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六章『六億二千万年前の遺産』23

 マリー・アントワネットの艦首衝角は、超光速航法に遷移しつつ人馬兵型マグナキャリバーの胸部に激突していく。


 VA源動基を秘めたヒューマニッカのミランダ、艦長として全権を委託されていたロデリック・ギルバートが捕虜となりその場を離脱したことで、巨大な人馬兵はその形状を維持できず赤黒く発光する流体となり崩壊しつつあった。

 カミーユ・デシャルムによる捨て身の突撃は結果として勝利につながった。

 マーズ・フォリナーの帰還によってVA源動基の鹵獲にも成功している。


 軌道上からのエネルギー放射がこの戦域に降り注ぎ、すべてを熱に還元させて消し去ろうとしたのは、マシュー・ペリーだったショゴス・セルが崩壊し、マリー・アントワネットが戦域離脱の場として選んだ喜望峰近海へと遷移する直前の、まさにその一瞬だった。


「……よもやあの藤原ヒロミとやらがアッシュール陛下として覚醒するとはな……想定外ではあったが、これを契機に新たなる大断絶とするのも一興か」


 独語するのはジュゼッペ・バルサモ。

 場所は南極大陸の地底に存在するボストーク湖。

 地底湖のさらに下に眠る古代トゥーレ文明の遺構。

 浅黒い肌の少年王の遺骸を玉座に座らせ、その傍らに立ち、ジュゼッペ・バルサモは投影されたケルゲレンの光景に目を細めていた。


 メサイア・プランと呼ばれている古代トゥーレ人たちの秘密結社の代表である彼からすれば、マリー・アントワネットとマーズ・フォリナーはイレギュラーだ。

 巧みに経歴と記録を偽装され、欺かれてきたが、ミシェル・バーネットという者もこの世界には存在すらしていなかった。


「感謝いたしますぞ陛下。やはりあなた様はトゥーレの再興のために、不要なる者たちを排除なさるのですな」


 ラネブ・アカナという少年の遺体でしかなくなったアッシュールの抜け殻に対して、バルサモは厳かに頭を下げて一礼し、見開かれたまぶたを閉ざした。

 その凪からの表情は穏やかではあった。


「今度の大断絶では、神話の再現などにこだわらず、アッシュール陛下を戴いて、トゥーレの民のみを選ばれし者として導くとしよう」


 言いながらバルサモは同志たちへの通信回線を開く。

 古代トゥーレ人であったという前世の記憶と力に覚醒した者たちは、アメリカ合衆国や統合ユーロ、秦帝国やソヴィエト=ロシア帝国といった列強の権力中枢に近い位置で影響力を行使できるようになっている。


「メサイア・プランの同志諸君。アッシュール陛下はみまかられた。しかし即座に新たな器でお目覚めになられた」


 バルサモの語りかけと同時に肖像画めいた画面が周囲に展開する。

 互いに前世を知る男女たちは、仕えるべき主の異変に動揺していた。


「上海での異変、やはりあの炎は陛下のものであったか」

「ケルゲレンを灼くあの光も陛下のお力なのだなアルハザードよ」


 アッシュールからもそう呼ばれていた遠い過去の名で回答を求められたバルサモは主を真似て、地球儀状の立体映像を指差す。

 ケルゲレン諸島周辺海域はホワイトアウトしていて、探知不能となっている。


「私はこれから上海に飛び、陛下の前で改めて臣従を誓う。その上で同志諸君よ、この機に乗じて大断絶を引き起こすのだ。トゥーレの時や、これまでのように外部からの要因によってではなく、我々自身の力と意志の下で世界を滅ぼし、再生させる!」


 すでにアッシュールの意向を代弁するかのように軌道上からのエネルギー放射は際限なく熱を放ち続けている。

 極端な話、それを放置しておくだけでもバルサモの望み通りに現在の人類どころか地上の生物の大部分は死に絶えることは必至だ。


「諸君らはただちに割り当てられているVA艦に乗り込み、世界の終焉を見物したのち、創世の務めに備えられるが良かろう」

「待たれよアルハザードどの、いささか早急過ぎではないか? 未だ覚醒が不完全ということで遠隔地におる身内の者が――」

「お身内の方が次に転生するのを待てばよろしかろう。現世の器がひとつふたつ破損した程度で、うろたえなさるな。なんのための輪廻転生(リンカネーション)誘導機構装置(システム)かお忘れか?」


 肉体という器に重きを置き、トゥーレ再興という輝かしい行いを渋る同志たちへの怒りを抑えながら、ジュゼッペ・バルサモはイレギュラーであるマリー・アントワネットの完全消滅が報告される瞬間を待ちわびるのだった。

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