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六章『六億二千万年前の遺産』27

 その歴史の中でも西暦1999年から2000年の間に第三次世界大戦は勃発していた。


 ショゴス・セル――対外的にはSTセルと呼称するそれが、エネルギー問題や環境汚染といった諸問題を解決する魔法の薬のように世界各地に普及したことで平和が到来するようにも思われていたが、かえってそれは人間の欲望を肥大化させて、騒乱の種となっただけの世紀末。

 

 古代エジプト史から抹殺されていた狂王ネフレン・カーと彼が率いる星辰智(スターリー)教団(ウィズダム)という密儀宗教の信徒たちが暗躍して、STセルを暴走させたのが混乱に拍車をかけていた。

 

 混乱を鎮めたのはロデリック・ギルバート率いるアメリカ戦略機甲軍の一部と、彼らに合流した各国の軍であり、戦後は新国連として治安維持と復興に大きく寄与し英雄として賞賛された。


 だが、すべては偽りの、見せかけの戦後平和でしかなかった。

 ロデリック率いる新国連平和維持軍も、各国の首脳も、危険な密儀宗教とその信徒たちを殲滅したことで、秩序と安定は取り戻せたと勘違いさせられていた。

 

 もはや人類がSTセルなしでは文明を保てないレベルにまで生活に浸透しきった西暦2011年になって、人類は存亡の危機に立たされたのだ。


 〈年代記(クロニクル・)収穫者(ハーヴェスターズ)〉と定義され、主に〈収穫者〉(ハーヴェスターズ)と呼称されるという名称で知られた怪異は、第三次大戦中にネフレン・カーの信奉者たちが秘術で使役する異界の存在だと誤解されていたが、それこそがSTセルの真の姿であったのだ。


 気付いた時点ではもう人類の大半はSTセルの養分として吸収された後であり、生存圏のほどんとを無駄な核攻撃で汚染させ〈収穫者〉(ハーヴェスターズ)を一時的に熱処理して進行速度を遅らせるのが精一杯、というのが、2011年末の世界だった。


 そんな時代の中、ウィルコックス症候群と呼ばれる病に罹患したのち生存できた稀少な少年少女たちは例外なく特殊能力に覚醒したことで徴兵され、対〈収穫者〉(ハーヴェスターズ)最前線に否応なく立たされていた。


「ときどき思うんです……キクカさんが退学してご実家に帰ってしまってから……何もかもが悪い夢のようで……」


 本当はキクカが人身御供となり、もはや人間としては生きてはいない状態となったのだと知っていながらミシュリーヌ・バーネットは恋人の温もりに包まれて述懐する。


 シルエット・キャリバーの搭乗者としての適性と実績を示したことで士官待遇を与えられた藤原ヒロミの個室ベッドの上での寝物語だ。

 人類に残された最後のVA艦ニューアークは最終作戦のため、南極を目指して航行中だった。

 旧ソヴィエト連邦が建設し、第三次世界大戦では決戦の地となったボストーク基地に存在する〈収穫者〉(ハーヴェスターズ)に指令を与える親機的な存在を撃破することで統一された行動を阻止し、各個撃破殲滅――という作戦プランではあるが、もはやそんな余力が残されていないことを誰もが知っていた。


「いいこともあったよミー。だから悪い夢だなんて言って欲しくないな。ぼくの天使様」


 ヒロミは初めて会った時から天使の羽根みたいだと思ったミシュリーヌの金色の髪を優しくなでる。

 キクカが去るよりも少しだけ前に親密な関係を結ぶようになった二人だが、激しく熱い情事の後で、彼にそうやって髪をなでられ、ほめられるのが、ミシュリーヌはとても好きだった。


「はい。わたし気弱になっていたようですね。成功率が低いのは確かですが、ゼロというわけではありませんし」


 翌朝には南極海に突入する。

 そうなればもう、こんな風に甘やかな自由時間を楽しむ余裕はなくなってしまうからと彼女がヒロミの部屋に忍んできたのだった。

 

