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六章『六億二千万年前の遺産』25

「はあ? 予言とか恐怖の大王とか頭おかしーんじゃねーのか、ジジイ?」


 大久保ハヤト――そう名乗る宮川イサミは自分に向けられた敵意に対して露骨に反発する傾向がある。

 姉との別離、終末が迫りつつある世界での戦い、託された剣と名とを継承したことで、多少は分別らしきものも身につき始めてこそいるが、本質的に彼はまだ血気盛んな少年だった。


「回答するつもりはないのだな小僧?」

「遅刻魔とかサボり魔とかは言われてたが、恐怖の大王なんて、大げさでもったいぶった呼び方された経験はゼロだぞ」


 アルトゥール・ライへバッハの怒気と表情の真剣さに、ハヤトはそれなりの自制を働かせた。

 相手が回答を求めているというのなら、自分が与えてやれるそれをくれてやればいい、それ以上のことは知るか、という雑なものではあったが。


「なんだ、おぬしは、かのノストラダムスの予言と、そこに語られる恐怖の大王も知らぬというのか?」

「なんだそりゃ?」

「サロメも、わかんない」

「こういう場合は物知りなやつに聞けばいい。別に自分がなんでもかんでもこなす必要なんてねーしな。そういうわけでジジイ説明しろよ」

「その獣人種の子供はともかく……無知を無知と恥じる心根すらないとはのう……まあいい、聞け小僧」

「おう」

「おー」


 ハヤトの生返事に輪唱するようにサロメも続く。

 

 ライヘンバッハの説明は、16世紀に存在した予言者ノストラダムスと彼文芸的著作が予言として扱われているという話から始まる。

 ノストラダムスの予言それ自体は、いくらでも好き勝手に解釈が可能な代物でしかないが、その神秘性に惹かれる一般大衆を扇動する道具としても使われた。


「1999年、7の月に空から恐怖の大王が来る、というくだりがあるのじゃよ」

「けど、そんなのは好き勝手にいくらでも解釈できるんだろ、じーさん?」


 戦闘配食として渡された栄養ドリンクとサンドイッチをむさぼる合間に、ハヤトは老人の語りにツッコミを入れる。

 サロメは、サンドイッチから嫌いなレタスだけ抜き出してから、ハムサンドをもしゃもしゃ食べている。


「おまえさんはそいつの乗り手であるのだから、当然ハーメルン症候群にはかかってるんじゃろう?」

「質問に質問で返すのは手抜きだぜ。まあ、かかってるわけだが」

「わしも同じく発症しておる。かつて第三帝国が勃興する前後にヴリル・ソサエティに集った者の大半も……現在の定義からすれば発症者であったろうよ」

「話が見えねー。おいサロメ、ちゃんとレタスも喰え!」

「サロメは、これきらい。ハヤトがたべて」

「ダメだ。ちゃんと喰え。じーさん続き頼む」

「あの男も……第三帝国総統も……間違いなくハーメルン症候群の発症者であった……トゥーレ最後の王アッシュールとしての意識に引きずられて……英邁な君主となる可能性を秘めながら道を踏み外しおった。予言というのはあの男が残したのだよ。かの恐怖の大王になぞらえたトゥーレの古代兵器が天から舞い降りて世界を震撼させる時は20世紀の終わり頃だ、とな」


 アルトゥールは整備兵たちが点検作業に入ったマーズ・フォリナーを見上げた。シルエット・キャリバーに近い機体ではあるが、動力系、そして操作系に関してはまるで別物であり、修復作業は困難を極めるのが確実な会話が漏れ聞こえてくる。

「そんなふざけた予言のお陰で、あんたに物騒な顔でにらまれてたのかよ。迷惑な話だな。おお、ちゃんと喰えたなサロメ、偉いぞ」

「サロメ、がんばったよー」


 レタスだけを遅れて完食したサロメの頭をなでてやるハヤト。

 うれしそうにキツネ耳がひょこひょこ動き、尻尾もパタパタと反応する。

 それを見る老人の表情は優しげではあったが、彼は意図して渋面を作った。


「わしはバキルスタンを離れる前……これが動くようなことがないと祈る……そう言い残して厳重に封印を施してきた。おまえはそれを知りながらこの機体を奪ったのじゃな?」

「俺が着いた時点で、あんたはもうバギルスタンを離れていた。ドニヤザードからはあんたの警告とやらも教わったぜ」

「ならば、わしがおまえを敵視する理由は理解できよう」

「扱いを間違えて暴走させちまったら、古代トゥーレ人が6億2千万年前より前に住んでた……今の火星みてーに干上がってオールリセットだから、か」

「わしがあれを組み上げたのは不完全なまま放置して、暴走するのを防ぐためじゃ! 気安く使い潰す戦闘ロボットに転用させるつもりなどないッ!」

「あいにく俺は南極の地下に隠れてるラスボスを潰すのが目的でここに来てるんだ……武器として転用させてもらうぜ。しくじったら、どうせ先はねーんだ。遅いか早いかの問題なんだから腹をくくってもらうしかねーよ。あと、気安く使い潰してるってのは誤解だぞ。初めて乗った時から俺とこいつは一心同体なんだ」

「はんッ! よくもまあ、ここまでボロボロに使い潰しておいてぬけぬけと!」


 マーズ・フォリナーは事実上、半壊状態となっていた。

 一応、胴体と四肢の根本部分、首があるだけで、歩行すら不可能だった。


「言っておくが、ここまで破壊された状態からこの機体を修復できるのはこの世にただひとりだけ。ボストーク湖に眠るアッシュール王の機体を相手に、この残骸でどう挑むつもりじゃ大久保ハヤトよ。返答せいッ!」

「一心同体だと言ったはずだぜ、じーさん。乗り手の俺が生きてる限り、こいつも生きてる。なあに、メシ喰って、テキトーに寝てりゃあ傷なんかすぐ治る。だったらマーズ・フォリナーも同じようになるだろーよ」


 ハヤトは手付かずだった、アルトゥール用の配食箱に手を伸ばすと、サンドイッチを奪い取り、やたらと大きな音を立てて咀嚼する。


「……ふああ……寝る。風呂に入れるようになるか、敵が来たら起こしてくれ」


ハヤトは負傷者救護用のタンカを見つけると、そこにあおむけになって寝そべる。ふてぶてしい顔で目を閉じると、すぐ寝息が聞こえてくる。


「あ……ハヤトっ?」


 だがサロメは見てしまった。

 彼女の守護神とも言うべき少年の身体がほんのわずかな間、目を離していた間に極端な負傷状態に陥っている光景を。


「……なるほど。確かにそれは……おまえの覚悟と言えるじゃろうな」


 サロメにはハヤトが一瞬の間に突如として負傷したようにしか見えていない。

 だがアルトゥール・ライヘンバッハには、少年の肉体の欠損や負傷のそのすべてがマーズ・フォリナーの機体と同一の部位であることが理解できていた。


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