そして金属と金属とが打ち合う轟音が鳴り響く!


「きょじん……!」


 白夜の空に赤い巨人と緑色の巨人が激突する光景が映し出されていた。

 緑色のそれは巨大な両刃の斧を備えた長柄の武器――ハルバード。

 鈍重そうな赤い重甲冑の方は白銀の剣を武器に一進一退の攻防を続けている。

 幻灯として白い夜空に広がるその光景の舞台もまた氷原だった。


『これは夢よ……あなたは以前にもこれを見ているの』

「おかあさん?」


 突如、脳裏に響くその女性の思念をサロメは母親のそれだと誤認する。

 隠れ里のしきたりで、まじない師の洞窟に行き、同じ年に産まれた子供たちと共に一夜を過ごす……そんな風習を実践してこの幻影を夜の夢として見る前にも……母親は似た様な優しい声で送り出してくれたからだ。

 

『いいえ、あなた自身……その成れの果て……と言うべきかしら。とにかく早く、目覚めなさい……間に合わなければ……あなたは……わたしみたいになってしまう……でも今なら……彼が間に合うはずだから』

「かれ?」

『そうよサロメ……わたしも知っている……わたしはダメだったけれど……せめてあなたは……自分の意志で未来を選んでね』

「まって――」


 サロメは手を伸ばして、その何者かを引き留めようとするが、目を開けたその瞬間には自分が囚われの身だったことを思い出した。


「……被験体B03の意識が覚醒しました」


 サロメは巨大な円筒状のカプセル内に幽閉されていた。

 内部は薄緑の液体で満たされているが窒息することはなかった。

 それでも息苦しさはあり、幼子とはいえ一糸まとわぬ姿で無機質な白衣の研究者たちの前で裸身をさらしているのは屈辱的だった。


天空の女王(カレン)の器とするには理想的な素質の持ち主のようだな。このサロメという子供は」


 ジュゼッペ・バルサモと名乗る中年男が紙資料を斜め読みしてから、カプセル内のサロメを一瞥する。


「だして! ここからだして! おとうさんとおかあさんにあわせて! ミリアムとエリザにもあわせて!」


 チカナの民が住む隠れ里は、アメリカ戦略機甲軍の襲撃により壊滅していた。

 精霊の化身として尊敬し、庇護してきた居留地の者たちが金銭で懐柔されたのかそれとも人質を取られて脅迫され手引きしたのかはわからない。


 数世代前からすでに、チカナの民は近隣に存在するアーミッシュの村を真似て、表向きの文化や名前さえも欧米風のものに変えていた。


 だが、そんな外見的な体裁や居留地の民として偽装した合衆国の国民としての国籍などは、古代の秘儀を奪い取ろうとする野望の前には無力だった。


「ッ! とんでもない感応波を垂れ流してくれる。これでは頭が痛くて、まともに諸君らの評価などできぬぞ。大人しくさせろ」


 ジュゼッペ・バルサモは忌々しそうにサロメをにらむ。

 白衣の研究者たちは、あわただしくカプセル近くにある操作端末に指を伸ばし、あるスイッチを押す。


「ひぎはああああああああああっ?」


 それはサロメの外見と確認した年齢を考慮して出力を控えめにした電流だったが彼女にとっては耐え難い苦痛であることに代わりはない。


 ゴポゴポと空気の泡を吹きながら、サロメはカプセルの液体の中でぶざまにのたうち回る。


「こやつらの里からオリジナルのVA源動基を確保したと聞いたが、現物はあるのか?」

「サンディエゴに運ばれました。上は、あれをリチャード・バードの予備にするか我が国の三隻めのVA艦の主機として使いたい意向のようでして」

「大統領は野心家だからな。私たちのような特務が勝手に動き回るのは気に喰わんというわけか。まあいい、彼はしょせん協力者に過ぎない。トゥーレの民としての前世に目覚めぬ現地人には、せいぜい踊ってもらおう」


 薄れてゆく意識の中でサロメは、ひたすら両親や隠れ里の仲間たちに、エリザやミリアムといった友達へ必死に助けてと願うだけだった。

 すると、その願いを聞き届けるかのようにエリア51内の地下施設には侵入者を告げる、けたたましい警報が鳴り響くのだった。

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