「全部終わったら東京に戻って、ユミねえたちのお墓参りに行こう。それが終わったらさ……法律とかそういうのはよく、わかんないけど……ええと……そのあのさミー……」

「そわそわしてどうしたんですかヒロミさん? また、わたしの未成熟な身体に欲情してしまったんですね? 本当に困った人ですけれど、仕方ありません――」


 ミシュリーヌはベッド上で身体を起こすと、二人の身体を包んでいたタオルケットを払う。

 そのまま、人間であれば12歳児相当のきゃしゃな裸身をさらしてから、うれしそうに微笑み、恋人の身体にはしゃいで抱き付く。


「そういうのもちょっとはあるけど最後まで聞いてよミー!」

「では、どうぞ」

「きみと結婚するから、これからも、それからも、よろしくね」

「……ヒューマニッカをポンコツロボットとかダッチワイフとか呼んで差別する人も多いこのご時世によくもまあ、そんな酔狂な……」

「ダメだなんて言わないよね?」

「わたしの恋人だというだけで、ヒロミさんは幼い女の子にしか関心がない特殊な性的嗜好の持ち主だと言われているのに、それどころか結婚ですか?」

「なんだったら、このまま二人でこの艦から抜け出して、どこか遠くに……もう誰もいないところでこっそり暮らそうか?」

「……なかなかに魅力的な提案ですが……妹のミランダがギルバート提督の副官をしていますから……そういうのは問題があるかと」

「じゃあやっぱり勝って生き残ってからみんなのお墓参りして、ミレーユさんにもミランダさんにも報告して、それから結婚だね」

「仮定の話ですが、無事に東京に戻って、それからのことはどう考えているんですか?」


 あえて肯定も否定もせずミシュリーヌは返答をはぐらかした。

 かつてキクカと二人でヒロミの好意を争ってケンカしていた頃は、いくらでも、恋だ愛だ結婚だと騒ぐことができたのに、もう、それはできなくなっている。

 キクカを裏切って出し抜いたから、という負い目もあるが、お互いにいつ戦死してもおかしくない状況だからだ。


「返事か聞きたいな。はぐらかさないで、ぼくと結婚するって言えよミー」

「もし、わたしが結婚しないと答えたら?」

「どうせ何か理由があるって言い出すから、それをひとつひとつ潰して結婚できるようにするだけだよ」

「……もう慣れてしまいましたけれど、わたしの名前をちゃんと言えたら結婚してあげてもいいですよ」

「結婚してくれないかミシュリーヌ?」

「仕方ありません。それに、もう慣れてしまいましたから、やっぱりいつものように呼んでください」


 ふてくされた態度で答えながらも幸せいっぱいの笑顔でミシュリーヌはヒロミの頬にキスした。




 その幸せな時間からほんの数日後。

 赤茶けた地表の岩石をさらす南極の大地で藤原ヒロミは息絶えた。

 破壊され放棄されていた旧時代の戦死や航空機、そしてシルエットキャリバーといった人類側の兵器に融合同化した死霊のごときSTセル――〈年代記(クロニクル・)収穫者(ハーヴェスターズ)〉の大群を前に人類最後の戦力はあっけなく崩壊したが、ヒロミの機体は限界を超えて戦い抜き、彼の姓名を代償として、孤立したミシュリーヌを救ったのだった。


「ヒロミさん! 結婚するって言ったじゃないですか! ウソも冗談もたいがいにしてください! また、悪ぶさけとかですよね?」


 だがヒロミは応えない。

 ミシュリーヌは現実を受け止められずに、横たわったヒロミの亡骸を前にして何度も懸命に呼びかけ続けることしかできなかった。

 トゥーレ最後の王のマグナキャリバーとそれに率いられた〈年代記(クロニクル・)収穫者(ハーヴェスターズ)〉が人類側の残存戦力を掃討するために襲来したのは、それからほどなくのことだった。




「……今のが……初対面の時に言っていた恋人の復讐……その理由かねミシェルくん、いやミシュリーヌくん?」

「はい。詳細はまた後日に説明しますが、その後、わたしは古代トゥーレ文明を滅ぼした存在に取り込まれて精神を制御され……彼らの尖兵として活動し、真の意味で人類の敵と成り果てていましたが、ある世界で別のわたしと別のその恋人によって解放されました。今現在はこの世界から派生する可能性を守るための反攻作戦を遂行しているという次第です」

「にわかには信じがたい話だ……しかし生々しい記録だった……簡単に否定もできない」

「パパ、ミランダも不思議だけど……ウソだとは思えないし……思いたくない。あのミシェルお姉様は幸せそうで……とっても悲しそうだったもの」

「ありがとうミランダ。あなたを奪われてしまったことは後悔しか生み出さないと思っていたけれど……いいパパに出会えたのね。わたしにはユミネさんのような技は使えないから……挑発したり、あなたの心を刺激して少しでも……ごめんね。何を言っても、監督不足だったわたしのミスなのよ」


 ミシェルの言葉にミランダは、自分が持つ姉へのわだかまりが、コーヒーに溶けていく砂糖のように氷解していくのを感じるのだった。


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